香津世はまず、最低限の荷物を持ってその準一流寿司店の社員寮に入りました。そして、すぐに働き始めました。今でもそうかもしれませんが、ましてやその頃は、女性のすし職人はほとんどいない時代でした。女性は手が暖かすぎるとか、非科学的なことさえ言われていた時代なのです。本当の理由は、おそらく、すし業界の伝統的、保守的な性質だったと思われます。
さて、この寿司店で初めて女性を採用したのには訳があります。今までのオーナーが急に亡くなった時、その人の娘が新オーナーとして就任したのです。この女性オーナーは革新的な思想の持ち主で、新しい時代に即して、店の雰囲気を一転させようと考えていたのです。その方針の一つが、職場の男女同権でした。
いずれにしても、新入りの香津世は、掃除と仕込み、酢飯の用意等、ごく基本的な作業をしなければなりませんでした。それでも、魚屋で鍛えた根性と持ち前の能力を発揮して、すべてうまくこなしていきました。また、香津世の性分として、無意識のうちに、同時期に採用された他の職人と競っているということもありました。そして、香津世が優っていることが多く、思い上がってしまうこともありました。それで、男性職員に妬まれ、意地悪をされるということもありました。
また、当然、社員寮でも女性は香津世一人のため、男性群は何かと気を使わなければなりませんでした。中には、香津世をものにしようと企む男性もいたのですが、これには二点、問題がありました。一つは、女性オーナーから男性群に強いお達しが出ていたことです。「香津世には絶対に手を出さないように」と。もう一つは、香津世が少林寺拳法が出来ると言うことが知られ、男性群は少なからず怯えていたこともあります。
その後も男性主導の職場ならではの困難は多々ありました。ただ、幸運にも、女性オーナーから、男女の区別なく、実力を基に能力を判断するようにという指示が徹底されてもいました。それで、香津世は、魚屋での経験もあり、比較的短い時間で魚や他の海産物を調理する作業を言いつかりました。そして、数年後には支店のカウンターに予備要員として入り、その後、レギュラーとなりました。
それまで、香津世は化粧などしたことがなかったのですが、人前に出る手前、メイクのレッスンを取って練習を重ねました。また、カウンターでの接客についても、色々と自分で工夫と練習をして、うまく対応できるように努めました。そう言った地道な努力の甲斐あって、香津世は、四年程で、本店のカウンターにも入る機会をもらいました。これは、先輩の週一回の休日の交代要員としてでしたが、それでも異例の速さだったことは間違いありません。
その頃、香津世が気を入れ初めていたのは包丁さばきです。少林寺拳法で学んだ心身の修行を思い起こし、集中力と正確・適切な筋力を持ってして、最適な結果を出そうと努めたのです。そして、香津世の包丁さばきに最初に目を付けたのは、本店に来た客の一人でした。
「昌敷さん、あなたの包丁さばきは人並ではありませんね。なぜか、武術のような洗練された味わいがありますね。いやぁ~、どうも、ごちそうさまでした」
「ありがとうございます。また来てください」
「絶対来ますよ。では、また」
さて、この寿司店で初めて女性を採用したのには訳があります。今までのオーナーが急に亡くなった時、その人の娘が新オーナーとして就任したのです。この女性オーナーは革新的な思想の持ち主で、新しい時代に即して、店の雰囲気を一転させようと考えていたのです。その方針の一つが、職場の男女同権でした。
いずれにしても、新入りの香津世は、掃除と仕込み、酢飯の用意等、ごく基本的な作業をしなければなりませんでした。それでも、魚屋で鍛えた根性と持ち前の能力を発揮して、すべてうまくこなしていきました。また、香津世の性分として、無意識のうちに、同時期に採用された他の職人と競っているということもありました。そして、香津世が優っていることが多く、思い上がってしまうこともありました。それで、男性職員に妬まれ、意地悪をされるということもありました。
また、当然、社員寮でも女性は香津世一人のため、男性群は何かと気を使わなければなりませんでした。中には、香津世をものにしようと企む男性もいたのですが、これには二点、問題がありました。一つは、女性オーナーから男性群に強いお達しが出ていたことです。「香津世には絶対に手を出さないように」と。もう一つは、香津世が少林寺拳法が出来ると言うことが知られ、男性群は少なからず怯えていたこともあります。
その後も男性主導の職場ならではの困難は多々ありました。ただ、幸運にも、女性オーナーから、男女の区別なく、実力を基に能力を判断するようにという指示が徹底されてもいました。それで、香津世は、魚屋での経験もあり、比較的短い時間で魚や他の海産物を調理する作業を言いつかりました。そして、数年後には支店のカウンターに予備要員として入り、その後、レギュラーとなりました。
それまで、香津世は化粧などしたことがなかったのですが、人前に出る手前、メイクのレッスンを取って練習を重ねました。また、カウンターでの接客についても、色々と自分で工夫と練習をして、うまく対応できるように努めました。そう言った地道な努力の甲斐あって、香津世は、四年程で、本店のカウンターにも入る機会をもらいました。これは、先輩の週一回の休日の交代要員としてでしたが、それでも異例の速さだったことは間違いありません。
その頃、香津世が気を入れ初めていたのは包丁さばきです。少林寺拳法で学んだ心身の修行を思い起こし、集中力と正確・適切な筋力を持ってして、最適な結果を出そうと努めたのです。そして、香津世の包丁さばきに最初に目を付けたのは、本店に来た客の一人でした。
「昌敷さん、あなたの包丁さばきは人並ではありませんね。なぜか、武術のような洗練された味わいがありますね。いやぁ~、どうも、ごちそうさまでした」
「ありがとうございます。また来てください」
「絶対来ますよ。では、また」

