となりびと と、

カレンダーの日付を見て、思い出した。
スマホを取り上げて、ひとつのトークルームを呼び出す。小中学校時代の、元クラスメイト。特別仲が良かったわけでもないし、何か特別な感情を抱いていたわけでもない。ただ、会えば挨拶をする程度の間柄。彼女が突然いなくなってしまってから、彼女の存在と誕生日が教室の中で忘れ去られていくのを、僕はただ見ていた。事故だったんじゃね。病気だったのかも。いや、もしかしたら……。彼女が物語の中の人になって消えていくのを、ただ眺めていた。声を上げることも、何か行動を起こすことも、しなかった。そこまでのことじゃないと思ったのかもしれない。
トークルームを開くと、既読の付くことのない僕のメッセージが並んでいる。1年に一度、一言ずつだけ。
《誕生日おめでとう》
飾り気のない、何の工夫もない、一言。彼女に届くなんて思っていない。ただ僕の、僕自身の安定のためにやっている。
ひゅぽ、という気の抜ける音と共に、既読の付かないメッセージがまたひとつ増えた。
ふぅ、と息を吐く。
「誕生日おめでとう」
空に向かって呟いても、ありがとう、なんて、返ってくることはない。
「お友達ですか」
驚いてスマホを落としながらも振り返ると、夜猫がドアの隙間から此方を覗いている。本当に猫みたいだ。
「……元クラスメイト。友達にも満たない」
「そうですか。スマホ大丈夫ですか? あ、ご飯できましたよ」
「うん、ありがとう。スマホはたぶん大丈夫」
「……おめでとうございますって、私からもお伝えください」
「うん、伝えておく」
じくっと、胸が痛くなる。
でも夜猫の優しさが、確かに沁みた。

「そういえば、暁ってなんでカツ丼食べられないの? とんかつは好きなんでしょ」
大学の近くの飲食店街を歩きながら、柿畑が僕に問うた。どこから情報が漏れたんだと思ったけど、友達同士でご飯を食べに行く時に僕が却下した中に入っていたんだろうと思い直す。
「……とんかつもカツ丼も美味しく食べられはするんだけど、嫌いなんだ。その度合いが後者の方が高いから、そっちはもう受け付けなくなってる」
「へぇ。美味しくは食べられるんだ」
「うん、前は好きだったしね」
僕は衝撃的な出来事に遭うと、その記憶が直前直後も含めてすっぽ抜けることが多い。だからあの、彼女がいなくなったと知らされた日の昼ご飯は何も覚えていないけど、ふと意識が戻り始めた時に食べた夕飯がカツ丼だった。今考えると何の(げん)を担いでいるんだと思うけど、そこ含めて何も考えられていなかったんだろう。
美味しく食べることはできるのだ。それが嫌で、嫌で、遂には食べられなくなってしまった。
「そっかそっか。オッケー理解したわ」
「……理由とか訊かれるかと思ったけど」
「聞いて欲しかったら、暁勝手に喋り出すでしょ。一緒にご飯食べる時どこまで大丈夫なのかが分かってなかったから。それだけ気を付ければ良いのね」
「まぁ、柿畑ととんかつ屋に行くことはないと思うけどね」
「まぁね」
互いの目を見て、少し笑った。
「……ありがとう」
「応。さぁて、今日は何食べる?」
からっとした気持ちの良い返事。
これに一体何度救われたか、分かったものじゃない。