人間には個体差があるという話


・【10 意見する】


 まあそれはそれとしてもういいとして、
「俺は別にどうでも。でも自分も気になるなら、皮膚科に行けばいいんじゃないか」
 と、出来るだけ変なニュアンスにならないように、真剣な面持ちで言った。
 すると坂井は吹き出して笑ってから、
「皮膚科て! 医者で治るもんじゃねぇだろ! というか医者ってなんだよ! 何でも医者かよ! 佐野ぉっ!」
 と言うと、周りのクラスメイトも俺の一言でゲラゲラ笑い始めた。
 その時に、あぁ、俺が一番のイジられ側になったんだなとハッキリ自覚した。
 でも、それ以上に、古永に話が向かなくなって、それが何だかちょっと気分良かった。
 俺が代わりにイジられればそれでいい。今まで俺がそういうことを他人にしていたんだから、俺がやられて当然なんだ、というマインドだ。
 勿論憂鬱になるところもあるけども、そういうことを受け止めてこそだとも思う。これは自分への戒めだ。高校はもうこういうことにする。そして大学に行ったらまた一からやればいい。
 教室では大体そんな感じで、時折女子から同情の目を向かれることもあるけども、正直それもウザい。もう勝手にさせてほしい。でも勝手にさせずに自分のおもんないイジリで関わり続けていたのは過去の俺。それも全て受け入れるしかない。
 とある日の休日。
 三人のグループLIMEではなくて、個別のヤツで小山莉愛から休日に呼び出された。定食屋”はなだ亭”へ来てほしいということだった。
 俺は何だろうと思いつつ、まあ暇なのではなだ亭に午前十時へ行くと、入口のところで小山莉愛がいて、
「今日はこっち」
 と言われて、はなだ亭の入り口じゃなくて、裏口というか居住区の玄関のほうへ行った。そこで小山莉愛がピンポンすると、花田が出てきた。
 小山莉愛が玄関の中に入ろうとすると、花田が矢継ぎ早に、
「もういいですよ。ここでいいです。小山さん、佐野くん。佐野くんが小山さんに僕へ告白しろって言わせたんですよね。罰ゲームだったんですよね」
 俺は驚愕した目で小山莉愛のほうを見ると、小山莉愛は瞳に涙を浮かべながら、
「きっかけは確かにそうだけどもっ! 私は今本当に一郎のことが心配で!」
「そういうのもういいです。今日も来ないでくださいって書いたじゃないですか」
「でもブロックされていなかったから!」
「とにかくもういいですから。佐野くんもそういうことで合っていますよね?」
 そう話を振られた俺。
 俺は手足がガクガクと震えてきた。正直心の底ではちょっと尊敬している花田に嫌われてしまうことがこんなにも怖いなんて。過去の俺からしたら花田なんて中指立てて舌出すだけだろう。でも今はちゃんと仕事をしている花田のことを真面目に真っ直ぐ尊敬している。
 ここはもう洗いざらい喋るしかないと思った。小山莉愛の弱みを握ったこと。花田が登校するようになれば俺の大学入学への総合型選抜の評定平均が戻るのではと思ったこと。さらに万引きしたこと。万引きしたらバレて女性店員から性的な罰を受けたこと。ふと人間には個体差があると気付いたことも言った。
 花田はずっと真面目に聞いてくれた。俺が喋っている間、変なチャチャを入れずに、ちゃんと聞いてくれた。
 だから、そんな花田にだから、これも言わないといけない。
「俺、花田のこと、今尊敬しているんだ。料理という仕事をこなして、人格者でもあって。今の俺の話も口を挟まず、全部聞いてくれた。俺は、花田に本当に悪いことをしたと思っている。本当に申し訳無かった。本当に、本当に……」
 情けない。涙が出そうだ。全部全部俺が悪いのに。許されたくて泣こうとしている。カッコが悪い。でも止まらない。こんなに止まらないなんて。
 花田は落ち着いた声で、
「でも全部別にいいんですよ。小山さん、佐野くん、夢みたいな時間を有難うございます。でももう関わらなくて大丈夫です。高校も辞めますから」
