井橋くんのことが好き、と気づいてからは授業も塾も部活もなんにも頭に入らなかった。
「あゆー、好きな人いるでしょ。井橋?」
自習の時間に突然、つむに割と大きめの声で聞かれた。
思わず井橋くんのほうを見る。
よかった、聞こえてない。
「え、いやいやいやいや、ないないないない、私が?手が届かないよー、むりだってー」
「あゆ、分かりやすい。あんたまっすぐすぎるんだよ、いいとこでもあるけどさ分かりやすすぎて嘘つき大会とかあったら小学生にも負けるよ」
「好き、なのかなー?」
最近は毎日井橋くんと連絡を取り合って、あゆみちゃんに会いに行って、と私の生活は井橋くんで満たされている。
つむには疑問系で言ったが、間違いなく私は井橋くんのことが好きだ。
帰り道、井橋くんと合流した。
「あゆは、一緒に帰ろ」
「うん!帰ろ!」
「あゆははさ、好きな人いるの?」
「す、好きな人⁈井橋くんは?」
「俺は中学で恋愛する気ないかな、あゆみのこともあるし」
井橋くんが中学で恋愛をしないなら私は井橋くんと付き合えない。
もし私が頑張ったら恋愛する気になってくれるかな?
私は頑張れる。井橋くんの隣に立っても見劣りしないくらい可愛いくなりたい。垢抜けて井橋くんを振り向かせたい。
「私は、いるよ!好きな人」
「誰?」
「まだ言えないよー!」
夜遅くまでヘアアレンジの動画を見て編み込みの練習をたくさんした。
明日は編み込みしてツインテールしてみようかな。
次の日、朝も早起きを頑張って昨日の夜覚えた編み込みツインテールをした。
登校中、井橋くんの後ろ姿を見つけた。
「井橋くん、おはよ!」
「お、あゆは。おはよ」
「今日音楽の授業弾き語りやるんだって!井橋くんギター?」
実は音楽の授業があるたびにギターやらないかなーと期待していた。
「だな」
髪型気づいてくれるかもとかちょっと期待してたけど、全然髪型について触れそうな雰囲気ないー!
頑張って練習したんだけどな……
「今日は弾き語りをしてもらいます」
「課題曲はなんですかー?」
「自由で構いません。楽器も自由に使ってください。ペアをつくってもいいですが、男女で組んでください」
やった!井橋くんの歌が聞ける。
「井橋、なんの楽器使うー?」
「俺はギターだな」
「いーよなー、楽器得意なやつは」
「番号順で井橋から発表してください」
「はい、1番井橋悠斗。ギターやります」
井橋くんの歌とギターは最高でさすがとしか言いようがなかった。いつまでも聴いていたいような発表だった。
いよいよ私の番になった。
「23番原田あゆは。箏やります」
箏は弾けるけど楽譜が読めないので感覚でやった。
「あゆ、あんた歌上手いし顔面強いから全然アイドルとか目指せそうなのに楽譜読めないのは残念だよねー」
「あゆはちゃん歌うますぎ!」
「あゆはちゃん楽譜読めなくてパニクってたの可愛かったー」
授業終わってから珍しく学校で井橋くんが話しかけてきた。
「あゆは歌うまいな、ボイトレ通えば?」
「井橋くんの歌とギター最高だったよ」
「ギターは6年通ってるし、ボイトレも5年やってるからな」
「すご!長いね。私そんなに長い間同じ習い事できないよー」
すごいな、井橋くん。尊敬できることがどんどん増えていく。私も頑張らないとって気合いが入る。
帰宅してからヘアアレンジの練習をして、メイクの研究をするのが日課だ。
毎日頑張ってもまだまだ井橋くんは遠く感じてしまう。
あとどれくらい努力をしたら井橋くんに届くだろうか。最初と比べたら少しは近づいてきているのだろうか。
夏休みに入ってすぐのある日の昼過ぎ
スマホが鳴った。
井橋くんからだ。
『いま暇?』
『あゆみが会いたがってて』
「ひまだよー!」
「すぐ行くね!」
『いや、迎えに行く』
「じゃあ待ってる」
10分くらいして井橋くんが来た。
「急にごめん」
「全然大丈夫!私もあゆみちゃんに会いたいし!井橋くん今日は部活ないの?」
「あぁ、珍しくオフ。あゆはは何部だっけ」
「私は手芸部。放課後に予定あることが多いからほとんど行けてないけど」
「なんか習い事してるの?」
「うん、英会話やってる!コミュ力上げたくて始めたの」
歩きながら会話しているとクラスのカップルに遭遇した。
「え、井橋と原田さんってそういうこと⁈」
「「ちがう」」
「井橋って女子と話せるんだねー、びっくりした」
「普通に話せます」
「で、井橋たちデート?」
「違う、付き合ってない」
「まあ、お似合いだと思うよ。うちらデートだからもう行くね。ばいばーい」
絶対勘違いしてる!
私はカップルって思われても嬉しいくらいだけど井橋くんはどうなんだろう。
「あゆはは好きな人いるのにごめんな、あいつら絶対勘違いしてる」
「全然大丈夫、気にしないでいいよ!」
そんなこと気にしてくれるなんて優しすぎるよー!
