・
・【08 花田のこと】
・
すぐに小山莉愛が俺を指差しながら、
「あ! 用を足す時、お手洗い汚したでしょ! 反省の顔してるよ!」
花田はテーブルの前に座っているとドアとは後ろ向きなので、俺の顔はまだ見ずに、
「そんなわけないでしょう。仮に汚していたとしてもポーカーフェイス出来る年齢でしょうに」
今は花田のおもろツッコミに内心ウケる余裕も無く、花田の前に座り直すと、花田の面持ちが曇った。
小山莉愛は花田の表情を見てから、
「ほら! 一郎も何か変だと思うでしょ!」
花田は神妙に、
「何かあったんですか? もしかすると、僕のお父さんから何か言われましたか?」
勘もちゃんと鋭いんだな。じゃあ俺の遠回しの性的なイジリも気付いていたんだろうな。いやそんな反省じゃなくて、と声を出そうとしたが、俺は「あの、えっと……」とつい口ごもってしまうと、小山莉愛が、
「ハッキリ言いなよ。ハッキリ言うことすら止めるのって、キャラ変わり過ぎ」
と言って、もう言うしかないと思って、今、店主のオッサンから言われた『不登校にしてくれたおかげで教育費やら学費やら払わなくて済む』みたいな話をすると、小山莉愛は急に足をジタバタさせながら、
「何それ! 意味分かんない! 最低! 毒親過ぎじゃん!」
と言って、いやベッドの上で足を暴れさせたらパンツ見えそうじゃんと思って、すぐに目を背けて、花田のほうだけを見た。でも花田は冷静に頷くだけで、顔色一つ変えない。一体何でだと思っていると、花田が口を開き、
「それはいつも言われていることだから大丈夫ですよ。九月の修学旅行とか沖縄で高いから、本当に行かなくて済むからいいって」
すると小山莉愛がデカい声で、
「私は一郎と沖縄行きたい!」
と叫んだわけだけども、パンツの件があるので小山莉愛のほうは向かないことにした。昔なら不可抗力のパンツは絶対見に行ったけども、今はもうしないほうがいいと分かっているから見ない。
小山莉愛は相変わらず憤っている声で、
「何で一郎無視するの! こっち見てよ!」
花田は淡々と、
「今、小山さんが足をバタバタさせている音がしますが、そうするとパンツが見えそうになっているでしょうから、そっちは見ないです」
と答えて、小山莉愛はすぐさま、
「見てないよね! 佐野!」
と言ってきて、俺はすぐさま、
「何で俺だけ!」
小山莉愛は当たり前って感じで、
「だって佐野のグループはスケベじゃん。こういう時、一郎は絶対見ないって分かっているけどもさ」
ということは、セックスはまだって感じ? と真っ先に考えるところが、まだ俺が変わっていないところなんだろうな。
いや、
「一瞬見えそうになったけども、多分見てないから。もう見ないって決めたからさ」
小山莉愛は、
「佐野じゃなくて一郎しか見ちゃダメだから!」
と声を荒らげて、小山莉愛的にはもういつでもセックスOK、いやいや、こういうのすぐに考えるの本当にダサい。花田の大人の対応を見てきたら、俺のほうが全然ガキじゃん。童貞喪失したほうが大人と思ってきたけども、もしかするとそういうことでもない?
花田は深呼吸してから、
「とにかく、お父さんはいつものことなので、佐野くんが気に病む必要とか一切無いですからね」
と言われたわけだけども、全部俺のせいじゃんとは思ってしまった。でも、そう思えるところが一個成長だ、なんて自分で考えたら、自分に甘いのだろうか。
その後、会話もあんま盛り上がらなくなってしまい、小山莉愛と一緒に花田とはバイバイした。最後に花田ともLIME交換して、三人グループを作った。
小山莉愛は午後から高校へ行くと言っていたが、俺はそのまま家に戻ってきた。一応体調悪いと言って早退してきた設定だ。
俺は玄関で、
「ただいま、体調不良で早退した」
と先手で言うと、すぐさま未だに専業主婦の母親……何だこの未だに専業主婦の母親って。ずっと頭に浮かんでいたけども、それで生きていけるならそれが一番良いじゃないか。母親が生きたいように生きればいいだけじゃないか。ずっと俺、おかしかったんだな。
まあとにかく母親が、
「本当体調大丈夫? 無理しないでね」
と居間にいたのにわざわざ顔を見に廊下まできて、そう言ってきた。これ、ウザく感じていたけども、本当に心配してくれているんだよな。花田の父親とは全然違うよな。意味合い。意味合いというか本当に全然違うよ。ずっと俺のことを心配してくれてさ。
母親は改めて俺の顔をまじまじと見ると、
「でも朝よりも元気に見えるね。治りかけは早く休んだほうがいいって言うし、早退は正解として、昼ご飯、何か作ろうか? 雑炊でいい?」
「いやいい」
「ちゃんと食べなさいよっ、居間に来ればパンもあるからね。部屋で食べてもいいし」
何だか急にまた涙が溢れてきたので、俺は逃げるように自分の部屋へ走った。
ずっと俺のこと心配してくれているのに、ウザいとか思っていて本当に申し訳無かった。さすがに恥ずかしくてそれは伝えられないけども、俺の両親は全然毒親じゃなかった。俺は恵まれていたんだ。ずっとずっと恵まれていたんだ。それに気付かず、あんな人間性で。変わる、俺は絶対に変わってやるんだ。
