・
・【11 バイト】
・
俺が品出し、小山莉愛はレジ打ちとなり、早速仕事を始めた。小山莉愛が仕事しているところはあまり見れないが、アイツはちゃんと優等生ではあるから、出来ているだろうな。俺は重い荷物を運んだり、高い位置にある補充用の商品を足りなくなった棚に置くなどの業務をしている。
その時だった。
なんと、サッカー部の後輩が部活終わりにスーパーへ寄ったようで、鉢合わせてしまったのだ。高校からもっと遠いスーパーにしたほうが良かったのだろうか。でも小山莉愛は距離的にここが一番良かったみたいだし。同じスーパーのほうがいろいろ連携がしやすそうだし、励まし合いも出来ると思っていたが、別々にする案も考えるべきだったかも。
俺はサッカー部の後輩・水沢と目を合わせないようにしていたのだが、水沢はまるで俺の顔を見たいかのように、俺の正面にわざわざ足を動かしてきた。目が合ったところで、水沢が、
「やっぱりそうだ。こんなところで何をしているんですか、佐野先輩」
俺は仕方なく会話をすることにした。
「バイトだよ」
「何で部活に来ないんですか」
「暴力沙汰を起こして退部させられたんだよ。知ってるだろ?」
「そんなん、また顧問に頭を下げれば再入部出来ますよ。去年の峰岸さんとかそうだったじゃないですか」
「俺はもういいんだよ。いろいろあったんだよ」
「そんな! 佐野先輩以上の十番はいないですよ!」
十番というエースナンバーには既に俺は固執していない。今はもう花田のことしか考えられない。俺が男のことを追いかけるなんて。女かサッカーボールしか追いかけなかった俺が、だ。
水沢は続ける。
「佐野先輩! 佐野先輩がいないともううちのサッカー部終わりですよ! 全然上手くサッカーが回らないです!」
「いいよ。どうせ県大会優勝狙える高校とかじゃないし。ベスト四止まりじゃん。いつも」
「でも今年は狙える機運があるじゃないですか! 冬の選手権で革命起こすって言っていたじゃないですか!」
昔の俺ダサっ。とにかく、
「もう今は今を歩んでいるんだよ。俺はもうサッカーをしない」
「そんなぁ……佐野先輩のいないサッカー部なんてつまらないです……」
そう肩を落として、いなくなった水沢。
そりゃ俺以外巧いヤツなんていないんだから、俺がいなくなったらつまらないだろ。あとはそれこそ、一年生の水沢と白樺くらいだろ、巧いヤツなんざ。
でもどうしてか。劣等感を抱くのは事実で。それはサッカーを出来ていない自分に、じゃない。おでこを汗で濡らして、シャツも汗ばんでいる水沢と、クーラーがガンガン利いたなかで割と楽に仕事をしている自分との差に、だ。
夏休みということもあり、同じタイミングでバイトに入った他校の男子は相当つらそうにしているが、俺にとってはこのくらいの労働で疲れることはない。まあそれも生まれ持った才能というか、身体が強かっただけなんだろうけども。いやさすがにサッカー部やっていた体力という努力もあるだろうけどもさ。
でも俺は今、明らかに楽をしている。炎天下でサッカーをしている水沢とは全然違う。そこに劣等感というか、申し訳無さを抱(いだ)いてしまう。
だからってもうサッカー部に戻る気も無いし、何よりも花田のことを小山莉愛と一緒にやらなければならない。やらないと俺がおかしくなってしまう。全ては俺と小山莉愛のエゴ。それに邁進するんだ。
