Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?

 沈黙が満ちる。縁日の喧騒がどこか遠く、この一画だけが切り離されてしまったかのようだった。居心地の悪さが生まれる。なんだ、この空気は。
 言葉を反芻している、のだろうか。優真さんは目頭を押さえて、逡巡した様子を見せたあと──信じられない、というような怪訝な顔で口を開いた。

「待って。……なんだって?」

「にが、て……? ぼくたちが、もぶさんを?」

 いつになく舌っ足らずな口調で、そう言ったかと思うと。
 くらり。陽真くんの体が──僅かに傾き、倒れそうになった。

「陽ーっ!!!!!」

「陽真くんーっ!!??」

 打って変わって騒然とする。隣にいた優真さんが体を支えてくれたため、倒れることはなかった。ひとまず安心する。どうも陽真くんも気を失ったわけではないらしいが──腕の中のその顔は呆然としていて、心ここに在らずといった様子であった。

「ただい……陽真どうしたの!!?」

 そうこうしているうちに親友が戻ってきたようだ。頭には可愛らしいキャラクターの面をつけている。明るい笑顔はすぐに影を潜め、尋常ではない状況に目を白黒させて。

 とにもかくにも、俺たちは──お祭りの賑やかさから一旦距離を取り、話し合うことになったのだった。



 ***



「……ええと、じゃあ。ちょっと、状況を整理しようか」

 祭り騒ぎから少し離れた、静寂が満ちる路地で。神妙な面持ちで、楓真が口を開く。いや──楓真だけではない。皆揃って神妙な面持ちだった。

「……優真兄さんと、陽真が……茂部くんのこと苦手だと思ってた? ……本当に?」

 告げられた言葉へ、おずおずと頷く。否定のしようも無い。すると、楓真はとうとう頭を抱えてしまった。本当にごめん。

「な、なん……なんでそこまで……?」

「う、それは……会ったばかりの最初の頃とか特にだったけど、警戒されてたみたいだし……」

 優真さんと陽真くんの顔に影がさす。あ、しまった。ふたりを責めるような口調になってしまった。後悔したがもう遅く、ふたりの元気が目に見えてよりいっそう無くなった。

「……そうだね。それは、その通りだね。ごめん、茂部くん……」

「……僕も、失礼なことをしました。今までろくに謝罪もせず、すみません……」

「あ、いや違くて、責めてるわけじゃなくて!! そりゃ可愛い兄弟だから警戒するのもわかりますし、俺だって同じ立場だったらそうしてましたから!」

 手を振って、焦りとともに弁解する。心から申し訳なさそうな表情を浮かべるふたりに、胸が痛んだ。そんな顔は見たくない。元はと言えば俺だって、変な勘違いを引きずったままでいたのだ。


「……だけど!」


 陽真くんが突然声を張る。つい肩が跳ねた。

「わかってました。なかなか鈍感な人とは思ってました。けど……思ってましたけど……!!」

 ここまで取り乱した陽真くんを初めて見るようなきがする。……鈍感だと思われてたんだ。……実際、その通りだったようだから何も言い返せない。

「……え、じゃあちょっとまって。俺が前に卵焼き食べたいって言ったのは? どういう意味だと思ってた……?」

 恐る恐る、優真さんが声を発する。それは。……それは。上手い理由も思いつかず、俺は馬鹿正直に口を開くことしか出来なかった。

「……楓真に変なものを食べさせてないかの、確認かと……」

「……さすがに俺も、心が折れそうかも……」

 うう、と胸を押さえた優真さんがか細い声を出す。

「ここまでくると兄さんが気の毒だな……」

「うわ、あああ、すみません!!」

 哀れみを込めた視線を楓真が投げる。茂部くんは悪くないから気にしないで、と言いながら楓真が肩を叩いくれたが、そういうわけにもいかない。優真さんも陽真くんも酷く落ち込んでしまった。

 この状況をどうしたものか、焦る自分とともに──ふと、実感する。

 だけど。そうか。俺は、嫌われていなかったんだ。そう思うと──安堵と、妙にむず痒い気持ちがじんわりと広がって。


「……へへ、」


 だらしなく口角が上がり、笑いが漏れる。突然笑った俺を不審に思ったのだろう、きょとんとした三対の瞳が向けられた。

「あ、すみません……嬉しくて、つい」

「……嬉しい?」

「嫌われてるの、俺の勘違いだったんだ、って。仲良くできてるのかな、だったらいいな、ってずっと思ってたんです」


 よかった。


 安堵とともに笑って呟く。照れくさい。だけど、これが俺の本心だった。恥じらいを滲ませながら、頬を掻く。すると三人は──なぜか、ふるふると震えだした。

 やばい。嬉しさのあまり、だいぶ恥ずかしいことを口走ってしまった。弁解の言葉も浮かばないまま、口を開こうとしたそのとき──

「……可愛いっ!!」
「……かわいい……!」

 優真さんと陽真くんにがばりと抱きしめられる。急速に近づいた距離に、一瞬息の仕方を忘れた。可愛いって、もしかしなくても俺のことか。こんなぱっとしない男なんかが可愛いわけがないのに。
 思考回路がショートしそうになりながら、声をなんとか絞り出す。

「うお、あの、ちょっと……!」

「……今のは、ずるいよ。茂部くん……」

「なにが!?」

 傍で立ったままの楓真が、口元を押えてそう言った。

 きゅう、と強く抱きしめられたまま。優真さんがふと声を発する。

「これからは、もっとちゃんと言葉にするから。俺たちがどう思ってるのか、誤解しないように伝えるからね」

「僕も……照れてあまり言えなかったけれど、これからは頑張りますから。だから……嫌ってなんかいないって、どうかわかってくれませんか」

 ふたりが、縋るような声色でそう言うから。俺は、心がじんと温かくなって。そっと、彼らの体に腕を回して抱き返した。

「……大丈夫、です。こうして教えてくれただけで、よくわかりましたから。これからも、俺なんかと関わってくれるなら、嬉しいです」

「当たり前だよ。ね、兄さん、陽真?」

 促した楓真に、うん、とふたりが頷く。なんだか幼い子どものようで、とうとう噴き出してしまう。

「ほら、いい加減お祭り戻ろ。花火だってまだあるんだから!」

「あ、そっか。打ち上げ花火あったな、そういや」

 二年に一度、だっただろうか。そのくらいの頻度で花火を盛大に打ち上げることになっていて、今年はその年だったのだ。見逃してしまったら損だ。
 するりとふたりが離れていく。しかし、まっすぐ俺を見据えたかと思うと。口角をゆるりとあげて、よく似た笑みを浮かべた。


「じゃあ。……これからしっかりアピールするから、改めて、よろしくね。茂部くん」


「よろしくお願いします。茂部さん」


 ふたりの笑顔は、薄暗い路地の中でもはっきりわかるほど──絵画のように綺麗な笑みだった。俺はなぜか。それに、危機感のようなものを覚えて。


「……よろしく、お願いします……?」


 ……アピールって、普通の友人、として、だよな? うん、そのはずだ。
 もう不安要素は無いはずなのに、危機感を覚えた自分に首を傾げながら。俺はふたりへと笑い返し、揃って大通りへと足を向けたのだった。