東京駅発、出張癒しごはん

 会津での最終日。
 新幹線の予約は二時。会津を昼過ぎに出るまで少し観光をすることにした。
 昨日、ホテルに帰ってからざっとシャワーを浴びて、コンビニで買った桃のサワーを飲んだ。福島限定のサワーは香りが豊かでスルスル飲めた。ベッドの上でスマートフォンをいじりながら今日のプランを練っているうちに、いつの間にか眠っていた。
 すっきりと目覚めた朝。
 カーテンを開けると、まぶしいくらいの太陽の光に思わず目を眇めた。窓の向こうに映る山々は、清々しいほどクリアに遠くまで見渡せる。こんな風に、じっくり窓の外を眺めながら朝の支度をするなんて、ほとんどしたことがない。金曜終わりに出張があると、遅くなっても必ず東京へ戻っていた。
 待つ人がいない毎日はまだ少し寂しいけれど、そのぶん自由だ——そんなことを、ぼんやりと思った。
 
 ホテルの無料朝食はパスして、チェックアウトした。快晴の下、スーツモードはお休みしてシャツにワイドパンツで目的地へ歩き始める。歩いてそれほど経たないうちに、額にじわりと汗が滲んでくる。
「……うわっ」
 視線の先の光景を見て、思わずつぶやいた。
 十時開店のラーメン店。店先には、開店前から列をなしていた。この時間から開いている他店もリサーチ済み。けれど、どうしてもこのお店がいいと迷わず列に並んだ。
 私が選んだのは、山塩を使った塩ラーメンが有名なお店。ラーメンは塩が一番好きだし、山塩と聞いて未知の味を食べないわけにはいかないと思った。
 二十人近くは前に並んでいそうだ。会話をしながら待っている人たちの中で、おひとりさまは私だけらしかった。
 しばらくすると、ガラガラと店の引き戸が開いて暖簾がかけられた。
「お待たせしました。いらっしゃいませ~」
 威勢のいい女性の声が響くと、待っていた人たちが店内に入り始めた。私は待たなければならないと思っていたが、流れのままカウンター席へ案内された。
 すぐ店内に注文の声が飛び交う。メニューはシンプルで、麺はしょうゆか塩。そして丼物がいくつか。聞いていると、注文はしょうゆと塩が半々くらい。私は迷わず塩ラーメンをお願いした。
 待っている間、店内に漂うスープの香りに胃袋が完全に目を覚ます。
 
「お待たせしました。山塩ラーメンです」
「ありがとうございます」
 目の前に置かれたどんぶりを見た瞬間、思わずため息が漏れた。
 透き通った黄金色のスープ。透明に近い表面には、キラキラと上質な脂の膜が輝き、湯気とともに塩の香り立ち上る。きれいに畳まれた縮れ麺に、チャーシューとメンマ、刻んだ長ネギが添えられていた。
 まずはレンゲでスープをそっと掬い上げる。
「はぁ……」
 優しい味に思わずため息が漏れた。驚くほどまろやかな旨みが口の中に広がる。尖りのない、やわらかな塩味には甘さすら感じる。
 ——これが山塩なんだ……。
 昔、海だった山からとれる貴重な塩。塩の専売制が廃止されてから、地域おこしで生まれたらしい。だとしたら、ずいぶん昔のミネラルが含まれてるんじゃないか。
 レンゲから箸に持ち替え、スープをまとった縮れ麺をすする。もちもちとした太めの麺に、スープの旨みが絡みついている。暑い夏に、この塩味はぴったりだと思う。
 ——朝からラーメンなんて贅沢すぎる……。
 沢村さんが言っていたことがわかる気がした。
 誰かと一緒に行く旅行も楽しいけれど、自分にまっすぐ従うひとり時間も悪くない。むしろ、今の私にこの時間は必要なんだと思う。
 最後の一滴までスープを飲み干して、店を出た。
 じりじりと焼け付くような太陽にも負けないぐらいのパワーをチャージした私は駅へと歩く。
 
 * * *

 月曜日。
 いつもの慌ただしい朝がやって来ると、出社してすぐに都内の訪問先へと向かった。昼過ぎに会社へ戻ると、沢村さんは自分のデスクでサンドイッチを頬張っていた。どうしようかと足を止めた時、沢村さんと目が合い、「よっ」と笑って軽く手を挙げてくれた。
「沢村さん、お疲れ様です。行ってきましたよ、朝ラー」
「おっ、ついにデビューしたかぁ。で、どうだった?」
「メチャクチャよかったです。また行きたいです。それからこれ、おみやげです」
 きれいめの小さな紙袋を差し出した。いつも沢村さんは地方出張で私にしてくれること。
「え、すごいっ! これ飲みたかったの~。やっぱり気配り彩瀬。違うね~。あ、これ、また『買ってきて』っていう意味じゃないからね」
「わかってますよ」
 紙袋を覗いてうれしそうに笑う。
 二種類のカップ酒とご当地のお菓子。気分に合わせて夜のお供になったらうれしい。

 自分の席に戻り、一階のカフェで買ってきたクロワッサンサンドにかじりついた。アイスコーヒーを飲みながらメールをチェックする。
 ——「次の訪問のお願い」
 北乃クリニックの院長先生からだった。
『先日は大変助かりました。研修を早めにしていただいたお陰で、早速スタッフもレセコン操作の練習をスムーズにしております。
 つきましては、オープン後、なるべく早いところでお越しいただきたいのです。
 妻の患者さんで入院希望されている方がいまして……』
 こんな時、この仕事をしていてよかったなと思う。
『こちらこそ、ありがとうございました。オープンから一週間後ぐらいでしたら、伺えそうです』
 今度は仮の患者さんではなくて、実際の打ち込みもあるから、またお手伝いできることもあるかもしれない。
 すぐに次の日程が決まって、心が躍る。
 必要そうな資料は何か、クロワッサンサンドをかじりながら考える。会津で過ごした時間も。
 
 ——まずは、あのお寿司かな……。