でも正直、自分のことよりも花田のことが気になってしまう。あんなことを親から言われたら、俺、多分ナイフで刺してしまうと思う。それなのに厨房に立って、親と仕事をして、さすがに大人過ぎる。というかもっと子供になるべきだ。
俺は何かもう良く分かんないけども、花田と小山莉愛とのグループにLIMEすることにした。
『学校戻って来るのか』
でも花田からも小山莉愛からの既読がつかずに、まあ花田は仕事だし、小山莉愛は高校だしってことか。
二人はちゃんと大人していて偉いなと思った。俺は未だにガキなので、電子書籍で堀越海平の初期短編集を買って読んだ。
午後三時頃に花田から返信がきた。
『分からないです。すぐには決められないです。仕事も頼られていますし。』
仕事も頼られている。そりゃあんだけ美味いカツ丼作れればそうだろうけども。
俺はすぐさま、
『分からないはずがない どっちかだろう』
と打ち込むと、小山莉愛からメッセージがあり、
『あんま突っ込まないでよ いろいろあるんだから』
花田からは、
『そんなハッキリ言う世界でやって来なかったです。』
と書かれて、俺は流れで、
『ハッキリ言えばいいじゃん』
と送ると、小山莉愛から矢継ぎ早に、
『あんま調子乗んなよ 佐野』
と返ってきて、あぁ、でも確かにそうだ、と思った。
また俺、距離感バグっていたかもしれない。昨日の今日というか、むしろ今日なのに、ついまた土足でズカズカ入ってしまったかもしれない。
花田からは『もう少しちゃんと考えます。でも考える機会を与えてくださって佐野くん、有難うございます。』ときて、あぁ、俺はやっぱガキ過ぎると思ってしまった。
でも確かに俺も、小山莉愛に花田へ告らせたなんてことは、ハッキリ言えないわけだし、人はハッキリ言えないことがあって当たり前だということに気付いた。
・【08 花田のこと】
・
すぐに小山莉愛が俺を指差しながら、
「あ! 用を足す時、お手洗い汚したでしょ! 反省の顔してるよ!」
花田はテーブルの前に座っているとドアとは後ろ向きなので、俺の顔はまだ見ずに、
「そんなわけないでしょう。仮に汚していたとしてもポーカーフェイス出来る年齢でしょうに」
今は花田のおもろツッコミに内心ウケる余裕も無く、花田の前に座り直すと、花田の面持ちが曇った。
小山莉愛は花田の表情を見てから、
「ほら! 一郎も何か変だと思うでしょ!」
花田は神妙に、
「何かあったんですか? もしかすると、僕のお父さんから何か言われましたか?」
勘もちゃんと鋭いんだな。じゃあ俺の遠回しの性的なイジリも気付いていたんだろうな。いやそんな反省じゃなくて、と声を出そうとしたが、俺は「あの、えっと……」とつい口ごもってしまうと、小山莉愛が、
「ハッキリ言いなよ。ハッキリ言うことすら止めるのって、キャラ変わり過ぎ」
と言って、もう言うしかないと思って、今、店主のオッサンから言われた『不登校にしてくれたおかげで教育費やら学費やら払わなくて済む』みたいな話をすると、小山莉愛は急に足をジタバタさせながら、
「何それ! 意味分かんない! 最低! 毒親過ぎじゃん!」
と言って、いやベッドの上で足を暴れさせたらパンツ見えそうじゃんと思って、すぐに目を背けて、花田のほうだけを見た。でも花田は冷静に頷くだけで、顔色一つ変えない。一体何でだと思っていると、花田が口を開き、
「それはいつも言われていることだから大丈夫ですよ。九月の修学旅行とか沖縄で高いから、本当に行かなくて済むからいいって」
すると小山莉愛がデカい声で、
「私は一郎と沖縄行きたい!」
と叫んだわけだけども、パンツの件があるので小山莉愛のほうは向かないことにした。昔なら不可抗力のパンツは絶対見に行ったけども、今はもうしないほうがいいと分かっているから見ない。
小山莉愛は相変わらず憤っている声で、
「何で一郎無視するの! こっち見てよ!」
花田は淡々と、
「今、小山さんが足をバタバタさせている音がしますが、そうするとパンツが見えそうになっているでしょうから、そっちは見ないです」
と答えて、小山莉愛はすぐさま、
「見てないよね! 佐野!」
と言ってきて、俺はすぐさま、
「何で俺だけ!」
小山莉愛は当たり前って感じで、
「だって佐野のグループはスケベじゃん。こういう時、一郎は絶対見ないって分かっているけどもさ」
ということは、セックスはまだって感じ? と真っ先に考えるところが、まだ俺が変わっていないところなんだろうな。
いや、
「一瞬見えそうになったけども、多分見てないから。もう見ないって決めたからさ」
小山莉愛は、
「佐野じゃなくて一郎しか見ちゃダメだから!」
と声を荒らげて、小山莉愛的にはもういつでもセックスOK、いやいや、こういうのすぐに考えるの本当にダサい。花田の大人の対応を見てきたら、俺のほうが全然ガキじゃん。童貞喪失したほうが大人と思ってきたけども、もしかするとそういうことでもない?
