人間には個体差があるという話


・【15 花田一郎の未来】


 父親のほうもそんな感じかなと思っていると、
「分かった。一郎がそうやって学業のことで自分の意見を言うのは初めてかもな。佐野くん、小山さん、で、合っていますよね? 一郎のことをよろしく頼みます」
 母親がデカい声で「え!」と言ったことにより、俺と小山莉愛の「え」はかき消されたと思う。
 なんともあっけないというか、いや花田のやりたい通りになったんだからいいんけども、拍子抜けというか。
 もっと父親が否定してくると思ったら、まさかの決着。
 一郎は立ち上がり、
「有難うございます! お父さん!」
 と言うと、母親が挙手しながら、
「ちょっと! わたしの海外旅行は!」
 父親が母親のほうへ、
「じゃあ俺の貯金を崩して行かせてやるよ。ただし、高校での内申点もあるだろうから一郎は修学旅行に行かせる」
「何それ! アンタいっつもパチンコ行って何も景品も持たず帰ってくるんだからスッてんでしょ! 貯金なんてないでしょ!」
「俺は一郎が海外で料理修行も出来るようにお金を貯めているよ。俺がパチンコに行くのは知り合いと喋るだけだ。パチンコ行っている連中の食いたいモンを聞く、いわば調査だ。勿論価格も連中の声を聞いている」
 母親は声を震わせて「そ、そうだったんだ……」と言ったと思ったら即座にデカい声で、
「じゃあいいわ! わたし海外旅行行ければ! 絶対スペインだけどね!」
「別に豪華客船でもいいぞ」
「嘘! そんなお金あるはずないじゃん!」
 父親は若干呆れるような声で、
「オマエ……やっぱり俺がフランスで料理長していたこと、嘘だと思っているんだな」
「そりゃそうよ! じゃあこんなしけた場所で飯屋やってないでしょ! でも本当なのっ?」
「まあとにかく一郎、俺はコイツに説明しとくから、三人は適当に食事して家で遊んでいてくれ」
 花田は俺と小山莉愛のほうを向き、パァッと明るく笑った。多分俺も笑っていたと思う。人間関係ってきっと鏡だから。小山莉愛もすごく嬉しそうだった。
 そこから花田がキッチンでカツ丼を、結局五人分作ってくれた。父親の分も母親の分もだ。
 俺と小山莉愛は花田がカツ丼を作るところを見た。後ろからずっと母親が父親の人生を掘り下げる声が聞こえてきていた。どうやら父親、というか店主のオッサン、実は相当凄腕らしい。
 花田に軽く聞くと「僕も知らなかったです」と答えていた。先に父親と母親に食べてもらって、どいてもらったところで、俺と小山莉愛が座ってカツ丼を食べた。花田は別に大丈夫と言ったが、俺と小山莉愛で自分たちと花田の両親の分の食器を洗った。花田が食べ終えて、花田自身が食器を洗ったところで、三人で花田の部屋へ戻った。
 そこからはずっと花田の部屋で遊んでいた。漫画を全員ただただ熟読したり、シンテンドースイッチ2で遊んだり。
 夕方になり、店主のオッサンから車で送ってもらうことになった。勿論断ったけども、どうしてもと言われて。ちなみに花田とはそのまま家でバイバイした。
 ちょっと小山莉愛の家のほうへ進んだと思ったら、店主のオッサンが急に車を路肩に止めた。何だろうと思っていると、店主のオッサンがこちらに体(たい)ごと向き、
「佐野くん、君に変なこと言ったこと、覚えているかい?」
「あれですか、あの『うちの子を不登校にしてくれたおかげで、もう教育費やら学費やら払わないで継がせることが出来るかもなんだわ! 感謝! 感謝!』のことですか」
「すっごい、フルで覚えているんだね」
「衝撃的でしたから。俺、毒親っているんだなと思って」
 そうハッキリ、正直言葉で刺す気で言うと、隣に座っていた小山莉愛に肘で小突かれた。
 店主のオッサンは本当に申し訳無さそうな顔をしながら、
