勝負は魚で

香津世は思わず叫びました。
「オットー、懐かしい! どうしたの?」
「カッチー、会いたかったよ!」
何も考えずに、二人は抱擁しました。

「カッチー、私は、ほんとに悪かった。でも、大丈夫だよ。もう、ギャンブルからは完全に足を洗ったんだ。しっかりとリハビリをしたんだ。それに、少し、日本語を覚えたよ。今、矢紗史と日本語で話していたんだ」
「ほんとにー! そう言えば、矢っちゃんが英語で話している訳はなかったよね。オットー、ギャンブルを辞めてくれて、ほんとに嬉しい! ところで、オットー、どうやってここを見つけたの?」
「だって、ほら、矢紗史たちが新婚旅行でニューヨークに来た時にお店の名刺をくれたじゃない。それより、カッチー、再婚してくれないか? カッチーと一緒に、日本に住みたいんだ」
「オットー、嬉しい! ありがとう!」

暫くの間、オットーは都喜夫と一緒に矢紗史の客間に滞在させてもらいまいた。その間に、香津世は近くの小さなアパートを契約し、再びオットーと暮らし始めました。そして、香津世は、オットーを配偶者として入籍しました。それで、オットーはずっと日本で暮らし、働く権利を得ることが出来ました。その後、就職活動をして、結局、英語会話教室の教師になることが出来ました。オットーは、英語どころか、何も教えた経験はなかったのですが、ネイティブ・スピーカーと言うだけで、一応仕事にありつけたのです。

都喜夫はその後も矢紗史の客間に居候させてもらい、安美香とはしょっちゅう出歩く仲になっていました。その様子を聞いて、香津世は一つ気になっていることがありました。それで、都喜夫と二人だけの時に、その点に触れました。
「都喜夫、安美香ちゃんといつも一緒みたいだね」
「うん。安美香のこと大好きだよ。二人で一緒に居ると恋人同士と思っちゃうんだよね。それでさぁ、この前、『手を繋いでいい?』って聞いたんだけど、簡単に断られちゃったよ」

香津世は矢紗史と初めて映画を見に行った時の事を思い出しました。
「あら、安美香ちゃん、随分しっかりしているわね」
「そして、その時、『手はつながないし、体には触らないってことにしよう』って言うんだ。僕はすごくがっかりしたよ。ところが~、そのすぐ後で、僕の耳元で囁いたことがあるんだ。『結婚するまではね』って。それで、僕たち、結婚することになったよ! まだ、いつかは分からないけど」
「え~! おめでとう! あなた、幸せ者ね!!」

安美香は、高校卒業後、水族館でパートを始め、何年も続けている間にやっと欠員が出たので、職員になりました。都喜夫は安美香に教わって、やっと日本語の読み書きが十分出来るようになりました。また、その間に、安美香の刺激で、魚の事、海の事、環境の事に興味を持つようになりました。それで、現役生よりは少し遅れましたが、東京海洋大学に入学し、海洋環境学を学び、卒業後は、東京湾海洋資源保護団体の職員になりました。そして、都喜夫の卒業と同時に、二人は結婚し、アパートを借りて出て行きました。その約一年後には、娘が生まれ、紗香名と名付けました。

香津世と矢紗史は不思議な気持ちになりました。いつの間にか、同一の孫娘を持つことになったからです。そして、丁度、紗香名が乳離れをするかという頃のことです。香津世の働いていた子象寿司の店舗が、区画整理のため閉店せざるを得なくなったのです。香津世は、少し遠いところにある他の店舗に誘われたのですが、辞めて、平日の昼間、紗香名の子守をすることにしました。それは、都喜夫と十分な時間を過ごさなかったことの償いという意味もありました。また、紗香名を連れて、自分の両親の所もよく訪れました。年老いた両親も、ひ孫が来ると、大変喜んだのです。