人間には個体差があるという話


・【23 マッシュの男性】


 俺は雪道さんの隣にあぐらで座った。辻夫婦の元セックス部屋の時は布団が二枚だったが、今は畳の上に長方形の木の机が一つに、座布団が長辺に二つずつ、短辺に一つずつ置いてある。
 雪道さんの対面に座っているマッシュの男性は深呼吸してから、
「是非、子供食堂同士で連携しましょう」
 そう言いながらカバンから資料を取り出した。それにはやたら小さい文字で、図ナシの紙だった。
 その資料を読もうとする雪道さんに言葉の洪水を流し込むように、いかに連携したらいいかを説いていくマッシュの男性。
 何だか文章を読ませる気の無い声量だ。ちょっと甲高い声で正直耳障りだ。なんというかマルチ商法のやり口というか、いっぱい喋って思考時間を奪っているようだ。
 雪道さんは要所要所でしっかり相槌を打っているので、ちゃんと話を聞いているのだろう。ただ資料からはもう目を離している。雪道さんは少し不安げに、
「確かに子供食堂で管理者になるのは初めてで勝手が分からないんですよー」
 と人が良さそうに話している。でもどうも、なんというか、周りを掌握するために、すごい速度で悪口を言っていた自分と重なる。
 するとそのマッシュの男性は早口で、
「まずここの子供食堂の頻度を下げるべきですよ。このままだと赤字になって潰れてしまいます。そうなったら本末転倒でしょう。潰れたら負債がのしかかるということですよ? それよりも我々と連携して、ノウハウも教えますし、銀行からの借り入れかたも教えますし。助成金で上手くやりくりしましょう」
 お教えします、だろ。多分。偏見かもだけども、社会経験の無い若者がそれっぽい言葉だけ覚えて詐欺ろうとしているようにしか聞こえない。俺だって社会経験は少ないけども、人の社会経験の薄さは割と分かるほうなので。根が腐っている人間だから。
 俺はふと、
「じゃあそのノウハウを今ちょっとくらい御教授頂かないと、連携したいと思いませんよ」
「え、あ? 何ですか?」
「御教授」
「ご長寿……?」
 ちょっと難しい言葉を言ったらすぐこれだ。俺は最近ちゃんと尊敬語と謙譲語の勉強をしているのだ。俺は外堀から一郎になろうとしている。すると雪道さんが、
「あの、教えてもらえませんか、という意味です」
 マッシュの男性は俺に対して面倒クサそうな顔をしてから、
「やはり助成金を上手く使うことですね。助成金を得るには子供食堂の実施回数は問われませんから」
 俺は間髪入れずに、
「助成金目当てで、さ、仲間にしようとしているんですか?」 
 傘下と言おうとして、ここはしっかり伝えたいので簡単な言葉で言うことにした。
 それに対してマッシュの男性は”ぐっ”と首を引かせた。何か喰らっているみたいだ。やっぱそうだわ。俺は睨みつけながら、
「助成金目当てで連携しようとしてくるとか詐欺じゃん。そんなんするはずねぇよ」
 と言うと、マッシュの男性は急にこちらに興味を無くしたように立ち上がり、
「貴方は大人に対してとても失礼だ。そんなんで社会でやっていけないでしょう。さようなら」
 出た、詐欺特有の捨て台詞吐いていくヤツ。これが出たらこっちが勝ちという証拠なので、あえて言い返さなくてOK。下手に突いて(つついて)、恨みを買って反撃を喰らっても仕方ないので、ここは聞き流す。
 マッシュの男性はすごい速度で引き戸を開けて、大砲のような大音(おおおと)を立てていなくなった。
 雪道さんは困惑しているようで、また少し悲しそうだった。でも、
「捨て台詞を吐いていくことが詐欺だったという特徴です。何故なら、自社以外は全て顧客となる世界ですから、そこで捨て台詞を吐くということは自分たちは顧客にならない存在ということですから」
「そ、そっか……でもあんな人もいるんですね……わたし、ずっと家の中で小説を書いてきたから、ちょっと、ショックです……いや、ちょっとは子供食堂に関わっていたこともあるのですが、あんな人は初めてで……」
「大丈夫ですよ。会わないほうが幸せなので。でも何か変だなという人が来たら、俺を頼ってください」
「分かりました。ありがとうございます。佐野くん。一応ウラッコ……浦林くんにも報告しておくねっ」
 一回スルーしたけども、浦林さんって雪道さんからウラッコって呼ばれているんだ。幼馴染か、実は恋愛関係のどっちかだな。
 俺と雪道さんで子供食堂のメインの場所に戻ると、なんと辻夫婦がホールの真ん中でキスしていたのだ。小山は呆れて、一郎は恥ずかしそうに俯いている。
 子供も当然見ているので、おませな女子・淡島が「キスって気持ち良いんですか!」とかインタビューし始めた。俺はすぐさま、
