人間には個体差があるという話


・【16 バイト先】


 小山莉愛とLIMEした。
『もうスーパーでバイトする意味無いかも』
 という小山莉愛からのメッセージ。その通りだと思った。
 というわけで次の日に、その旨をバックヤードにいた店長に伝えると、大学生がすぐにこう口をついた。
「え? バックレ? バイトの数、ギリギリでやってんのに、急に二人抜けるのキツくない? これだから遊び感覚の高校生ってダメだよな」
 俺はもう辞める気だから、波を立てないようにする必要も無いので、返す刀で、
「じゃあもっとちゃんと仕事したらいいじゃないですか。アンタいつも倉庫でサボっているけど、あれって遊び感覚の象徴じゃないっすか?」
 近くにいたパートのオバサン店員は喧嘩が巻き起こって嬉しいのか、ずっとニヤニヤしている。店長は困惑顔だ。
 大学生が怯んだので、俺はもう一言、
「つか大学生が高校生に同じバイトのくせにそんなこと言うんっすね。大学生のほうが時給高いんですよね、むしろもっと働けるとか嬉しくなんないんですか?」
 パートのオバサン店員は大爆笑した。小山莉愛はどうすればいいかちょっとあわあわしている感じ。
 俺は深い溜息をわざとついてから、
「分っかりましたぁ。じゃあ俺は残ります。俺は品出しもレジもどっちもするんで、こちらの小山だけ辞めさせてくださーい」
 パートのオバサン店員は予想外って感じの顔をした。小山莉愛が小声で、
「それでいいの?」
 俺はあえてデカい声で、
「別に? だってもう負けてる情けない大学生だけじゃ不安っしょ。俺いてやるよー」
 大学生は苦虫を噛み潰したような顔で、
「こんなにおれに対して言ったのに、オマエは残るのかよ」
 と言ってきたので、俺は鼻で笑ってから、
「はい、俺は強いんで。文句あったらいくらでも言ってきな」
 大学生はバックヤードから去ろうとしたので、俺は声を飛ばすように、
「また倉庫で腐っていてくださーい! 俺が品出ししとくんで!」
 と言うと、大学生が「クソぉ!」とこっちを見ずに叫んだ。
 気の弱そうな店長はおろおろしつつも、
「じゃじゃあ、佐野さんは残ってくれるというわけで、そ、それなら最小限かなって、感じですね、ではあの、小山さん、は、その振り込みで対応しますんで」
 と言ってくれて、小山莉愛はそのまま辞めることが出来た。それは良かった。小山莉愛から「あんま喧嘩とか起こさないでね」と釘を差されたけども。
 そんなバ先に、なんとサッカー部の後輩だった・水沢が入ってきたのだ。どうやらサッカー部を辞めたらしい。
「やっぱり佐野先輩がいないと、どうにもなんないですよ」
 と言ってくるわけだが、正直この展開は不本意だ。俺が辞めさせたみたいになってしまうのでは? どうにかして水沢は部活に戻したい。
 面倒なことに水沢はずっと俺のことを尊敬、なんて甘ったるいものじゃなくて、崇拝してくる。俺はそんな聖人君主じゃないのに。一郎をイジメていた話をするか。それはアウティングだから絶対ダメだ。じゃあ万引きしていた話をするか。でも何でそこまでしないといけないのかという気持ちもある。やっぱ万引きしていたのは本物の黒歴史なので、というか普通に犯罪歴なので、出来るだけ言いたくない。ヤンキーの病院送りは向こうも悪いと思っているが、万引きは完全に俺に非しかないから。しかも万引きの話はあの、ドラッグストアの女性店長から性的なことをされてチャラにされた思い出も紐付いているので、出来るだけ思い出すことすらしたくない。
 また、水沢は仕事覚えが本当に悪い。水沢の希望もあり、俺が指導係になったんだが、とにかく品出し一つで同じことを何度も言わないといけない。
 サッカーIQは高かった水沢だが、バイトに関して言えば全く出来ない。菓子パンは奥に人気の無い商品だってば! シベリアをそんな手前に一列に並べるな! せめて奥行き方向に置いていけ!
