人間には個体差があるという話


・【22 浦林さん】


 浦林さんもあくまで組織の人間ということなのだろうか。浦林さんは呆れるように、
「でもさすがに辻夫妻がいないと話にならないですよね。まあ辻夫妻自体が話にならないですけども」
 と言ったところで俺はさすがに吹き出して笑ってしまった。浦林さんは語気を強めて、
「いやでもホントに。笑い事じゃないほどに、ですよ。辻夫妻、全く何もしていないですよね。花田さんの目線から見てどうですか?」
 一郎は少し言いづらそうに唸ってから、
「まあ何も、していない、と言っても、過言じゃないです」
 すると矢継ぎ早に小山が、
「全っ然! 何もしてないです! もう一郎が経営者と一緒です! それなのに助成金の管理は辻さんたちで!」
 浦林さんは「そうですね」と言ってから、
「でも未成年に助成金の管理はさせられませんからねぇ。こういうのは能力じゃなくて年齢で区切りますから。他人の能力って近い存在じゃないと測れないですから。花田さんは能力的に可能ですが、あくまで年齢で区別しますからね」
 でも一郎のことを能力という言葉を使って高く評価していることは分かった。一郎の良さが分かるということは、やっぱまともな大人かもしれない。
 浦林さんはスクッと立ち上がり、
「よし! わたくしが行ってきます! 皆様はそろそろお帰りの準備をしていてください!」
 そう言って、資料をカバンの中に戻し入れて、辻夫婦のいる部屋へ歩いて行った。
 俺はでもな、と思いつつ、
「まだ挿入はしていなかったから、長いような気がします。だいぶ待つかもです」
 小山はギョッとした顔をしてから、
「あんま挿入とか言わないのっ、一郎もいるんだからっ」
「普通子供もいるんだから、だろ。一郎は別にいいだろ。知ってるだろ」
 一郎は恥ずかしそうに、
「そういうことはちょっと……すみません……」
 と言って、どうやら小山と一郎はそういうことをしているわけではないみたいだ。まあ一郎は真面目だからな。俺は告白成功からすぐセックスに持ち込むけどな。でもそれも良くないんだろうな。人には個体差があって、その人のペースというものがあって。なし崩し的にヤろうとしていた俺はダメだったのだろう。
 その時だった。
「ちょ! 浦林さぁん! 大人なら分かるでしょー!」
 という辻夫婦のオバサンのほうの大声が聞こえてきた。そう言えば浦林さんはもうこの場にいない。というと、もしかすると浦林さん、突入した……? あの人、まともそうに見えて、かなり面白い人かもしれない。でも心強い。小山は吹き出して笑って、一郎は気まずそうに俯いた。
 さっきほどの大声じゃないけども、何だか揉めているようなキャンキャンとした甲高い声が聞こえてくる。
「ダメだぁ! それはぁ!」
 という、熊タイプのオジサンのデカくて低い声も聞こえてきた。さすがにセックスを止められたことへの怒り、長くないか? もっと別のことで喧々諤々になっているのかな。
 子供も帰る時間となり、近くに住む中学生はいつも小学生を送ってくれている。ちなみにその中学生は大丈夫な子らしい。筋肉質の男性とは違うって、小山が言っていた。
 まあ小学生のほうも四年生の男子だし、中学生のほうは中二の女子だし、大丈夫そうな組み合わせか。
 俺たちもそろそろ帰るかという感じになったら、
「話にならない! もう決定稿です!」
 という浦林さんの怒号が響いた。一体何を話しているのだろうか。小山が俺に、
「じゃあ私と一郎で最後の確認をして帰るから。あと私は浦林さんに声を掛けてから帰るし。佐野は先に帰っていいよ」
 正直浦林さんのほうが長引きそうだったので、
「俺いなくていいか? 浦林さんのほう大変そうだけども」
 小山はフフッと笑ってから、
「大丈夫。浦林さんってすごくちゃんとしているから。佐野の真逆」
「ならいいか」
 と俺は答えて、帰路に着いた。でも相当の言い合いな感じがした。というか性犯罪者を出禁にする話であんなこじれるか? どんだけあの辻夫婦は性犯罪者を擁護しているんだ? 意味が分からない。
 夜にLIMEの通知音が鳴った。俺は一回高校を謹慎してから、俺にLIMEを送るのは一郎と小山しかいなくなってしまった。まあそれで全然構わないわけだが、だからこそ夜のLIMEはちょっと怖くもあった。あの二人からは基本的に昼間に業務連絡しか来ない。しかしながら今回のソレは夜のうちにどうしても送りたいメッセージってことだろ? 俺が性犯罪者を逃がしたから、俺も出禁になるのかな?
