人間には個体差があるという話


・【18 子供食堂】


 そんなことを思っていると、小山莉愛が、
「一郎のこと一郎呼びしてる!」
 俺は即座に、
「いや店主のオッサンに送ってもらう時に、一郎呼びしていただろ」
 小山莉愛は少し不満げに、
「でもそれは花田って呼ぶと、お父さんと一緒になっちゃうからでしょ!」
「そりゃまあそうだけども。えっと、俺、一郎のこと一郎って呼んじゃダメか?」
 と顔を一郎に向けると、一郎は、
「いや全然一郎で問題無いですよ。むしろ嬉しいかもです」
 と少し恥ずかしそうに言った。
 じゃあ、
「いいじゃん」
 と俺が小山莉愛のほうを向くと、小山莉愛がスネるような顔で、
「私だけの一郎だったのに……」
 俺はすぐに「束縛気質だな」と笑うと、小山莉愛は頬を膨らませつつも、
「でも分かった。一郎がそれでいいならそれでいい! でも佐野! 私のこと、もうフルネームで呼ばないで! 何か変! 小山でいいよ!」
「ちょっと遠くなっているんだが」
「それぐらいがいい! 佐野に近付かれたら気持ち悪いよ!」
「しっかり嫌われてはいるんだ」
「好きなわけないじゃん! 同盟国くらいのニュアンスで仲良しではないからね!」
 俺は爆笑してしまった。それにつられて一郎も笑い、小山も笑った。それでいい。多分それこそ健全だと思う。別に仲良しじゃなくたって一緒にいていいし。
 で、
「管理者の話だよ。俺の呼び方はどうでもいいとして」
 すると一郎が少し神妙そうに、
「う~ん、なんというか、おおらかな人たち、で、ね?」
 と小山のほうを見ると、小山が「あー」と言ってから、
「おおらかというか適当というか、雑というかぁ……大丈夫? って感じな人たち。なんというか会ったら分かるから」
 俺は少し焦りながら、
「ちょっと待てよ。俺は失言体質なんだから、最初からがっつり説明しといてくれよ」
 小山は吹き出してから、
「失言体質であることには気が付いているんだ」
 俺はあえて堂々と、
「当然だろ。俺のようなカスはあんまいないぞ」
 一郎は優しく笑いながらも、
「でもきっと佐野くんの竹を割った性格が生きると思います。あの夫婦にはちょっとくらいキツくいったほうがいいかもですから」
 なるほど、
「管理者は夫婦なんだ。夫婦なのに両方ダメってこと?」
 小山は少し言いづらそうに、
「なんというか……ところ構わずキスしてるみたいな?」
 一郎も言葉が詰まりながら、
「ま、まあ、暇さえあれば見つめ合って、あんまり子供のことを見ていない、と、というか、ね……自分たち以外は眼中に無いというか、ずっと狭い穴の中に、二人で入っているって、感じ、かなぁ」
 すると小山莉愛が付け足すように、
「狭い穴の中は言い得て妙だね。本当にそう」
 と言い、狭い穴の中が言い得て妙のはずがないだろ、いつもの一郎のお笑いセンスであれよ。というか、と俺は思ったことがそのまま口から出た。
「最悪じゃん」
 小山も一郎も声に出して笑い、俺も笑ってしまった。いやいや本当に最悪過ぎだろ。子供に注意を払えよ。いや子供食堂って実際問題どういうところかよくは分からないから、子供のことを見なくていいかもだけども。いや見なくていいということは無いよな。きっと寺子屋というか、寺みたいに子供たちが溜まっていて、そこで悪いことしないか監視はしないとダメなんだろう。勉強していたらいいし、鬼ごっこしていたらいい。でも悪いことはダメだって言わないと。というか、
「俺、悪いことしている子供を叱る要員?」
 小山が当然って感じで、
「それ以外無いでしょ。私は一郎の料理作りをサポートするから」
 俺はハンと鼻で笑ってから、
「オマエがサポート出来ることねぇだろ。小山も性格悪い側だろ」
 相変わらずベッドに座っている小山は軽く俺を蹴ってから、
「男性のほうが上手く叱れるってこと!」
「いやそれはそうかもだけど、オマエが料理サポート出来る話になってねぇだろ」
「出来る! ね! 一郎は私のこと必要だよね!」
 一郎はうんと頷いて、
「勿論。サポートしてくれることは本当に有難いです」
 と言ったわけだけども、
「いや、一郎の善性に寄りかかり過ぎだろ。一緒にカスのガキ、叱ろうぜ。ストレス発散にもなるだろうしさ」
 小山は呆れるように笑いながら、
「さすがに子供嫌い過ぎでしょ。どうする? 一郎」
 一郎は間髪入れず、
「だからこそ適性があると思います。恨まれ役になりますが、これが出来るのは佐野くんしかいないと思います」
 俺は「おっ」と言ってから、
「半ディスりサンキュー」
 一郎は慌てて、
「そういうわけでは!」
 と言ったんだけども、俺は笑ってから、
