ある日曜日、オットーは英語会話教室の遠足、志珠香は母親の買い物のお供で出かけていました。それで、久々に、香津世と矢紗史と二人だけでゆっくり話す機会がありました。
まず、香津世は、矢紗史に重ねてお礼を言わなければ気が済みませんでした。
「矢っちゃん、わたし達が帰国してからは、ほんとにお世話になってばかりで、ありがとう。昔は、矢っちゃんのこと『弟臭い』なんて言ったけど、今は、全く逆だよね。矢っちゃん。矢っちゃんは、立派な、頼りがいのあるお兄さんだよ。今度は、わたしが『妹臭く』なってしまったよね」
「そんなことないよ。香っちゃんの底力は人並ではないよ。ぼくなんかには考えられないような危機に逢っても、ちゃんと必要な事をして、きちんとした生活をしているじゃない。全然やけくそになったり、投げ出したりしないじゃない」
「そうかなぁ。わたしの人生は、競争に勝つこと、優越感を味わうことを追い求めてきたでしょう。でも、今思うことは、競争って、必ず負けるんだよね。オリンピックで金メダルを取っても、マフィアのボスになっても、いずれは押しのけられる。そんな時、初めて、勝っている時には気が付かないような、負けた側の心理に気が付く。そういう意味では、ニューヨークで完敗したことは、わたしにとって最高の教訓だったのだと思う。随分と遅かったけどね」
「その点では、確かに、ぼくの方が先輩だよね。いつも言ってる事だけど、ぼくは小さい頃から、何をやっても人に負けてきた。それで、とうに、人と競うなんてことは、考えもしなかったんだ。それでも、楽観的なのかなぁ、自分が嫌になったりはしないんだよ。自分の出来ることを出来る範囲でやればいいんだ。だから、それなりに気楽なんだよ。それから、人と競争しないと、いいこともあるんだ。部外者だと、周りの様子が良く見えてくるしね。でも、香っちゃんと魚屋で働いていた時は、香っちゃんが助けてくれてくれなかったら、結局、落ちこぼれていたと思うよ。やっぱり、だらしないよね」
「ふっ、ふっ、ふっ。あの頃の矢っちゃん、可愛かったよね。そして、無比較の境地か。それから、志珠香さんもほんとに可愛いよね。わたしが、男だったら、すぐに手を出したいと思うだろうなぁ」
「香っちゃん、変な事言わないでよ。確かに、香っちゃんは、ぼくの知っているどんな男より優秀かもしれない。だけど、やっぱり、女には違いないよ。そうじゃなかったら......、ぼくは香っちゃんに惚れたりしなかったよ。そうだ。ぼくが、香っちゃんに片思いだったのだって、一種の負けだよね。志珠香に出会うまでは、随分と弱ったからなぁ。ぼくは、恋と友情の間で、どうやって、自分の気持ちを整理しようかと悩んでいたもんだ」
「矢っちゃんにそう言われると、辛いよ。そんな思いまでさせておいて、それでも、矢っちゃんはわたし達の事を助けてくれた。そして、今でも、家族ぐるみで親しく付き合ってくれている。特に、都喜夫の事だけどね。安美香ちゃんに救ってもらわなかったら都喜夫は、もうダメになっていたと思う。わたしは、仕事に夢中になってしまって、ずっと都喜夫をほったらかしにしてきたでしょ。その上で、大学受験の時は、わたしが一方的にがみがみ言った。今だから分かるけど、そんなの、うまくいく訳がないよね」
香津世は続けました。
「矢っちゃん達がどうやって、安美香ちゃんを育ててきたのか、実際には見ていない訳だけど、なんとなく想像がつく。多分、わたしとは正反対のやり方だったんじゃない? 矢っちゃんと志珠香さんは、自分たちの期待を安美香ちゃんに無理やり押し付けたりしないでしょ。素直に、事実を見極める境地なんじゃない? 二人の思いやりに包まれて育ったからこそ、安美香ちゃんは、ごく自然に、都喜夫を癒すことが出来たんだよね。そう思うと、わたしの行いは恥ずかしいばかりだけど、安美香ちゃんに感謝の気持ちで一杯になるの」