脈あり?それとも思わせぶりなだけ?
「おかえり!あゆはちゃん会いたかった!」
「あゆみちゃん、久しぶり」
井橋くんの家に着いてあゆみちゃんが元気よく出迎えてくれた。
「あゆはちゃん、聞いて!あゆみ最近はちょっとずつ学校行けるようになったの!」
「え、本当に?すごいじゃん!よかったね」
「あゆはちゃんのおかげ!ありがとう!ママもお礼言いたいって」
え、ママ⁈私もしかして井橋くんのお母さんに会っちゃう感じ⁈
「あゆはちゃんよね?ちょっとお話できるかしら?」
きたー!緊張する。
ていうか井橋くんのお母さんもめちゃくちゃ美人なんですけど!
「はい、初めまして。原田あゆはです」
「2人で話してくれば?俺あゆみとあそんでるから」
マジ?いきなり1対1⁈
驚いて井橋くんを見ると真顔のまま頷いた。
いや、うんじゃなくてー!
「あゆみ、あゆみの部屋行こうか」
「やったー、お兄ちゃんと遊べるー」
「じゃああゆはちゃん、リビングに」
リビングのダイニングテーブルのあるイスに向かい合わせで座った。
「あゆはちゃん、本当にありがとう。あゆみも悠斗も自分のことを話してくれないから、あゆはちゃんがいなかったらあゆみは学校にいけないままだった。あゆはちゃん、時々あゆみと連絡をとってくれていたよね?あゆみはそれがすごく嬉しかったみたいで心の支えになっていたと思うの。それに、悠斗も前は全然笑わなかった。でも今は少し笑うようになって、学校でのこととかも話してくれるの。あゆはちゃんの話もよくしてるわ」
「あゆみちゃんが学校に行けるようになって井橋くんも安心したんじゃないでしょうか」
「それにね、私悠斗が女の子と話せることに驚いたの」
「学校でも女子と話さなすぎで話せないと思われてます」
「悠斗、昔から全然女の子と話さなくて心配していたの。だからあゆはちゃんを家に連れてきたってあゆみから聞いて、すごく驚いたの。悠斗が体育祭の打ち上げに行くって言ったのも驚いたわ、打ち上げに行ったの初めてだったから。本当にありがとう、あゆはちゃんがあゆみと悠斗を変えてくれた」
「大したことはしてないです、2人が頑張っている背中を押すことしかできませんから」
「あゆはちゃんは悠斗のことが好きなの?」
「え!す、好き?ですか?え、えーと、その、なんていうか」
「あゆはちゃんは純粋ね、まっすぐいい子に育って。応援してるわ、ただ悠斗は感情があまり顔に出ないから難しいわね。前にオムライスとオニオンスープを作ってくれたわよね、あれ2人ともすごく美味しかったって、悠斗もあれから週に1回は料理をするようになったの。あっ、おやつにしましょうか、グレープフルーツのシフォンケーキを焼いたの。あとレモンティーがあったはず。あゆみと悠斗を呼んできてもらえる?」
「はい、いってきます」
あゆみちゃんの部屋の前まで行くと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「あゆみちゃん、井橋くん、おやつだって」
「やったー!おやつー!」
あゆみちゃんが走ってリビングへ行ってしまったので井橋くんと2人残された。
「あゆは、母さん話長かっただろ。ごめんな、2人にして」
「本当だよー、いきなり2人でめちゃくちゃ緊張した!」
「あゆはならいけるかなって」
やっぱり好きだな、井橋くん。
名前を呼ばれるたびにドキドキして、嬉しくて。
井橋くんに届くまであと何歩進めばいいんだろう。
「俺らも行くか」
「うん、井橋くんのお母さんシフォンケーキ焼けるなんてすごいね!」
「料理の腕は遺伝しなかった」
リビングへ行くとめちゃくちゃ美味しそうなシフォンケーキがお皿にのっていた。
「あゆはちゃんは悠斗の向かい側に座って」
シフォンケーキはふわふわでほんのりグレープフルーツの味がして美味しかった。
井橋くんから視線を感じた。
「井橋くん見過ぎ!」
「あゆははすぐ恥ずかしがるよな、いい加減俺にくらい慣れろよ」
なにそのイケメンゼリフ!
「お兄ちゃん!あゆはちゃんのそこが可愛いんじゃんー」
シフォンケーキを食べ終えてレモンティーを飲んでそろそろ6時ということでお土産にグレープフルーツをもらった。
帰ろうとしたら
「悠斗、ちゃんとあゆはちゃんを家まで送りなさい」
と井橋くんのお母さんが言い出して
「当たり前」
ということで2人になることに!
「あゆは、ありがとな」
「楽しかったし、美味しかった!」
「本当にあゆはがいてくれてよかった」
やばい!もっと好きになっちゃうよ!
「井橋くん、私が井橋くんに届くまであとどれくらい?」
「もしかして、あゆはの好きな人って俺?」
「うん、好き井橋くんが」
「俺はまだあゆはの想いに応えられない。あゆみのことが落ち着くまで待ってほしい」
「え、中学で恋愛しないんじゃないの?」
「そのつもりだった、でも考えさせて」
井橋くんに恋してる。
すごくすごく恋してる。
届くまでまだまだ頑張らないとかな。