バイトの時間は夕方の四時に終わり、夜番と交代となる。俺たちは明日からは大体午前十一時から四時まで。夜番は午後四時から午後九時までで、まあ別に俺自身は夜でもいいのだが、小山莉愛を夜まで働かせちゃダメだし。何よりもこの午後四時ならそのまま定食屋”はなだ亭”に行ける。微妙に早い時間帯なので、花田自身もそこまで忙しくないだろうから、チャンスがあれば会話出来るかもだし。外堀から埋めていく作戦で、店主のオッサンから懐柔していく予定だが、どっちにしろ忙し過ぎたら会話は出来ないわけで。
というわけで夕方に早めの夕ご飯をとる。ちなみに母親には既に説明をしている。勿論花田の細かい話はアウティングになるからしないが、友達とバイトして一緒に”はなだ亭”で食べてくるということは伝えている。そうすれば母親も心配しないし、大丈夫だろう。
”はなだ亭”の中に入って開口一番、店主のオッサンが笑顔で接客してきて、正直何だか気持ちが悪い。花田にとってはあんな父親なのに、俺や小山莉愛のような客には優しくて。そういう二面性こそ毒親というヤツなのかもしれない。
俺は出来るだけ自然に、店主のオッサンに、
「ここのカツ丼、めっちゃ旨いですね」
と声を掛けると、店主のオッサンは口角を上げながら、
「でしょう! うちの子が作るカツ丼は日本一ですよぉ!」
一応自分の手柄にはしないらしい。
俺は続ける。
「もうハマっちゃって。これから毎日通おうかなと思っているんです」
と言ったところで、一瞬花田がこちらに顔を出して、すぐに引っ込んだ。
俺のこと、どう思っているだろうか。もしかしたら気持ち悪いと思っているかもしれない。その可能性だって十分ある。出禁になるのかな。でも逆に、出禁になったほうが心が楽なのかとかも思ってしまった。いやいや、出禁になったら安直に悲しくなるんじゃないか。今の俺なら。いや知らんけど。自分でもどうなるか分からない。俺はまるで薄氷の上に立っているようだ。
小山莉愛も笑顔で、
「はなだ亭、私も本当に好きですっ」
と店主のオッサンに声を掛けると、店主のオッサンは冗談で泣いている演技をしながら、
「こんな若い常連が来てくれると、うちは安泰だぁ」
と言ってから、ガハハと笑った。
本当に客に対しては明るいみたいだ。その明るさを何で花田にも照らさないんだ。教育費が、修学旅行費が掛からなくていい? なんてバカみたいなことを言うんだ。そう言われて喜ぶ子供はいないだろ。でも花田はそれでいいと思っているのかな。こんなことしに来ても無意味なのかな。いや実際カツ丼は旨いから食べられるだけで嬉しいんだけども。
その日は普通にカツ丼を二人で食べて帰って行った。帰り道、ふと俺は、
「こんなことしても無意味なのかな」
と観測的気球を上げると、小山莉愛がしっかりとした声でこう言った。
「そんなことはない!」
あまりにもキッパリ言ったので、
「な、何か根拠でもあるのか?」
と、ちょっと驚きながら言ってしまうと、小山莉愛は俺の目をしっかり見ながら、
「一郎は一度だけ本音を話してくれたよ。大学に行って栄養学をしっかり学びたいって」
「じゃあそれを花田に言わせないとダメじゃん! 父親へ花田からしっかり主張させるというか!」
「そうなんだよ。だから私たちは一郎からそれを改めて引き出して、店主のおじさんに聞かせないとダメなんだよ。そして店主のおじさんも心変わりさせないといけないんだ」
そんな、ちゃんとした指針があるなら先に教えてほしかった。でも今知れたし、俺は改めて心に炎を灯した。花田にまた高校へ通わせるぞ!
