となりびと と、

「ねぇスズ、一緒にご飯食べ行かない?」
授業終わり。友人に声を掛けられて、「あー」と言いながら今朝の理央先輩の言葉を思い出す。
「ごめん、今日は同居人がご飯作っておくって言ってくれちゃったから、また別の機会に」
ごめんね、と続けると、「あぁ例の」と彼女が困ったような複雑そうな表情を浮かべた。
「ねぇ、前から気になってたんだけどさ。本当に何にもないの? あの、一つ上の優しそうな先輩でしょ」
「私は何回同じ説明をすれば良いの」
「ごめんって。でも気になっちゃって」
悪びれもせずにそう言い放つ友人が、続ける。
「その、同居人? スズ本人に訊くのもおかしな話だろうけど……意味あるの? それ」
他人に訊く方がよっぽどおかしな話だろう。
私が不思議そうな顔をしたのか、彼女が風船から空気が抜けるかのように喋り出した。
「誰かと一緒に居ればさ、どうしても帰る時間とか家での過ごし方とか、少なからず制約が出てくるわけじゃん。恋人って言うなら分かるよ? その制約を受け入れられる程度には相手のことが大事ってことなんだろうから」
まるで、恋愛感情を抱いていない相手は大事にじゃないかのような言い方だ。
「でも見てるとさ、距離感とか関わり方とかは完全に他人じゃん。もちろん、仲悪いわけじゃないんだろうなってのは分かるけど……でもその先輩は、スズに何をしてくれるわけ? 恋人みたいに甘えたりもしない、でも1人になりたい時もそうできない」
甘えるというのは、どういうことを言うのだろう。帰ってきた時に部屋の電気が点いている、美味しそうなご飯の匂いがする。それに安心感を覚えるのは、甘えるということではないのだろうか。
「基本的に朝と夜ご飯食べる時以外は別行動のことの方が多いから、1人になれないわけじゃないよ。別に同じアパートの部屋にいたって、常に顔突き合わせてるわけでもないんだし」
説明が面倒になってきた。何が悲しくて、分かってもらう必要性も必然性もないことを神経削って説明しないといけないのだろう。
「ふぅん。うーん。余計に分からん。じゃあなんで一緒に住んでるのよ」
ほっとするから、と適当に返して、机の上のラップトップをパタンと閉じる。
「ほっとする、ねぇ。それも良いけどさ、私たち華の女子大生だよ。スズも恋しなよ、楽しいよ」
確かに人並みにそれができたら、楽だったのかもしれない。
「検討はしておく。あそうだ、先輩に言っておくからさ、来週はご飯行こうよ」
「本当? やった、ありがとうスズ」
うんと頷いて、鞄を肩に掛ける。
「あ、そうだ。スズ、ダメ元で訊くけどさ」
「うん?」
「明後日。金曜。飲み会あるんだけど、スズも来る?」
「行かない」
「だよねぇ」と呟いて、友人が笑った。
「じゃあ、私帰る。おつかれさま」
「おつかれー」
明るく手を振る彼女に軽く手を振り返して、静かに歩き出す。
どうやら私はそこまで愛想が良い方じゃないらしいのだが、彼女はそんな私に懲りずに付き合ってくれる、数少ない人間の1人だ。恋愛の話に乗らなければ、本当に話しやすい子なのだけど。
大学の建物を出たところで、鞄のポケットに入れていたスマホが通知を告げた。理央先輩からだ。
《おつかれさま。安かったから、夕飯は焼き(さば)に変更。異論は5分だけ受け付ける》
先輩らしい無愛想な文面と、それとは裏腹な気遣いに、思わず笑ってしまう。
《異論はないです》
短い文を送信して、歩き出した。
「お腹空いたな」
私の独り言が想像よりも楽しそうに弾んでいることに、少し驚く。