・
・【04 やつれていく】
・
何だか少しやつれたような顔になっている気がする。頬がこけているというか。食欲もあんまり出ない。
まだ不潔まではいかないので、髭などは濃くなっていないが、何だか時間の問題という気もしてきて、焦りが出てくる。
家の洗面台で鏡を見ていると、母親が突っかかってくる。
「最近痩せてきたけども大丈夫?」
未だに専業主婦の母親に現実の社会なんて分からないだろ、と思いつつ、俺は無視した。
でも母親は常によく分かっていない、俺のように思考を巡らせることをしていないので、構わず喋りかけてくる。
「好きな食べ物でも買ってこようか」
これは普通に活用したほうがいいので、マックドルのハンバーガーを買ってきてもらったんだけども、それも全然食べる気がしなくて、バカが買ってきたハンバーガーだからかもと思った。
ハンバーガーを買ってくるまで待っていたら、もう高校の始業時間になっていた。本当にそういうところ考えられない人間だな、と思った。
今日はもう高校はいいやと思って、キャンセルした。余った時間、暇なので、何か刺激が欲しくなってきた。
普通はセックスなわけだが、あいにく今は相手がいない。ナンパのようなどうしてもヤリたい雑魚がやることは絶対したくない。
逆ナンならまあいいか、と思って、ずっとうろうろ都市部を歩いているわけだが、全然逆ナンされない。女なんざおしとやかの時代じゃねぇだろ。だりぃ。
適当に入ったドラックストア。今は薬剤師が不在で薬が買えないみたいなこと書いてあった。じゃあカスじゃん。
買えないって書いてあると、何か頭痛が痛くなってきて、頭痛薬が欲しいかもしれない。
そうだ、渡りに船だ。万引きしよう。ちょうど刺激も欲しいし、ちょうどいいだろ。
俺は頭痛薬のところへ行き、左右をしっかり確認してから、一番小さい箱をバッグに入れた。
入れた瞬間は特に何も、って感じだが、そのままドラッグストアから出た時に、脳汁がブワァッと出たような気がした。
これは快感だ。背徳感が止まらない。犯罪って気持ち良い。セックスもほぼ犯罪だから気持ち良いんだよなぁ、と思った。
そこから俺は都市部のスーパーをはしごして、とにかく万引きしまくった。
もうバッグがパンパンになって、万引きに必要な素早さが出せない状況になっても万引きを繰り返した。さすがにパンパンになり過ぎた時は盗った商品を全部用水路に捨てていった。
それを繰り返して夕方になった。そろそろ最後の一発を当てたいと思い、大きめのスイカを万引きすることにした。
六月下旬のスイカはまだ高いので、それも何かカッコイイと思った。これ万引き出来たら俺は成長する。そんな感じがする。
スイカが売っている青果食品は出入り口の近くなので、人通りが激しい。これはかなり難易度が高い。俺はスイカを叩いて、どのスイカが一番万引きしやすいか考える。否、どれが万引きされたがっているスイカかと”対話”しているのだ。
俺は何だか神様になったような気持ちだ。いいやお客様は神様なんだから当然だ。俺はスイカを万引きするために生まれてきた。そう思いながら、この、バッグに入れたら、バッグのチャックが閉まらなくなるくらいのデカいスイカを万引きしよう。
このスイカを用水路に捨てることも気持ちが良さそうだ。そんなことを思いながら。持って、誰もこっちのことを気にしていなさそうなタイミングで、スイカをバッグに、入れる!
出来た! 出来た! 出来た! 脳内が密林かってくらいに脳汁樹(のうじる・じゅ)が生えてくる。熱気も脳汁でムンムンの亜熱帯。
でもこのまま店からすぐに出たら、ただのやり逃げでは? ちゃんと店の中を練り歩いてから出てこそ、本物の万引きマンでは?