花田は深呼吸してから、
「とにかく、お父さんはいつものことなので、佐野くんが気に病む必要とか一切無いですからね」
と言われたわけだけども、全部俺のせいじゃんとは思ってしまった。でも、そう思えるところが一個成長だ、なんて自分で考えたら、自分に甘いのだろうか。
その後、会話もあんま盛り上がらなくなってしまい、小山莉愛と一緒に花田とはバイバイした。最後に花田ともLIME交換して、三人グループを作った。
小山莉愛は午後から高校へ行くと言っていたが、俺はそのまま家に戻ってきた。一応体調悪いと言って早退してきた設定だ。
俺は玄関で、
「ただいま、体調不良で早退した」
と先手で言うと、すぐさま未だに専業主婦の母親……何だこの未だに専業主婦の母親って。ずっと頭に浮かんでいたけども、それで生きていけるならそれが一番良いじゃないか。母親が生きたいように生きればいいだけじゃないか。ずっと俺、おかしかったんだな。
まあとにかく母親が、
「本当体調大丈夫? 無理しないでね」
と居間にいたのにわざわざ顔を見に廊下まできて、そう言ってきた。これ、ウザく感じていたけども、本当に心配してくれているんだよな。花田の父親とは全然違うよな。意味合い。意味合いというか本当に全然違うよ。ずっと俺のことを心配してくれてさ。
母親は改めて俺の顔をまじまじと見ると、
「でも朝よりも元気に見えるね。治りかけは早く休んだほうがいいって言うし、早退は正解として、昼ご飯、何か作ろうか? 雑炊でいい?」
「いやいい」
「ちゃんと食べなさいよっ、居間に来ればパンもあるからね。部屋で食べてもいいし」
何だか急にまた涙が溢れてきたので、俺は逃げるように自分の部屋へ走った。
ずっと俺のこと心配してくれているのに、ウザいとか思っていて本当に申し訳無かった。さすがに恥ずかしくてそれは伝えられないけども、俺の両親は全然毒親じゃなかった。俺は恵まれていたんだ。ずっとずっと恵まれていたんだ。それに気付かず、あんな人間性で。変わる、俺は絶対に変わってやるんだ。
でも正直、自分のことよりも花田のことが気になってしまう。あんなことを親から言われたら、俺、多分ナイフで刺してしまうと思う。それなのに厨房に立って、親と仕事をして、さすがに大人過ぎる。というかもっと子供になるべきだ。
俺は何かもう良く分かんないけども、花田と小山莉愛とのグループにLIMEすることにした。
『学校戻って来るのか』
でも花田からも小山莉愛からの既読がつかずに、まあ花田は仕事だし、小山莉愛は高校だしってことか。
二人はちゃんと大人していて偉いなと思った。俺は未だにガキなので、電子書籍で堀越海平の初期短編集を買って読んだ。
午後三時頃に花田から返信がきた。
『分からないです。すぐには決められないです。仕事も頼られていますし。』
仕事も頼られている。そりゃあんだけ美味いカツ丼作れればそうだろうけども。
俺はすぐさま、
『分からないはずがない どっちかだろう』
と打ち込むと、小山莉愛からメッセージがあり、
『あんま突っ込まないでよ いろいろあるんだから』
花田からは、
『そんなハッキリ言う世界でやって来なかったです。』
と書かれて、俺は流れで、
『ハッキリ言えばいいじゃん』
と送ると、小山莉愛から矢継ぎ早に、
『あんま調子乗んなよ 佐野』
と返ってきて、あぁ、でも確かにそうだ、と思った。
また俺、距離感バグっていたかもしれない。昨日の今日というか、むしろ今日なのに、ついまた土足でズカズカ入ってしまったかもしれない。
花田からは『もう少しちゃんと考えます。でも考える機会を与えてくださって佐野くん、有難うございます。』ときて、あぁ、俺はやっぱガキ過ぎると思ってしまった。
でも確かに俺も、小山莉愛に花田へ告らせたなんてことは、ハッキリ言えないわけだし、人はハッキリ言えないことがあって当たり前だということに気付いた。