「いや良い意味でよ? というかこのくらいの冗談は俺言うんで。よろしくな」
 小山が矢継ぎ早に、
「まあ全ディスりだったけどね」
 一郎と俺は「ちょ!」という声がユニゾンして笑ってしまった。
 でもまあとにかく、一郎が人を叱ることなんて出来ないだろうし、小山はカマトトぶるし。俺がやるしかないな。というかちゃんと役割を与えられて嬉しいのほうが強い。
「じゃあ俺も改めて子供食堂のボランティアやるから。全員で評定平均上がるくらいにやってやろうぜ」
 小山はフンと鼻息を鳴らしてから、
「勿論ボランティアってそれだけのためじゃないけどねっ。子供のためだからねっ」
 俺はすぐさま、
「それはそうだけどさ、意気込みとしてはさ」
 一郎は頭を下げてから、
「お二人様、よろしくお願いします」
 と言ったので、俺は即座に、
「あんま硬く言わんでもいいよ。俺はずっとこんなヤツだから」
 というわけで、三人での話し合いも終わり、一階におりて、改めて店主のオッサンに一郎と小山が説明した。とりあえず残りの夏休みは子供食堂に付きっきりでいいという話になり、まず俺を子供食堂に連れて行ったほうがいいとなった。
 話によれば、子供食堂という名前だが、別にお金の無い人は誰でも活用が出来るらしい。まあ大人は多少お金を払うことになるが。
 子供食堂に着くと、綺麗な古民家カフェといった感じで、普通の食事処とあんま変わんない雰囲気だった。
 座敷というか、広い畳の小上がりもあり、そこで数人の子供が本を読んでいた。走り回る子供とかはいなくて、俺の役目あるかなと正直思った。
「ヤだ! イケメン!」
 と奥から声がして、誰だろうと思っていると、三十代くらいのオバサンなんだけども、やたら化粧の濃い人。間もなく今度は男性の声で、
「浮気したらダメだろぉ?」
 と言う声と共に出てきたのは、五十代くらいのオジサンで、身体が大きくて髭が多い、いわゆる熊タイプの人だった。
 一郎が、
「こちらが昨日話していた佐野くんです。今日からこちらでボランティアをしてもらおうと思っているんです」
 俺は最初が肝心だと思って、
「俺が佐野秀哉です。手先は不器用ですが、悪いことしている子供がいれば叱ることが出来ます。よろしくお願いします」
 と頭を下げた。一瞬”人のことを叱れるようなまともな人間じゃないですか”とか言いかけたけども、それを言ったら向こうが不安になるだろうから、言わなかった。
 頭を上げて、果たして受け入れられているかどうか表情を確認しようとしたその時だった。
「キスしてるー!」
 つい、めっちゃデカい声でそう言ってしまった。だって、初対面の人間が自己紹介して、頭を下げたタイミングでキスするとは思わないから。
 俺はすぐに一郎と小山のほうを見ると、二人とも苦笑いをしていた。俺はさすがにたまらず、
「人が自己紹介している時にキスするの! 多分失礼です!」
 と荒らげると、オバサンのほうが、
「ごめぇん、彼ったら嫉妬したらすぐキスしないとダメなのぉ」
 オジサンは何故か勝ち誇った顔で、
「誘惑がすごいだろぉ? 仕方ないのさっ」
 まともな大人ってこの世にいないのか? いや俺の両親がまともだった。危ねぇ。恵まれてるー。
 オバサンのほうが、
「じゃあ適当に頑張ってねぇー」
 と手を振りながら踵を返し、また奥のほうへ行った。オジサンは、せめて手は腰に添えるものだろと思うのだが、オバサンのお尻を触りながら、一緒に奥へ戻った。
 小山が唸り声のような、
「っねぇっ!」
 と言ったところで、一郎が畳のほうにいる子供のほうに行き、
「もう帰ったから安心していいですよ」
 と言った時に腹が壊れるほどに笑いそうになったが、俺はまともな大人になりたいので我慢した。
 子供の一人である女子が、
「新しいお兄さんはお姉さんの彼氏? キスするの?」
 と言うと、小山が少し大きな声で、
「この佐野は一郎の友達! で! 何度も言っている通り、私はこっちの一郎と付き合っているの!」
 その女の子は少し不満そうに、
「でも釣り合ってなぁーい」
 と言ったので、俺はすぐさま、
「あぁ、まだ見た目でしか判断出来ない人間ね。大切なのは中身だから。まあ一郎の良さが分かるにはまだまだ年齢が足りないかぁ。だってガキだもんなぁ」
 と言ってやると、その女子はムッとしながら、
「わたしはこのなかではお姉さんなんだから!」
 でも、どう見ても、他の男子三人から見ても、その女子は一番幼い感じで。このくらいの年齢だと、女子のほうが身長の発育がいいんじゃなかったっけ?
 そう言われた他の男子三人は何だか無視って感じで。それはそれで雰囲気が悪そうだな。