人間には個体差があるという話


・【21 危ない】


 俺は即座に声を出して飛び出した。
「何してんだよ! ダメだよ! ダメ!」
 すると筋肉質で灰色のTシャツを着た男性は矢継ぎ早に、
「違う! 勝手にコイツが見せたんだ!」
 と言うと、淡島は何故か得意げに、
「そうだよ! こうしたら大人になれるって!」
 俺はデカい声で、男性を威圧するように、
「こうしたら大人になれるってオマエが言ったんだな! じゃあ命令したってことだろうが!」
 男性は「違う違う違う!」と言って腕を振り始めた。何だ殴る気か? でも喧嘩はしたことなさそうだ。
 淡島はツーンとした顔をして、俺から顔を背いている。
 とにかくこういう時は男性のほうだと思い、
「オマエこれ性犯罪だからな! 通報っすからな!」
 と睨むと、その男性は「違うんだよ!」と言って走ってその場を去ろうとした。追いかけようと思ったけども、淡島を一人にしておくことも出来ないので、俺は追いかけることをやめた。
 淡島へ俺は、
「こういう服で隠れている場所はデリケートゾーンと言って、簡単に人に見せちゃダメなんだよ」
「何それ、じゃあ肩もそうなの?」
 と言いながら、レッスン着みたいな服をめくって肩を見せた。
 俺はすぐさま、
「だから見せるな! 肩もダメ! 長袖なら腕もダメ! 基本的に身体って見せるものじゃない! 自分を守るために存在しているものだからな!」
 淡島は少し不満そうながらも、俺のうるささに負けたのだろう、
「じゃあ分かったよ。そういうことにしてあげるよ」
「納得いっていなかったら小山にも聞け。むしろ小山のほうが詳しいから」
「分かった。莉愛ちゃんに聞く!」
 そう言って走り出したので、危なっかしいなと思いつつ追いかけたら、ちゃんとそのまま子供食堂の中に入っていった。
 俺はすぐに小山へ、
「淡島がちょっと!」
 と声を上げると、小山が普通の感じで「何?」と来たので、俺は即座に説明した。
 すると小山は青ざめて、
「アイツどこ?」
「いや逃げた。俺淡島を一人に出来ないから」
「それは正解。ありがとね、佐野」
 と俺に言うと、小山は淡島を連れて、どこか二人っきりになれる場所へ行ったんだと思う。
 すると坊主の男子・三助が、
「ぼく邪魔だろうから、また見てるだけにするー」
 と無邪気そうに言ったわけだが、小山がいなくなった状態で、自分がいると一郎の邪魔になると思ったんだろう。ちゃんと賢い。こういう子ばかりならいいのに。こういうの本当に個体差で、大人とか子供とか関係無いんだろうな。
 それはそうと、俺は自分の偏見に、また申し訳無く思っていた。端的に言えば反省した。
 俺はあの筋肉質の男性が小児愛者とは思わなかった。しかも”オタク系ならまだしも”と自然にオタク系のことをバカにしていた。本当に俺はダメだ。情けない。本物のカス野郎だ。あういうことが起きる前に行動に移さないといけないのに。
 もっと日頃からあの筋肉質の男性を威圧していれば良かった。そういうことを俺は普通に出来る人間なのに。筋肉質の男性に小児愛者はいないという良い偏見と、オタク系は小児愛者の可能性があるという悪い偏見。どっちにしろ偏見は良くないものだと、今回のことでハッキリ分かった。
 結局、全ては個体差なんだ。小児愛者に属性なんて関係無い。逆にどんな属性でも、そうなりがちということは無い。
 とにかくこのことはさすがにあの夫婦にも報告しないといけないと思い、例えセックス中でも言うつもりで、夫婦の部屋へ行った。
 すると、ちょうど事後のようで、二人で布団の中に入って横になっていた。夫の熊タイプのヤツはタバコを吸っていた。
「すみません」
 と言いながら、ズカズカ入っていくと、オバサンのほうが肩まで布団の中に入った。誰も見ねぇよ。本当に。
 そこから俺はあの筋肉質の男性の話をしたんだけども、オバサンのほうが、
「愛の形はいろいろかもね」
 と言って、オジサンのほうを見ると、オジサンはオジサンで「あぁ」しか言わず、横になっている状態のオバサンを覆いかぶさるように抱いて話にならない。
 俺はクセェ部屋だなと思いながら、メインのスペースに行ったんだが、まだ小山もいなくて、一郎は忙しそうにしている。
「俺も手伝っていいか?」
「ありがとうございます。でも周りのことも注意してもらっていいですか」
「任せろ。俺は要領良いからな」
 フフッと笑った一郎。何かこうやって二人で作業することって何気にあんま無かったんじゃないか。