だから俺はこのスーパーを一周することにした。それこそ一蹴って感じだ。俺結構面白いかも。駄洒落じゃなくて”韻”な。
その時、思った。
ふと、さらにここで万引きしたら、かなり気持ちが良いんじゃないか。スイカは球体なので、四隅に空間がある。その四隅に小さい食玩でも入れてやればいいんじゃないか。
俺は食玩売り場に行き、俺がいつも買っている漫画雑誌で連載されている、たいして面白くない漫画の食玩をターゲットにした。多分この食玩売れてないだろ。面白くない漫画だし。
軽く前屈みになり、バッグそのものを売っている棚に近付けたその時だった。なんとバッグからスイカがズルリと零れ落ちて、そのまま床に落ちて割れてしまったのだ!
遠くにいたおばさん店員が俺に近付いてきた。これはバックレるかと思って、逃げようと思ったんだけども、何か自分の中でショックだったみたいで、足がすくんで動けない。
おばさん店員に話し掛けられた。
「スイカ、何でここでスイカが」
おばさん店員もテンパっているみたいなので、ここはイケると思って、
「これは万引きじゃなくて買ったスイカがバッグから落ちたんです」
と俺は賢いので、思考を巡らせる人間なのでそう言うと、おばさん店員は急に目を鋭くさせて、
「万引きしたの? レシート見せなさい」
と意味分からないことを言い出した。これだから社会に馴染めていない女は文脈が分かんないな。
俺は声を荒らげた。
「じゃあもういいよ!」
「何がもういいよなのよ、レシート見せなさい、早く」
こういう自分の勘を正当な根拠として生きている獣みたいなヤツ、本当に嫌いだ。
今回はたまたま合っているから、アレだけども。そういう人生を歩んできたんだなって感じだ。
「万引きしたのね……こっちへ来なさい」
と、おばさん店員が言ったところで他の若い男の店員が寄って来て、
「どうしたんですか?」
「ちょっとこのスイカ、処理しといて」
「本当にどうしたんですか?」
「いいから!」
と、ちょっとヒステリックにそう言ったおばさん店員。こういうすぐにイライラし出すヤツって本当頭悪いよな。
若い男の店員は「分かりました」と言って、何かどっか走っていってテンパり過ぎで、ちょっと笑ってしまった。
俺はおばさん店員に腕を掴まれて、バックヤードに連れていかれているんだと思う。まあやろうと思えば振り切ることも出来るけども、俺はこういう時は自分の思考で、巧い喋りで回避してきたので、今回もそのパターンでいくことにした。
バックヤードというよりは、薄暗い、倉庫みたいなところに連れていかれて、キーで鍵を掛けられた。一体何なんだと思っていると、そのおばさん店員はこんなことを言い出した。
「万引きしたこと警察に黙っておいてあげる」
ほら来た。俺は思考を巡らせる賢さが滲み出ているので、こうやって俺の有利になることが人生で幾度と無くあるのだ。やっぱ思考のオーラが違うんだよな。
「だからわたしといいことしよっ」
そう言いながら俺の身体をいやらしく撫でてきたおばさん店員。
いや、いやいや、
「俺、別にイケメンとかじゃないんで」
「すごくイケメンよ、可愛いわ……」
そうおばさん店員が言った瞬間に爪先立ちをしてなんと、俺の唇をベロベロ舐め始めたのだ。呼吸は本当にクサくて、まるで掃除機の後ろから出ている熱風だった。
俺はもう人間が怖くて固まってしまい、そのまま棒立ちになってしまうと、おばさん店員は俺の首元を舐めながら、
「万引きチャラにしてあげるからぁ」
と、甘ったるいというか、サルミアッキみたいな匂いで言ってくる。本当に前々カノがデートに持ってきたサルミアッキみたいだ、と考えられたのはここまでで、正直思考停止してしまった。こんなに思考を巡らせる人間なのに。
そこからなされるがままで、俺は最終的に本物の賢者になり、おばさん店員にカタコトの日本語で「アリガトウゴザイマシタ」と言って帰路に着いた。
ここからどうやって家に戻って来たかはあまり覚えていないが、玄関から出迎えた母親が即座に、