 小山莉愛は食い下がるように、
「違うの! キッカケは確かに最悪だけども今は本当に私は一郎のことが好きなの! 本当! 本当だよ!」
「そういう優しさも大丈夫ですから。もう終わりでいいですよ」
「違うってぇ! ゴメンなさい……私がバカでゴメンなさい……」
 花田はゆっくり玄関のドアを閉めた。終わった。全てが終わってしまったんだ。砂の城がたった一つの波で消え去る如く、アッサリと。あぁ。
 いつまでも花田の家の前で、二人で涙を流していたら、通行人が変な噂を立てるかもだから、俺と小山莉愛は近くの公園に移動した。
 二人でベンチに座って、俺は、
「このままは嫌だ」
 と思ったことをそのまま口にすると、小山莉愛も、
「私も嫌だ。こんなん私のエゴだけども本当に嫌なんだ。一郎が、じゃない。私が嫌なんだ」
「俺だって嫌だよ。俺は、俺のために花田ともう少し対話したい。花田といれば、もっとちゃんと俺は出来るようになると思うんだ」
「じゃあ一緒だね。このままで終わらせないよね」
「終わらせない」
 気持ちは共通だ。来週からは夏休みになる。なんとか夏休み中に花田を説得して、一緒に高校へ通えるようにしたい。最低でもまた普通に会話出来るようにはなりたい。
 その後、俺と小山莉愛は、まずは毎日定食屋”はなだ亭”へ行って、店主のオッサンから懐柔したほうがいいのでは、という結論に達した。外堀から埋めていく作戦だ。小山莉愛いわく、花田は頑固でもあるから、いきなり自分の意見を変えたりはしないという話だ。
 さらに俺と小山莉愛のお小遣いでは、毎日定食屋でカツ丼を食べるお金はさすがに無いので、近くのスーパーで一緒にバイトをすることにした。
 そんなんで上手くいくかは分からないけども、もうやるしかない。
 終業式の日に、古永から少し話があると言われて、空き教室に連れていかれた。
 一体何だろうと思っていると、
「夏休みにワキノシタを手術することにしたんだ。キッカケをくれて有難う」
 何だか俺の心が少し晴れたような気がした。ずっと花田のことで曇っていたのだが。
 古永は続ける。
「というか急に言われても覚えていないかもだよね。ゴメン」
「いや覚えているし、むしろこっちこそ有難う。俺、今成功体験もらったわ」
「そ、そう? それなら良かったけども」
「勿論全て古永の決断だけども、俺もどうしてもこの夏にやりたいことがあって、だからなんつーかの、そのための成功体験を積めたというか。とにかく、あの、何か饒舌にいっぱい喋ってゴメンな。意味分かんないよな」
 また俺、そういうことだぞ案件やってるかもしれない。でも古永は優しい顔で、
「ううん。佐野くんこそ、夏にやりたいこと頑張ってっ」
「おう。俺も頑張るから、古永も手術ビビらず頑張れよな」
 結局俺は偉そうに言ってしまった。これもそういうとこだぞ案件だな、と全てが終わってから思った。
 しかしながら俺の言葉で誰かが変わるかもしれない、と思えたのは本当に大きいことだった。
 いやいや、俺のネガティブな言葉で花田の人生が変わってしまってはいるんだよな。そうだ、変えるってポジティブだけじゃない。むしろネガティブなほうこそ変わってしまうことが多々あって。一個徳が積めただけで良い気になるな、俺。ちゃんと贖罪をする。その上で俺にも得になるように花田とは仲良くしたい。まずは花田の幸せを一番に。
 でも花田の幸せを望むなら余計なことをしないほうがいいのか? いやいやこのままで終わらせられない。俺のエゴもあるし。というか結局俺(と小山莉愛)のエゴが全てだ。結局エゴ丸出しだ。でもそれだってある意味個体差だ。俺は花田がまた高校に通うほうがいいことだと思っている脳内だ。そういう個体だ。だからやるんだ。俺はやるんだ。
 高校の終業式の前に、実はもうバイトの面接には行っていて、俺も小山莉愛も受かっていた。終業式が終わった日の午後には、もう俺と小山莉愛はそのスーパーにいた。