まず、香津世は、矢紗史に重ねてお礼を言わなければ気が済みませんでした。
「矢っちゃん、わたし達が帰国してからは、ほんとにお世話になってばかりで、ありがとう。昔は、矢っちゃんのこと『弟臭い』なんて言ったけど、今は、全く逆だよね。矢っちゃん。矢っちゃんは、立派な、頼りがいのあるお兄さんだよ。今度は、わたしが『妹臭く』なってしまったよね」
「そんなことないよ。香っちゃんの底力は人並ではないよ。ぼくなんかには考えられないような危機に逢っても、ちゃんと必要な事をして、きちんとした生活をしているじゃない。全然やけくそになったり、投げ出したりしないじゃない」
「そうかなぁ。わたしの人生は、競争に勝つこと、優越感を味わうことを追い求めてきたでしょう。でも、今思うことは、競争って、必ず負けるんだよね。オリンピックで金メダルを取っても、マフィアのボスになっても、いずれは押しのけられる。そんな時、初めて、勝っている時には気が付かないような、負けた側の心理に気が付く。そういう意味では、ニューヨークで完敗したことは、わたしにとって最高の教訓だったのだと思う。随分と遅かったけどね」
「その点では、確かに、ぼくの方が先輩だよね。いつも言ってる事だけど、ぼくは小さい頃から、何をやっても人に負けてきた。それで、とうに、人と競うなんてことは、考えもしなかったんだ。それでも、楽観的なのかなぁ、自分が嫌になったりはしないんだよ。自分の出来ることを出来る範囲でやればいいんだ。だから、それなりに気楽なんだよ。それから、人と競争しないと、いいこともあるんだ。部外者だと、周りの様子が良く見えてくるしね。でも、香っちゃんと魚屋で働いていた時は、香っちゃんが助けてくれてくれなかったら、結局、落ちこぼれていたと思うよ。やっぱり、だらしないよね」
「ふっ、ふっ、ふっ。あの頃の矢っちゃん、可愛かったよね。そして、無比較の境地か。それから、志珠香さんもほんとに可愛いよね。わたしが、男だったら、すぐに手を出したいと思うだろうなぁ」
「香っちゃん、変な事言わないでよ。確かに、香っちゃんは、ぼくの知っているどんな男より優秀かもしれない。だけど、やっぱり、女には違いないよ。そうじゃなかったら......、ぼくは香っちゃんに惚れたりしなかったよ。そうだ。ぼくが、香っちゃんに片思いだったのだって、一種の負けだよね。志珠香に出会うまでは、随分と弱ったからなぁ。ぼくは、恋と友情の間で、どうやって、自分の気持ちを整理しようかと悩んでいたもんだ」
「矢っちゃんにそう言われると、辛いよ。そんな思いまでさせておいて、それでも、矢っちゃんはわたし達の事を助けてくれた。そして、今でも、家族ぐるみで親しく付き合ってくれている。特に、都喜夫の事だけどね。安美香ちゃんに救ってもらわなかったら都喜夫は、もうダメになっていたと思う。わたしは、仕事に夢中になってしまって、ずっと都喜夫をほったらかしにしてきたでしょ。その上で、大学受験の時は、わたしが一方的にがみがみ言った。今だから分かるけど、そんなの、うまくいく訳がないよね」
香津世は続けました。
「矢っちゃん達がどうやって、安美香ちゃんを育ててきたのか、実際には見ていない訳だけど、なんとなく想像がつく。多分、わたしとは正反対のやり方だったんじゃない? 矢っちゃんと志珠香さんは、自分たちの期待を安美香ちゃんに無理やり押し付けたりしないでしょ。素直に、事実を見極める境地なんじゃない? 二人の思いやりに包まれて育ったからこそ、安美香ちゃんは、ごく自然に、都喜夫を癒すことが出来たんだよね。そう思うと、わたしの行いは恥ずかしいばかりだけど、安美香ちゃんに感謝の気持ちで一杯になるの」

