香津世は、鯖スシの仕事で忙しかったため、息子の都喜夫の世話をずっとベビーシッターに任せていました。当然のことですが、都喜夫はベビーシッターによくなついていて、香津世に対しては、段々よそよそしくなってしまいました。
香津世は都喜夫に、いつも日本語で話しかけるのですが、都喜夫はいつも英語で答えます。香津世は都喜夫にもう少し日本語が出来て欲しいと思い、土曜日に少し遠くにあるニューヨーク補習授業校に通わせました。都喜夫は、これが嫌で嫌で仕方がなく、小学部の途中で、もう絶対行かないと言って辞めてしまいました。それで、日本語の会話は一応できるのですが、実質上、読み書きは出来ない状態でした。
一般に、アメリカの公立高校は中学からそのまま無試験で進むので、高校入学に気を使う必要がありません。それでも、有名大学に子供を入れたい親は、中学の頃からやきもきし始めます。香津世は、都喜夫に自分の失敗の二の舞を踏ませたくありませんでした。それで、この頃から、都喜夫の進路について真剣になり始めました。
そして、香津世の経験と将来の読みから、勝手に、都喜夫はコンピュータ・セキュリティの専門家になったらいいのではないかと思い始めました。都喜夫も、絶対に勝ち抜かなくては、と思っていました。そして、そのためには、当然、一流大学に行く必要があると思いました。
それで、都喜夫がまだ中学生のうちから、将来計画について話し始めたのです。都喜夫の反応はいつも同じでした。
「マミー、僕はまだ中学生だよ! まだ、そんなこと考えたくないよ! 外で遊んでくる」
そう言って、出て行ってしまうのです。
都喜夫が高校に入ると、周りの誰もが大学受験の事を考え始めていました。香津世は大学の経験が全くなかったので、どのように手助けをしたらいいか、戸惑っていました。それで、オットーに助けを求めるのですが、オットーは比較的入りやすい大学に行ったので、やはり、有名校を目指すような受験準備には無縁だったようです。
そして、一番の問題は、都喜夫自身、将来何をしたい、何になりたいという希望がないことでした。それで、香津世が勝手にコンピュータ・セキュリティを学んだら等と言うと、嫌がって、強く反発するのです。そして、アメリカの大学入試は、試験だけでなく、総合的評価が普通です。共通のテスト以外に、高校の内申書、入試エッセイ、課外活動の経験、場合によっては両親の学歴や寄付金の額などまで関係してくるのです。まだ目的意識のない都喜夫にとって、そのような事は、すべて重荷となってのしかかっていました。
学校と家庭両方で、執拗に大学のことを言われて、都喜夫は、とうとう、うつ状態になってしまいました。そのため、成績も落ち、それまで仲の良かった友達ともあまり出歩かなくなってしまいました。香津世は心配しましたが、自分も都喜夫に悪影響を及ぼしているとは気が付かずに、困惑していました。
さて、この頃までには、香津世と矢紗史のやり取りは電子メールになっていました。香津世は正直に悩みを打ち明けました。矢っちゃん、都喜夫の大学受験が近付いてきたんだけど、ストレスからの、うつ状態で、とても受験どころではないの。わたしが高校受験に失敗したころの記憶が蘇ってくる。苦しい。
矢紗史から返事が来ました。香っちゃん、そうだったの。でも、ぼくが覚えている限り、魚屋に来た時の香っちゃんは、すでに持ち直していて、やる気満々だったよね。都喜夫も少し時間が必用なんじゃない?
香津世は都喜夫に、いつも日本語で話しかけるのですが、都喜夫はいつも英語で答えます。香津世は都喜夫にもう少し日本語が出来て欲しいと思い、土曜日に少し遠くにあるニューヨーク補習授業校に通わせました。都喜夫は、これが嫌で嫌で仕方がなく、小学部の途中で、もう絶対行かないと言って辞めてしまいました。それで、日本語の会話は一応できるのですが、実質上、読み書きは出来ない状態でした。
一般に、アメリカの公立高校は中学からそのまま無試験で進むので、高校入学に気を使う必要がありません。それでも、有名大学に子供を入れたい親は、中学の頃からやきもきし始めます。香津世は、都喜夫に自分の失敗の二の舞を踏ませたくありませんでした。それで、この頃から、都喜夫の進路について真剣になり始めました。
そして、香津世の経験と将来の読みから、勝手に、都喜夫はコンピュータ・セキュリティの専門家になったらいいのではないかと思い始めました。都喜夫も、絶対に勝ち抜かなくては、と思っていました。そして、そのためには、当然、一流大学に行く必要があると思いました。
それで、都喜夫がまだ中学生のうちから、将来計画について話し始めたのです。都喜夫の反応はいつも同じでした。
「マミー、僕はまだ中学生だよ! まだ、そんなこと考えたくないよ! 外で遊んでくる」
そう言って、出て行ってしまうのです。
都喜夫が高校に入ると、周りの誰もが大学受験の事を考え始めていました。香津世は大学の経験が全くなかったので、どのように手助けをしたらいいか、戸惑っていました。それで、オットーに助けを求めるのですが、オットーは比較的入りやすい大学に行ったので、やはり、有名校を目指すような受験準備には無縁だったようです。
そして、一番の問題は、都喜夫自身、将来何をしたい、何になりたいという希望がないことでした。それで、香津世が勝手にコンピュータ・セキュリティを学んだら等と言うと、嫌がって、強く反発するのです。そして、アメリカの大学入試は、試験だけでなく、総合的評価が普通です。共通のテスト以外に、高校の内申書、入試エッセイ、課外活動の経験、場合によっては両親の学歴や寄付金の額などまで関係してくるのです。まだ目的意識のない都喜夫にとって、そのような事は、すべて重荷となってのしかかっていました。
学校と家庭両方で、執拗に大学のことを言われて、都喜夫は、とうとう、うつ状態になってしまいました。そのため、成績も落ち、それまで仲の良かった友達ともあまり出歩かなくなってしまいました。香津世は心配しましたが、自分も都喜夫に悪影響を及ぼしているとは気が付かずに、困惑していました。
さて、この頃までには、香津世と矢紗史のやり取りは電子メールになっていました。香津世は正直に悩みを打ち明けました。矢っちゃん、都喜夫の大学受験が近付いてきたんだけど、ストレスからの、うつ状態で、とても受験どころではないの。わたしが高校受験に失敗したころの記憶が蘇ってくる。苦しい。
矢紗史から返事が来ました。香っちゃん、そうだったの。でも、ぼくが覚えている限り、魚屋に来た時の香っちゃんは、すでに持ち直していて、やる気満々だったよね。都喜夫も少し時間が必用なんじゃない?