そこから俺はもっと仕事をしたい、花田に近付きたいと思って、スーパーでのバイトをさらに一生懸命するようにした。あくる日もあくる日も本当に真面目に。
すると、誰も片付けない、俺と小山莉愛が片付けてもすぐに汚くなる、乱雑としたバックヤードで、バ先の大学生の先輩が軽く嘲笑うように、
「一生懸命やっても時給変わんないよ。頑張ってるオマエよりも、軽く流している大学生であるおれのほうが時給がいいんだよ」
下に見ていることは分かった。でも俺はもうむやみに暴力に人生を委ねないし、言い返すのもバカらしい。何よりも波を立てる意味が無い……というのは大学生のほうもなんだけどな。まあとにかく、
「いちいちチューニング合わせてらんないんで」
と答えて、またすぐに倉庫から荷物を持って品出しに走った。
とは言え、腹が立つという感情は勿論ある。高校の教室なら戒めと思うが、ここはまたゼロから始めた場。何であんな言い方を人にするのか理解は……出来るかもな。あの大学生は、場を掌握したいと思っていた過去の俺過ぎるから。
待てよ、もう一つふと思った。
・【11 バイト】
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俺が品出し、小山莉愛はレジ打ちとなり、早速仕事を始めた。小山莉愛が仕事しているところはあまり見れないが、アイツはちゃんと優等生ではあるから、出来ているだろうな。俺は重い荷物を運んだり、高い位置にある補充用の商品を足りなくなった棚に置くなどの業務をしている。
その時だった。
なんと、サッカー部の後輩が部活終わりにスーパーへ寄ったようで、鉢合わせてしまったのだ。高校からもっと遠いスーパーにしたほうが良かったのだろうか。でも小山莉愛は距離的にここが一番良かったみたいだし。同じスーパーのほうがいろいろ連携がしやすそうだし、励まし合いも出来ると思っていたが、別々にする案も考えるべきだったかも。
俺はサッカー部の後輩・水沢と目を合わせないようにしていたのだが、水沢はまるで俺の顔を見たいかのように、俺の正面にわざわざ足を動かしてきた。目が合ったところで、水沢が、
「やっぱりそうだ。こんなところで何をしているんですか、佐野先輩」
俺は仕方なく会話をすることにした。
「バイトだよ」
「何で部活に来ないんですか」
「暴力沙汰を起こして退部させられたんだよ。知ってるだろ?」
「そんなん、また顧問に頭を下げれば再入部出来ますよ。去年の峰岸さんとかそうだったじゃないですか」
「俺はもういいんだよ。いろいろあったんだよ」
「そんな! 佐野先輩以上の十番はいないですよ!」
十番というエースナンバーには既に俺は固執していない。今はもう花田のことしか考えられない。俺が男のことを追いかけるなんて。女かサッカーボールしか追いかけなかった俺が、だ。
水沢は続ける。
「佐野先輩! 佐野先輩がいないともううちのサッカー部終わりですよ! 全然上手くサッカーが回らないです!」
「いいよ。どうせ県大会優勝狙える高校とかじゃないし。ベスト四止まりじゃん。いつも」
「でも今年は狙える機運があるじゃないですか! 冬の選手権で革命起こすって言っていたじゃないですか!」
昔の俺ダサっ。とにかく、
「もう今は今を歩んでいるんだよ。俺はもうサッカーをしない」
「そんなぁ……佐野先輩のいないサッカー部なんてつまらないです……」
そう肩を落として、いなくなった水沢。
そりゃ俺以外巧いヤツなんていないんだから、俺がいなくなったらつまらないだろ。あとはそれこそ、一年生の水沢と白樺くらいだろ、巧いヤツなんざ。
でもどうしてか。劣等感を抱くのは事実で。それはサッカーを出来ていない自分に、じゃない。おでこを汗で濡らして、シャツも汗ばんでいる水沢と、クーラーがガンガン利いたなかで割と楽に仕事をしている自分との差に、だ。
夏休みということもあり、同じタイミングでバイトに入った他校の男子は相当つらそうにしているが、俺にとってはこのくらいの労働で疲れることはない。まあそれも生まれ持った才能というか、身体が強かっただけなんだろうけども。いやさすがにサッカー部やっていた体力という努力もあるだろうけどもさ。
でも俺は今、明らかに楽をしている。炎天下でサッカーをしている水沢とは全然違う。そこに劣等感というか、申し訳無さを抱(いだ)いてしまう。
だからってもうサッカー部に戻る気も無いし、何よりも花田のことを小山莉愛と一緒にやらなければならない。やらないと俺がおかしくなってしまう。全ては俺と小山莉愛のエゴ。それに邁進するんだ。