「アイツが、一郎が弱いだけだから、罪悪感抱かなくていいと言いたかったんだ」
 と言うと、小山莉愛が口の動きだけで「ほらぁ」って言った。
 店主のオッサンは続ける。
「でも親のおれは客商売のし過ぎで、おかしくなっていたのかもしれない。君も考え方によっては次のお客様だから、君を立てることしか考えていなかった。機会があって佐野くんには直接言ったけども、本当は日常会話の上でその場にいない人間を立てる必要なんてないのにね。一郎本人にも何度も言ってしまった」
 俺は真面目に、
「その謝罪、はな……一郎にもしてあげてください。一郎は真面目なのできっと真っ直ぐ受け取って傷ついていると思います。俺のような、毒親最低だな死ねとはならないと思います」
 またしても小山莉愛から肘で小突かれたけども、別に気にしない。多分このくらい言ってもいい相手だと思うから。フランスの料理屋で料理長になるには、きっといろんな罵倒もあっただろうし。こんなガキからの言葉に動じるような人じゃないだろう。
 すると店主のオッサンは本当に反省しているような顔で、
「そうだな、一郎にも言わないといけないな……君は思ったことを全部言うんだな。そういう友達がいてくれることは一郎にとってもいいことだよ」
「いいや、もっと酷いこと思っているので全部は言っていません。でもこれ以上言うと、さすがに一郎が悲しむかもなんで」
 小山莉愛は呆れるように、
「もう一郎が悲しむくらいには言ってるよ……高校へ通うことまた認めてくれた親なんだから」
 店主のオッサンは改めて頭を下げて、
「いいや、親ならもっと一郎の気持ちを汲まないといけなかった。意外と繁盛してくれているせいで、俺も人手が欲しくなってしまっていた。ダメだな、たるんでるな。あの頃みたいに全部おれがやってやるという気概をもう一度持つよ。でも一つ言い訳するなら、本当に一郎は良い腕なんだ。こんな右腕がいれば、すごいことになると思ってしまったんだ」
 小山莉愛が諭すように、
「そう思っていることも一郎に伝えてください。一郎って本当に料理に真剣だから。ちょっと心配になるくらい」
 店主のオッサンはハハッと笑ってから、
「一郎もこんな美人さんに心配されたら嬉しいだろうなぁ。佐野くんがいるからノーチャンスだろうけども、こんな友達がいるなんて一郎もやるじゃないかってなぁ!」
 俺はチラリと小山莉愛を見ると、小山莉愛はそんな俺の目線と同時に口を開いた。
「あ、私は一郎のことが好きなんで。こんな人様の親を直接毒親呼ばわりするカスのこと好きになるはずないんで」
 店主のオッサンは目を丸くした。俺は吹き出して笑ってしまった。その通り過ぎるから。
 小山莉愛は続ける。
「本気で一郎のことが好きなんで、一緒に修学旅行行けるの楽しみです。とはいえ、今のところ片想いって感じですけども。告白はしています」
 店主のオッサンは「はへー!」とバカみたいな息をついてから、
「そんなことあるのかぁ! いやいや! 俺も料理長時代は……いや! そんなこと若者に自慢したらセクハラだ! よし! 家に送ろう! 帰ろう! 有難う! 小山さん! 佐野くん! 一郎には高校卒業と同時に俺の修行をさせようと思っていたけども、もう明日から出来るところはさせよう! 大学でもどこでも応用出来るようにな!」
 俺と小山莉愛は目を合わせて、ニカッと微笑んだ。店主のオッサンも笑顔で運転して、小山莉愛の家に送ってから、俺の家へ送ってくれた。
 最後に店主のオッサンから、
「佐野くんは一郎のどこが足りないと思っている?」
 と聞かれたので、正直に答えた。
「俺が人間として足りていないだけで、一郎は真っ直ぐ正しい人間です。出来れば俺も更生してそうなりたいです」
「そうかそうかっ」
 と感慨深そうに頷いた店主のオッサン。いや、いやというか事実だし。