 と思っていると、なんと浦林さんからで、
『辻夫妻はもう管理者からおりてもらうことになりました。繋ぎとして、わたくしの知り合いの女性である、雪道麻衣子(ゆきみち・まいこ)さんを管理者に据えることにします。彼女は子供食堂について詳しく、きっと辻夫妻よりはチカラになれると思います。』
 まさかの管理者変更! そりゃ揉めているわけだ!
 それにしても浦林さんの知り合いに変わるのか。まともな人だといいけども。いや浦林さんがまともそうだから、まともだとは思うんだけども。
 次の日の子供食堂へ行ったら、もうその雪道さんと思われる女性がいた。活発そうなショートカットで、身長は高めでバレーボール選手みたいな風貌をしていた。
 俺を目が合うなり、多分雪道さんと思われる女性が頭を下げてから、
「こんにちは! わたしが雪道麻衣子です! 普段はフリーランスをしています! よろしくお願いします! 君が佐野秀哉くんかなっ?」
「はい、俺が佐野秀哉です。よろしくお願いします」
「うん! 覇気があっていいね!」
 とサムアップした雪道さん。いやアンタのほうが覇気がすごいだろ。
 もう一郎と小山は挨拶しているようで、普通に会話もしている。俺はなんとなく気になったことを聞くことにした。
「すみません、雪道さん。前の辻夫婦と何か揉めてないですか?」
「まーね! その辺はウラッコ……じゃなくて、浦林くんがやってくれたし、まあたまに辻夫婦も見に来るとか行っていたけども大丈夫じゃないかなっ? セックス部屋は今度わたしが片付けておくよ!」
 こんな快活に”セックス”と言い放つ人、初めてだ。小山は大笑いして、一郎はまたしても気まずそうに俯いた。
 その一郎の反応に気付いた雪道さんはすごく反省した顔をすると、
「ゴメンなさい……配慮が足りなかったです……これ普通にセクハラですよね……高校生相手に二十五歳が……」
 何なら大学一年生くらいに見えたけども、それなりの年齢らしい。そういう、経験の無さからくる若見えというよりは明るさからくる若見えだ。いやいや、この経験の無さからくる若見えというのも偏見だ。そういうのだって全部個体差だ。若く見える個体なだけだから、そういう経験とか関係無い。俺は本当に偏見に溢れている。こういう思考をやめなければ。
 そこから三日くらいは何事もなく、かなり上手く回っている感じがしていた。雪道さんは料理を作れるし、勉強も教えられる。さらにはどうやら小説家らしく、小説の書き方を女子に教えたりしている。
 不穏なことは辻夫婦が未だに毎日やって来て、子供食堂をうろついて帰っていくことだ。特に子供の世話をするわけでもなく、うろうろうろうろ。
 ふと、俺は辻夫婦についていくと、子供食堂の裏手の木々が生い茂っているところでキスしていた。コイツら、この古民家という場所が好きなのかもしれない。
 でもそれ以外は良い意味で特筆することが無く、そんなある日、スーツを着ているという子供食堂からしたら場違いな客がやって来た。
「経営者のかたはいますか?」
 正直ちょっと胡散臭い、眉毛まで髪の毛がかかっているマッシュの若めの男性だ。決して浦林さんではない。
 雪道さんは挙手しながら、そのスーツの男性に近付き、
「わたしですが、何でしょうか」
「同じ子供食堂の経営者としてお話したいことがあります」
「でもアポないですよ」
「あの、すみませんっ。どうしても、思い立ったが大吉ということで」
「なるほど! じゃあこっちの部屋で!」
 と言って、雪道さんは元辻夫婦のセックス部屋にスーツの男性を招き入れた。
 というか”思い立ったが吉日”だろ。ちょっとバカなのかもしれない。大丈夫か、ちょっとバカなスーツの男性。
 すると小山が俺に、
「子供たちの世話は私がしておくから、佐野は雪道さんのほうについていって」
「どうしてだ?」
「知らない男性と二人きりというのはシンプルに何か怖いし、佐野は威圧感あるから変なこと言われても反撃出来るでしょ? ちょっと雪道さんって優しそう過ぎるから佐野はいたほうがいいかも」
「確かにな。俺、内面はほぼ反社だもんな」
 そうちょっとデカめの声で言うと、この場の中学生や高校生に若干ウケた。みんなもその節、感じているんかい。いやウケると思って言ったからウケていいんだけども。
 元辻夫婦のセックス部屋をノックし、雪道さんから「はーい」の声を聞いたので、
「失礼します。俺も一緒に話を聞いていいですか?」
 と言うと、あからさまにマッシュの男性が嫌な顔をした。そんなあからさま、怪し過ぎるだろ。