バイトの時間は夕方の四時に終わり、夜番と交代となる。俺たちは明日からは大体午前十一時から四時まで。夜番は午後四時から午後九時までで、まあ別に俺自身は夜でもいいのだが、小山莉愛を夜まで働かせちゃダメだし。何よりもこの午後四時ならそのまま定食屋”はなだ亭”に行ける。微妙に早い時間帯なので、花田自身もそこまで忙しくないだろうから、チャンスがあれば会話出来るかもだし。外堀から埋めていく作戦で、店主のオッサンから懐柔していく予定だが、どっちにしろ忙し過ぎたら会話は出来ないわけで。
というわけで夕方に早めの夕ご飯をとる。ちなみに母親には既に説明をしている。勿論花田の細かい話はアウティングになるからしないが、友達とバイトして一緒に”はなだ亭”で食べてくるということは伝えている。そうすれば母親も心配しないし、大丈夫だろう。
”はなだ亭”の中に入って開口一番、店主のオッサンが笑顔で接客してきて、正直何だか気持ちが悪い。花田にとってはあんな父親なのに、俺や小山莉愛のような客には優しくて。そういう二面性こそ毒親というヤツなのかもしれない。
俺は出来るだけ自然に、店主のオッサンに、
「ここのカツ丼、めっちゃ旨いですね」
と声を掛けると、店主のオッサンは口角を上げながら、
「でしょう! うちの子が作るカツ丼は日本一ですよぉ!」
一応自分の手柄にはしないらしい。
俺は続ける。
「もうハマっちゃって。これから毎日通おうかなと思っているんです」
と言ったところで、一瞬花田がこちらに顔を出して、すぐに引っ込んだ。
俺のこと、どう思っているだろうか。もしかしたら気持ち悪いと思っているかもしれない。その可能性だって十分ある。出禁になるのかな。でも逆に、出禁になったほうが心が楽なのかとかも思ってしまった。いやいや、出禁になったら安直に悲しくなるんじゃないか。今の俺なら。いや知らんけど。自分でもどうなるか分からない。俺はまるで薄氷の上に立っているようだ。
小山莉愛も笑顔で、
「はなだ亭、私も本当に好きですっ」
と店主のオッサンに声を掛けると、店主のオッサンは冗談で泣いている演技をしながら、
「こんな若い常連が来てくれると、うちは安泰だぁ」
と言ってから、ガハハと笑った。
本当に客に対しては明るいみたいだ。その明るさを何で花田にも照らさないんだ。教育費が、修学旅行費が掛からなくていい? なんてバカみたいなことを言うんだ。そう言われて喜ぶ子供はいないだろ。でも花田はそれでいいと思っているのかな。こんなことしに来ても無意味なのかな。いや実際カツ丼は旨いから食べられるだけで嬉しいんだけども。
その日は普通にカツ丼を二人で食べて帰って行った。帰り道、ふと俺は、
「こんなことしても無意味なのかな」
と観測的気球を上げると、小山莉愛がしっかりとした声でこう言った。
「そんなことはない!」
あまりにもキッパリ言ったので、
「な、何か根拠でもあるのか?」
と、ちょっと驚きながら言ってしまうと、小山莉愛は俺の目をしっかり見ながら、
「一郎は一度だけ本音を話してくれたよ。大学に行って栄養学をしっかり学びたいって」
「じゃあそれを花田に言わせないとダメじゃん! 父親へ花田からしっかり主張させるというか!」
「そうなんだよ。だから私たちは一郎からそれを改めて引き出して、店主のおじさんに聞かせないとダメなんだよ。そして店主のおじさんも心変わりさせないといけないんだ」
そんな、ちゃんとした指針があるなら先に教えてほしかった。でも今知れたし、俺は改めて心に炎を灯した。花田にまた高校へ通わせるぞ!
そこから俺はもっと仕事をしたい、花田に近付きたいと思って、スーパーでのバイトをさらに一生懸命するようにした。あくる日もあくる日も本当に真面目に。
すると、誰も片付けない、俺と小山莉愛が片付けてもすぐに汚くなる、乱雑としたバックヤードで、バ先の大学生の先輩が軽く嘲笑うように、
「一生懸命やっても時給変わんないよ。頑張ってるオマエよりも、軽く流している大学生であるおれのほうが時給がいいんだよ」
下に見ていることは分かった。でも俺はもうむやみに暴力に人生を委ねないし、言い返すのもバカらしい。何よりも波を立てる意味が無い……というのは大学生のほうもなんだけどな。まあとにかく、
「いちいちチューニング合わせてらんないんで」
と答えて、またすぐに倉庫から荷物を持って品出しに走った。
とは言え、腹が立つという感情は勿論ある。高校の教室なら戒めと思うが、ここはまたゼロから始めた場。何であんな言い方を人にするのか理解は……出来るかもな。あの大学生は、場を掌握したいと思っていた過去の俺過ぎるから。
待てよ、もう一つふと思った。