「帰ってください。見苦しいです。オバサンとオジサンが」
 とハッキリ言ってやると、明らかにオバサンのほうがムッとして、
「まだキスの本当の良さを知らないのね?」
 と言ってきたので、俺は思い切り鼻で笑ってから、
「そっちのほうこそじゃないですか? キスって二人きりの世界でするから盛り上がるんじゃないんですか? オーディエンスの前でしか盛り上がれないなら、もう終わった関係だと思いますけども」
 と言っておくと、オジサンのほうが舌打ちしてから、オバサンのお尻を触りながらいなくなった。おませな女子・淡島は「もう! 邪魔しないで!」と言っていたんだけども、それは普通に無視しておいた。
 ヤンキー風の男子・ジュエルも「何だよー、もう終わりかよー」とか言っていて、ヤンキーもそういうの好きだからなぁ、と思った。
 小山が柏手一発叩いてから、
「まっ! 気を取り直して! 楽しくいきましょう!」
 と言って”気を取り直して”の部分が面白過ぎて爆笑してしまった。高校生も一部は笑っていた。そんな時に一郎が、
「あれ、ここのカウンターに置いていた回鍋肉の素、どこにいったんだろう……あれ……」
 と言い始めたので、おませな女子・淡島が、
「アンタが飲んだんじゃないのー!」
 とか言って、あんまそれは面白くないな、と思った。まあ小学生低学年だから仕方無いか。
 小山もハッとしながら、
「確かに無いかもっ。どこいったんだろう?」
 一郎が少し残念そうに、
「せっかく今日は回鍋肉の素で焼きそばを作ろうと思っていたのに」
 と言っていて、それは本当に旨そうだな、と思った。
 そうこうしていると、浦林さんがやって来て、
「何か雪道さんから連絡来ていたけども、もうすぐ到着だったし、見なかったけども何? あ、花田さん、また使ってほしい材料を持ってきたので、是非見てください」
 そう言いながら、両手で持っていた段ボールを近くのテーブルに置いた。一郎はすぐに、
「ありがとうございます。拝見します」
 と応えて、浦林さんは笑顔で頷いてから、
「で、雪道さんは何?」
 そこから雪道さんと俺で今来ていたマッシュの男性の説明をすると、浦林さんは不快そうな顔で、
「あー、エリティーって言ってなかった? 助成金目当てでいろいろやってんだよね、あそこ」
 雪道さんはすぐさま、
「まだ佐野くんが来る前の冒頭に言っていたかも」
 浦林さんは「あー」と言ってから、
「あそこは無視してOK。というか佐野さんがやってくれたみたいですね。有難うございます。雪道さんは昔から人間性善説過ぎるから」
 雪道さんはプリプリ怒りながら、
「ウラッコ! 何その言い方!」
 と声を荒らげると、浦林さんは焦りながら、
「ウラッコって言うな! もう中学生じゃないんだぞ!」
 と言って、中学生の頃からの知り合いなんだということが分かった。
 そんな最中も一郎が段ボールの中身を吟味している。浦林さんは雪道さんのほうからそそくさといなくなり、一郎の前に立ち、
「ん? それ今日使うんですか? 何か減りが早くないですか?」
 と言うと、一郎は何だかハッとした顔をした。
 でもそう言えば、と、やり取りしている段ボールの中身は見ずに俺が思ったことをそのまま口から出した。
「俺結構、ご褒美にお菓子とかすぐ配っちゃうほうだから俺のせいかも。ゴメン、一郎、浦林さん」
 浦林さんは首を横に振って、
「確かにそれは褒められたことじゃないですけども、こういう、中華の素とかの減りが早いのはさすがに佐野さんのせいじゃないでしょう。花田さん、在庫とかどうなっていますか?」
「今、見てきます」
 と言って、倉庫にしている裏のほうへ走り出そうとしたので、
「いや俺が見に行くよ。一郎は他の料理やってて」
 と制して俺が行くことにした。
 この子供食堂には木々が生い茂っている裏手に大きめの倉庫と、元辻夫婦のセックス部屋のほうにも倉庫がある。裏手の倉庫は鍵がかかっているので、小山から鍵を受け取り、まずは裏手のほうへ行った。裏手のほうを先に回って、そのまま正面玄関じゃなくて、さらに真裏に走れば、セックス部屋のほうの軒先から古民家に入れる。靴は後で手持ちで運んで、元に戻せばいい。そうすれば移動効率が良いから。
 すると、なんとまたその木々が生い茂っている裏手であの辻夫婦がいたのだ。今回はキスしていなくて、ギリ気持ち悪くは無かったけども。まあパブロフの犬で、この二人を見るだけで若干吐き気はする。
 俺はこの二人を無視して、倉庫に駆け寄ると、何か急に辻夫婦が足早にいなくなろうとしたので、何か違和感を抱いた。