「何そのおばさんみたいな口紅が顔中に! どうしたの!」
と言ってきたので、とりあえずもう面倒だったので「ジブン・デ・ヌッタ」と、ロマネコンティと同じイントネーションで言って自分の部屋に逃げ込んだ。
・【04 やつれていく】
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何だか少しやつれたような顔になっている気がする。頬がこけているというか。食欲もあんまり出ない。
まだ不潔まではいかないので、髭などは濃くなっていないが、何だか時間の問題という気もしてきて、焦りが出てくる。
家の洗面台で鏡を見ていると、母親が突っかかってくる。
「最近痩せてきたけども大丈夫?」
未だに専業主婦の母親に現実の社会なんて分からないだろ、と思いつつ、俺は無視した。
でも母親は常によく分かっていない、俺のように思考を巡らせることをしていないので、構わず喋りかけてくる。
「好きな食べ物でも買ってこようか」
これは普通に活用したほうがいいので、マックドルのハンバーガーを買ってきてもらったんだけども、それも全然食べる気がしなくて、バカが買ってきたハンバーガーだからかもと思った。
ハンバーガーを買ってくるまで待っていたら、もう高校の始業時間になっていた。本当にそういうところ考えられない人間だな、と思った。
今日はもう高校はいいやと思って、キャンセルした。余った時間、暇なので、何か刺激が欲しくなってきた。
普通はセックスなわけだが、あいにく今は相手がいない。ナンパのようなどうしてもヤリたい雑魚がやることは絶対したくない。
逆ナンならまあいいか、と思って、ずっとうろうろ都市部を歩いているわけだが、全然逆ナンされない。女なんざおしとやかの時代じゃねぇだろ。だりぃ。
適当に入ったドラックストア。今は薬剤師が不在で薬が買えないみたいなこと書いてあった。じゃあカスじゃん。
買えないって書いてあると、何か頭痛が痛くなってきて、頭痛薬が欲しいかもしれない。
そうだ、渡りに船だ。万引きしよう。ちょうど刺激も欲しいし、ちょうどいいだろ。
俺は頭痛薬のところへ行き、左右をしっかり確認してから、一番小さい箱をバッグに入れた。
入れた瞬間は特に何も、って感じだが、そのままドラッグストアから出た時に、脳汁がブワァッと出たような気がした。
これは快感だ。背徳感が止まらない。犯罪って気持ち良い。セックスもほぼ犯罪だから気持ち良いんだよなぁ、と思った。
そこから俺は都市部のスーパーをはしごして、とにかく万引きしまくった。
もうバッグがパンパンになって、万引きに必要な素早さが出せない状況になっても万引きを繰り返した。さすがにパンパンになり過ぎた時は盗った商品を全部用水路に捨てていった。
それを繰り返して夕方になった。そろそろ最後の一発を当てたいと思い、大きめのスイカを万引きすることにした。
六月下旬のスイカはまだ高いので、それも何かカッコイイと思った。これ万引き出来たら俺は成長する。そんな感じがする。
スイカが売っている青果食品は出入り口の近くなので、人通りが激しい。これはかなり難易度が高い。俺はスイカを叩いて、どのスイカが一番万引きしやすいか考える。否、どれが万引きされたがっているスイカかと”対話”しているのだ。
俺は何だか神様になったような気持ちだ。いいやお客様は神様なんだから当然だ。俺はスイカを万引きするために生まれてきた。そう思いながら、この、バッグに入れたら、バッグのチャックが閉まらなくなるくらいのデカいスイカを万引きしよう。
このスイカを用水路に捨てることも気持ちが良さそうだ。そんなことを思いながら。持って、誰もこっちのことを気にしていなさそうなタイミングで、スイカをバッグに、入れる!
出来た! 出来た! 出来た! 脳内が密林かってくらいに脳汁樹(のうじる・じゅ)が生えてくる。熱気も脳汁でムンムンの亜熱帯。
でもこのまま店からすぐに出たら、ただのやり逃げでは? ちゃんと店の中を練り歩いてから出てこそ、本物の万引きマンでは?