 一郎の背中が大きく見える。俺のほうが身長が高いのに。一郎の汗を拭きつつ、指定された皿を出していく。皿を運ぶのは俺がする。そのついでに周りの様子を確認する。
 ほとんどの子らが勉強をしている。高校生の客が中学生の子を見てくれているパターンもある。まあ大丈夫だろう。そろそろ大詰めというタイミングでいつもヤンキー風の男子・ジュエルの両親がタバコの匂いをさせながらやって来る。
「おいーっす。やってるかぁ」
 と一郎になれなれしく話し掛けて横柄だ。不思議と俺にはあんま言ってこない。ヤンキーって本当人を見てるよな。一郎のように誰にでも優しいとかは無い、仲間内にだけ優しいんだよな。
 みんなに皿が渡ったところで、食事となり、そのくらいのタイミングで小山と淡島が戻って来た。俺が小山に近付いたら、すぐに小山が、
「浦林さんに連絡しよう」
 と言い、俺が浦林さんに通話で連絡をし、小山は今あったことを一郎に説明していた。一郎は驚愕の表情をしていた。
 浦林さんは仕事の関係上、すぐには行けないけども、今日の夕方には来てくれるという話になった。
 客の食事が終わるタイミングはほとんど一緒なので、そこから食器の片付け。小学生は走り回る子がいて、食器を運んでいる時に中学生とぶつかって食器が割れた、みたいな事案があったらしく、食器の片付けは全部こちら側がする。これはさすがに俺でも出来るので、運びは俺が主にする。
 肉体的な大変さは一切無いけども、やっぱ頭というか気を遣う。俺ぐらいの身長があると、チョロチョロ走っている子供は視界から消えるからだ。
 ジュエルの両親は一切お金を払わず、ジュエルと共にいなくなる。ジュエルの父親は、
「もっと旨い日もあったけどなぁ」
 とか言わなくてもいい、余計なことをいつも言って帰っていくところが腹立つ。お金を払わないなら文句言うなよ。一応裕福ではない、子供のいる家族は確かにタダでもいいということにはなっている。でもジュエルの両親は毎回別の高級バッグを夫婦で持っていて、絶対お金が無いわけじゃないよな、とは思っている。ちなみにジュエルはまだ遊んでいたいみたいな顔をしながら帰っていく。
 夕方の食事が終わったところで四分の三くらいは全員家に戻る。夕方を越えてもいる子は本当に家に戻りたくない子供ということになる。俺は家が怖いと思うことは無かった。
子供と仲良くなれば多少なりに身の上話も聞けるようになる。
『親の機嫌が悪いと暴力を振るわれる』『両親はどうせ夜になっても帰って来ないので、どこにいても一緒』『自分が掃除してもすぐに家が汚くなる』等々。本当に家庭というのは個体差というか、差があって。何も苦労無く生きてきた自分が恥ずかしくなってしまうほどだ。いや感謝はあれど、恥じる必要は無いんだけども。
 それでも早く帰ったほうが帰り道が安心だ、という気持ちもこちらにはあるが、それは恵まれた人間の発想なんだろうな……だけどもまあこの辺は街灯のある住宅街だし、ある程度みんなの家の場所は把握しているからまだ大丈夫だけども。日が落ちるのが早い冬とかはさすがにどうしようかな。今は八月下旬の、夏休みの最中だからいいけどもさ。
 そんなことを考えつつも、俺は小学生にまったり勉強を教えているところで、浦林さんがやって来て、
「すみません。遅くなりました。辻夫妻はいらっしゃいますか」
 小山から首で使われて、俺はあの夫婦がいる奥の部屋へ行くと、またしても普通にセックスしていた。
 俺はドア越しでも聞こえるくらいの溜息を出してから、戻って来て、浦林さんに小声で、
「セックスしていました。話し掛けられませんでした」
 と言うと、浦林さんは苦笑しながら「またですかっ」と言って、浦林さんも勿論知っているんだと思った。
 浦林さんは俺たち三人を呼んで近くの机に座り、俺は浦林さんの対面、一郎は浦林さんの隣、斜めに小山が座った。浦林さんは俺たちに聞こえても聞こえなくてもどうでもいいくらいの声量で、
「はー、ホント、夕方には行きますって辻夫妻にも連絡したんですけどねー」
 と言って、俺は吹き出して笑いそうになった。
 浦林さんは資料をカバンから出しながら、
「まあ出禁ですね。その性犯罪をした男性は。立証は難しいので、罪に問うことは出来ませんが、ここの出禁は絶対にしましょう」
 まともなことを言ってくれて俺はホッとした。ちょっと変な大人ばっかだったけども、浦林さんは普通の大人っぽい。
「我々イオッコ・スーパーとしても、関係している子供食堂で悪名が立つと良くないので、厳正に対処しましょう」
 ん? でも自己保身というか、スーパー保身のため……? ちょっと気になる言い方だな。