勝負は魚で

その日は、香津世の面接の日でした。面接の最中に、そこの経営者が質問しました。
「あの~、昌敷さん、履歴書見ると、随分長いこと働いてないけど、大丈夫? うちのチェーン全体がそうなんだけど、この店舗も売り上げが伸び悩んでいるんだよ」
「確かに、色々と家庭のゴタゴタがありまして。でも、大丈夫です。すし職人の時はしっかり働いていましたから。これからも、全力で働きます。決して悪いようにはしません」

「うん。それじゃぁ。あっ、それから、この辺は移民が多くなってきてて、時々日本語話せない人が来るけど、大丈夫?」
「あ~、何とかなると思います。中学生の時は、真面目に英語の勉強をしてましたから」
「あっ、そう。じゃ~、三か月間は、試用期間だけど、よろしく頼むね」

実は、香津世は、履歴書にニューヨークでの経験を書きませんでした。アメリカかぶれしていると思われたくなかったからです。兎に角、香津世はその子像寿司の小さな店舗で働き始めました。そして、香津世の事なので、必要なことはすべてうまくこなしました。それでも、初心に帰って、新入りとして努力しました。お客さん達にはいつも大きな声で、「毎度ありがとうございま~す!」と挨拶をしました。

香津世が働き始めて暫くした頃、外でお客さん二人が話しているのを耳にしました。
「ねぇ~、なんだか、ここの子像寿司は、値段の割に高級な感じがするわよね。どうしてかしら」
「あたしはね、ここのプラスチックの容器から中身だけ出して、うちのすし桶に入れ替えるのよ。そうすると、うちの人、寿司屋からの出前だと思ってるわよ」
それを聞いて、香津世は一人でにんまりとし、中の調理場で包丁を振り回して、かつての技をやってみたりしました。そして、香津世の努力の甲斐あって、その店舗の売り上げは少しずつ伸びているようでした。

ところで、香津世の年老いた両親のことですが、香津世が一緒に住み、身の回りの手伝いをしてくれるようになって、大変喜んでいました。実際、両親は、もう香津世が日本には帰ってこないと覚悟をしていたのです。正直言って、香津世は、高校受験の失敗以来、両親が自分の事を助けてくれたとは思っていませんでした。ただ、自分も都喜夫の事を精一杯助けてきたのではないということも痛感していました。それで、兎に角、今出来ることをしようと努めたのです。

仕事を始めて暫く経ったある日、丁度仕事が終わった時に、矢紗史から携帯に電話がありました。
「香っちゃん、ちょっとしたニュースがあるので、この後魚屋に寄ってくれない?」
香津世は、魚屋に着いた時、矢紗史と話している人を見て、びっくり仰天しました。