だから俺はこのスーパーを一周することにした。それこそ一蹴って感じだ。俺結構面白いかも。駄洒落じゃなくて”韻”な。
その時、思った。
ふと、さらにここで万引きしたら、かなり気持ちが良いんじゃないか。スイカは球体なので、四隅に空間がある。その四隅に小さい食玩でも入れてやればいいんじゃないか。
俺は食玩売り場に行き、俺がいつも買っている漫画雑誌で連載されている、たいして面白くない漫画の食玩をターゲットにした。多分この食玩売れてないだろ。面白くない漫画だし。
軽く前屈みになり、バッグそのものを売っている棚に近付けたその時だった。なんとバッグからスイカがズルリと零れ落ちて、そのまま床に落ちて割れてしまったのだ!
遠くにいたおばさん店員が俺に近付いてきた。これはバックレるかと思って、逃げようと思ったんだけども、何か自分の中でショックだったみたいで、足がすくんで動けない。
おばさん店員に話し掛けられた。
「スイカ、何でここでスイカが」
おばさん店員もテンパっているみたいなので、ここはイケると思って、
「これは万引きじゃなくて買ったスイカがバッグから落ちたんです」
と俺は賢いので、思考を巡らせる人間なのでそう言うと、おばさん店員は急に目を鋭くさせて、
「万引きしたの? レシート見せなさい」
と意味分からないことを言い出した。これだから社会に馴染めていない女は文脈が分かんないな。
俺は声を荒らげた。
「じゃあもういいよ!」
「何がもういいよなのよ、レシート見せなさい、早く」
こういう自分の勘を正当な根拠として生きている獣みたいなヤツ、本当に嫌いだ。
今回はたまたま合っているから、アレだけども。そういう人生を歩んできたんだなって感じだ。
「万引きしたのね……こっちへ来なさい」
と、おばさん店員が言ったところで他の若い男の店員が寄って来て、
「どうしたんですか?」
「ちょっとこのスイカ、処理しといて」
「本当にどうしたんですか?」
「いいから!」
と、ちょっとヒステリックにそう言ったおばさん店員。こういうすぐにイライラし出すヤツって本当頭悪いよな。
若い男の店員は「分かりました」と言って、何かどっか走っていってテンパり過ぎで、ちょっと笑ってしまった。
俺はおばさん店員に腕を掴まれて、バックヤードに連れていかれているんだと思う。まあやろうと思えば振り切ることも出来るけども、俺はこういう時は自分の思考で、巧い喋りで回避してきたので、今回もそのパターンでいくことにした。
バックヤードというよりは、薄暗い、倉庫みたいなところに連れていかれて、キーで鍵を掛けられた。一体何なんだと思っていると、そのおばさん店員はこんなことを言い出した。
「万引きしたこと警察に黙っておいてあげる」
ほら来た。俺は思考を巡らせる賢さが滲み出ているので、こうやって俺の有利になることが人生で幾度と無くあるのだ。やっぱ思考のオーラが違うんだよな。
「だからわたしといいことしよっ」
そう言いながら俺の身体をいやらしく撫でてきたおばさん店員。
いや、いやいや、
「俺、別にイケメンとかじゃないんで」
「すごくイケメンよ、可愛いわ……」
そうおばさん店員が言った瞬間に爪先立ちをしてなんと、俺の唇をベロベロ舐め始めたのだ。呼吸は本当にクサくて、まるで掃除機の後ろから出ている熱風だった。
俺はもう人間が怖くて固まってしまい、そのまま棒立ちになってしまうと、おばさん店員は俺の首元を舐めながら、
「万引きチャラにしてあげるからぁ」
と、甘ったるいというか、サルミアッキみたいな匂いで言ってくる。本当に前々カノがデートに持ってきたサルミアッキみたいだ、と考えられたのはここまでで、正直思考停止してしまった。こんなに思考を巡らせる人間なのに。
そこからなされるがままで、俺は最終的に本物の賢者になり、おばさん店員にカタコトの日本語で「アリガトウゴザイマシタ」と言って帰路に着いた。
ここからどうやって家に戻って来たかはあまり覚えていないが、玄関から出迎えた母親が即座に、
「何そのおばさんみたいな口紅が顔中に! どうしたの!」
と言ってきたので、とりあえずもう面倒だったので「ジブン・デ・ヌッタ」と、ロマネコンティと同じイントネーションで言って自分の部屋に逃げ込んだ。



