成田への飛行機の中、都喜夫は押し黙ったままでした。初めて来る日本に対する興味よりも、これからの生活に対する不安の方が強かったのでしょう。成田で飛行機から降り、順路に従って歩いている時、香津世の目に入ったのは『おかえりなさい』と書かれた表示板でした。そんな、ありきたりのものでも、なんだか神妙な気持ちになり、誰にともなく「ただいま」と呟きました。思えば、成田から飛び立って30年近くの年月が経っていました。自然と、目が潤んできました。
入国審査を終え、スーツケースを2個ずつ受け取り、税関を過ぎ、一階の到着ロビーに出て、辺りを見回しました。出口に一番近いところに、矢紗史が立っていました。
「香っちゃん!」
「矢っちゃん!」
二人とも涙をこらえるのに必死でした。矢紗史は今度は都喜夫に声を掛けました。
「都喜夫、ぼくの事は分からないと思うけど、香っちゃん、あ~、お母さんと長いこと友達の矢紗史だよ。すっかり大人になったね。ぼくがニューヨークで都喜夫に会った時はまだ生まれて間もなかったからなぁ。それから、志珠香と娘の安美香は家で待ってるよ。車が小さいからって」
車の中では、時折、当たり障りのないことを話したのですが、みんな、黙り気味でした。矢紗史の家に着くと、すぐに、志珠香と安美香が出てきました。香津世は、出来るだけ明るく挨拶しました。
「志珠香さん! お久しぶりです。そして、安美香ちゃん! 初めまして。もう高校生だよね。わたしは香津世です。これは、息子の都喜夫です。お世話になります」
「香っちゃん、ほんとにお久しぶりです」
その時、香津世は、その声が誰のものか分かりませんでした。それを察したように、矢紗史が口を挟みました。
「香っちゃん、びっくりしないでね。安美香が生まれて、子育てを始めたら、志珠香が段々に話すようになったんだよ」
「香っちゃん、新婚旅行の時は何も話さずにごめんなさい。あれから、安美香の顔を見ているうちに、少しずつ話をするようになったんです。なんだか、この子に話方を教わったみたいで」
志珠香はそう言うと、顔を赤くしました。
みんなで荷物を降してから、香津世がいくつかニューヨークからのお土産を渡しました。そして、疲れているだろうからということで、矢紗史と志珠香は、香津世と都喜夫をすぐに客間に案内しました。すると、都喜夫が初めて口を開きました。
「あ~、この年になって、マミーと同じ部屋で寝るのは嫌だな。リビングルームで寝ていい?」
矢紗史と志珠香はお互いに顔を見合わせて、今度は香津世の方を向きました。香津世は困ったような顔をして言いました。
「矢っちゃん達、すみません。わがままな息子で」
「香っちゃんと都喜夫がそれでいいんだったら、ぼく達はいいよ」
「ほんとに、ごめんなさい。こんな調子で矢っちゃん達に厄介になるの、心苦しい」
「香っちゃん、そんなこと言わないでよ。ぼくがどんなに香っちゃんに世話になったか覚えているよね。ぼくが魚屋の後継ぎになれたのは、すべて香っちゃんのおかげだよ!」
魚屋と言えば、香津世が帰国してすぐしたことがあります。矢紗史と共に、魚屋の店主の墓参りをしたことです。店主は、この正反対な二人の人柄を的確に見極め、それぞれにそぐった人生の出発点を与えてくれました。そんな店主を思い出し、二人とも、お墓の前に長いこと立っていました。
入国審査を終え、スーツケースを2個ずつ受け取り、税関を過ぎ、一階の到着ロビーに出て、辺りを見回しました。出口に一番近いところに、矢紗史が立っていました。
「香っちゃん!」
「矢っちゃん!」
二人とも涙をこらえるのに必死でした。矢紗史は今度は都喜夫に声を掛けました。
「都喜夫、ぼくの事は分からないと思うけど、香っちゃん、あ~、お母さんと長いこと友達の矢紗史だよ。すっかり大人になったね。ぼくがニューヨークで都喜夫に会った時はまだ生まれて間もなかったからなぁ。それから、志珠香と娘の安美香は家で待ってるよ。車が小さいからって」
車の中では、時折、当たり障りのないことを話したのですが、みんな、黙り気味でした。矢紗史の家に着くと、すぐに、志珠香と安美香が出てきました。香津世は、出来るだけ明るく挨拶しました。
「志珠香さん! お久しぶりです。そして、安美香ちゃん! 初めまして。もう高校生だよね。わたしは香津世です。これは、息子の都喜夫です。お世話になります」
「香っちゃん、ほんとにお久しぶりです」
その時、香津世は、その声が誰のものか分かりませんでした。それを察したように、矢紗史が口を挟みました。
「香っちゃん、びっくりしないでね。安美香が生まれて、子育てを始めたら、志珠香が段々に話すようになったんだよ」
「香っちゃん、新婚旅行の時は何も話さずにごめんなさい。あれから、安美香の顔を見ているうちに、少しずつ話をするようになったんです。なんだか、この子に話方を教わったみたいで」
志珠香はそう言うと、顔を赤くしました。
みんなで荷物を降してから、香津世がいくつかニューヨークからのお土産を渡しました。そして、疲れているだろうからということで、矢紗史と志珠香は、香津世と都喜夫をすぐに客間に案内しました。すると、都喜夫が初めて口を開きました。
「あ~、この年になって、マミーと同じ部屋で寝るのは嫌だな。リビングルームで寝ていい?」
矢紗史と志珠香はお互いに顔を見合わせて、今度は香津世の方を向きました。香津世は困ったような顔をして言いました。
「矢っちゃん達、すみません。わがままな息子で」
「香っちゃんと都喜夫がそれでいいんだったら、ぼく達はいいよ」
「ほんとに、ごめんなさい。こんな調子で矢っちゃん達に厄介になるの、心苦しい」
「香っちゃん、そんなこと言わないでよ。ぼくがどんなに香っちゃんに世話になったか覚えているよね。ぼくが魚屋の後継ぎになれたのは、すべて香っちゃんのおかげだよ!」
魚屋と言えば、香津世が帰国してすぐしたことがあります。矢紗史と共に、魚屋の店主の墓参りをしたことです。店主は、この正反対な二人の人柄を的確に見極め、それぞれにそぐった人生の出発点を与えてくれました。そんな店主を思い出し、二人とも、お墓の前に長いこと立っていました。