 でもその物覚えの悪さも個体差というヤツなんだろうなと思った。俺はもしかしたら多少なりに頭が良いほうだったんだなと思った。言われたこと、すぐに意味を理解出来たし。
 じゃあもっと俺は努力出来ていたら、これが努力なんだろうという空想じゃなくて、本当に正しい努力が出来ていれば、どうなっていたのだろうか。
 帰り道、水沢と一緒に帰ることになった。まあ家の方向が一緒なのでいいだろう。
 すると知らないオバサンが俺たちの前に立ち塞がり、
「佐野くん? と、新しいバイトの子ねっ」
 そう言えば、このオバサン、俺がレジ打ちのほうを担当している時に、俺のレジに並んできたような。何か品定めするような目で、嫌だった記憶がある。
 俺は何か粗相をしてしまったか、無意識に舌打ちとかしていたかもと思って、
「今日のレジ打ちで何かおかしなところがありましたか?」
 と仕事モードで喋ると、そのオバサンはフフッと笑ってから、
「わたしのこと覚えていない?」
「あの、ですから、今日貴方のレジ打ちを担当しました。何か良くないところがありましたでしょうか」
 水沢は水沢で知らないみたいな顔をしている。
 そのオバサンは何だかほくそ笑んでいるようで気味が悪い。何かこんな気味の悪い人をどこかで見たような……そうだ!
「パートのオバサン店員が”はなだ亭”へ団体で来た時に、いらっしゃったかたですよね! サングラスの!」
 思い出せたことにより、何かデカい声が出てしまった。恥ずかしい。
 そのオバサンはうんうん頷きながら、
「そうそう、隣の女の子とお付き合いしているって」
「いやだから付き合ってはいないんですよ」
 と言っといたけども、このオバサン、別にパートで一緒なわけではないんだから、そんなことどうでもいいだろう。
 でもまだ何か話があるような感じなので、
「あの時は色が薄めのサングラスをしていましたよね。今はメガネですけども」
 と話を伸ばしてみると、そのオバサンはメガネを外しながら、
「そっかぁ。髪も切ったから分からないのかな? わたしと佐野くんは深い仲なのにね」
 と言ったその時だった。俺に緊張感、否、虫唾が走った。
 コイツ! 俺が万引きしたドラッグストアの女性店長だ!
 オバサンは俺が驚愕しただろう面持ちを見ると、ニヤリと笑って、こう言った。
「スーパーの方々に言いふらされたくなかったら、この場でこの後輩くんのチンチンを舐めてほしいの。だってわたし、BL大好きなんだもん」
 突然の”チンチン”発言に水沢は意味が分からないという顔で、俺とオバサンの表情を交互に見ている。
 オバサンは勝ち誇った顔で上機嫌そうだ。俺は水沢のためにもここで屈してはいけない。だから、
「水沢。俺を尊敬しているかもだけども、そんな人間じゃないんだ。俺は自暴自棄になった時に万引きをして、バレて、この女性店長に性的なことをされてチャラにしてもらったことがあるんだ。今から警察を呼ぶ。俺は補導されるだろうな」
 そう言いながらスマホを取り出し、110した。その間(かん)、水沢もオバサンもポカンとしている。
 すると警察官は近くをパトロールしていたようで、すぐにやって来た。警察ってスマホからの位置情報を正確に読み取ることが出来るって本当なんだな。
 オバサンは警察官が近付いてきたところで我に返って、逃げ出そうとした。でも俺は腕を掴んでその場に留まらせようとした。すると、オバサンが叫んだ。
「暴漢です! 離してください!」
 でもその場に来た警察官には水沢が全部説明してくれた。俺が万引きした話も、オバサンがチンチン舐めなさいと言った話も。
 オバサンは狼狽しながら、
「全部嘘! 全部嘘! わたしがそんなこと言うはずがない! この子の万引きも嘘! そういうストーリーを作り上げているだけです! 信じてください!」
 警察官は俺らの様子を見てから、俺へ、
「万引きしたけども、性的なことをされてチャラになった、と」
「はい。その通りです。俺はまだ十七歳なので、補導でも少年院でも、何でもしてください」
 水沢は不安そうに見てくる。でも全て事実なわけで、罪はやっぱ償うべきだと今思った。
 すると警察官は深い溜息をつくと、
「まあこの狼狽さを見れば、ね……でももう事後だし、両成敗ってことで。でも貴方」
 とオバサンを指差すと、
「私刑は犯罪ですからね。どちらかと言えば貴方のほうが罪が重いですから。この後輩さんに男性器の言葉を掛けたことはシンプルに追加の犯罪ですし。まあ貴方の名前だけ控えておきますか。ではそちらの少年二人組、もう帰りなさい」
 オバサンは俺のことを指差しながら、
「万引き! コイツは万引き! それを温情でチャラにしてあげただけ! 何もしていないんだから! 言いふらすから!」
 と言ってきた。