香津世が弟子入りした魚屋は比較的大きな個人商店で、経験豊かな店主が切り盛りしていました。店主の他は、数人の弟子が働いていました。香津世は新入りなので、初めは開店中と閉店後の簡単な仕事を割り当てられました。定休日の日曜を除いて週六日、長い時間、魚と他の海産物ばかりを取り扱う毎日でした。楽ではありませんでしたが、香津世はここで少なくとも三年は働くつもりでいました。それは、香津世の今後の計画に必要だと思っていたからです。
その魚屋は家の近所なので、時々、知り合いの人が来ます。自分の母親、友人の家族、そして、時には、高校生になった友人も訪れることがあります。
「あ~、香っちゃん! 元気?」
「うん。高校、どう?」
「今度、学園祭があるんだ。来てよね!」
そんな調子で、高校の楽しそうな話を聞くと、香津世の胸は痛みました。ほんとだったら、わたしは一流の高校に行っているはずなのに。そう思わざるを得ませんでした。それでも、友人の前では、出来るだけ明るく振る舞うように努めました。
その中で一番辛かったのは、中学の時、クラスで成績が二番目だった女の子が買い物に来る時でした。彼女は香津世に強い対抗意識を持っていて、香津世の高校受験失敗まで、いつも、地団太を踏んでいたのです。
「あ~ら、香津世さん! お仕事どう?」
「うん。まあまあ」
「それは、良かったわね! それで~、来年また高校受けないの? 私の後輩になっちゃったりしてね」
「受けないよ! わたし、もう学校が嫌だから!」
当然、これは負け惜しみでした。香津世は、心の中で、今に見ていろ! と思うのでした。そして、この二人ともお互いの心内が分かっていながら、結局、いつも同じような会話をするのでした。
そして、魚屋の仕事はと言えば、一生懸命にやっていたので、次第に、自分の役割は良く出来るようになりました。当然、高校で微積分を学んだりや学園祭に参加するのとは違いますが、それなりに満足感と言うものも覚えました。そして、店主にやる気と能力が認められ、魚市場での仕入れも手伝わせてもらうようになりました。朝が早くなって朝起きは辛いのですが、魚屋で一番頭を使う場面でもあり、香津世の自負心が少しでも満たされたことは事実です。
魚屋の店主は弟子たちを自分の子供のように振る舞い、よく面倒を見てくれました。一人ひとりの状況にそぐった助言をしてくれるし、弟子たちの関係がうまくいくように計らってくれていました。特に、弟子の中で、女性は香津世だけだったので、店主は特別に気を使っていたことも確かです。そして、毎年、年末には忘年会を、また、新入りの歓迎会や、退職者の送別会もしてくれました。それから、店主は弟子たちみんなを、「ちゃん」付で呼ぶのです。それで、弟子たちも自然と、お互いを「ちゃん」付で呼ぶようになりました。店内みんなが「ちゃん」付で呼び合っているのを聞いて、お客さん達は微笑ましく思うのでした。
その魚屋は家の近所なので、時々、知り合いの人が来ます。自分の母親、友人の家族、そして、時には、高校生になった友人も訪れることがあります。
「あ~、香っちゃん! 元気?」
「うん。高校、どう?」
「今度、学園祭があるんだ。来てよね!」
そんな調子で、高校の楽しそうな話を聞くと、香津世の胸は痛みました。ほんとだったら、わたしは一流の高校に行っているはずなのに。そう思わざるを得ませんでした。それでも、友人の前では、出来るだけ明るく振る舞うように努めました。
その中で一番辛かったのは、中学の時、クラスで成績が二番目だった女の子が買い物に来る時でした。彼女は香津世に強い対抗意識を持っていて、香津世の高校受験失敗まで、いつも、地団太を踏んでいたのです。
「あ~ら、香津世さん! お仕事どう?」
「うん。まあまあ」
「それは、良かったわね! それで~、来年また高校受けないの? 私の後輩になっちゃったりしてね」
「受けないよ! わたし、もう学校が嫌だから!」
当然、これは負け惜しみでした。香津世は、心の中で、今に見ていろ! と思うのでした。そして、この二人ともお互いの心内が分かっていながら、結局、いつも同じような会話をするのでした。
そして、魚屋の仕事はと言えば、一生懸命にやっていたので、次第に、自分の役割は良く出来るようになりました。当然、高校で微積分を学んだりや学園祭に参加するのとは違いますが、それなりに満足感と言うものも覚えました。そして、店主にやる気と能力が認められ、魚市場での仕入れも手伝わせてもらうようになりました。朝が早くなって朝起きは辛いのですが、魚屋で一番頭を使う場面でもあり、香津世の自負心が少しでも満たされたことは事実です。
魚屋の店主は弟子たちを自分の子供のように振る舞い、よく面倒を見てくれました。一人ひとりの状況にそぐった助言をしてくれるし、弟子たちの関係がうまくいくように計らってくれていました。特に、弟子の中で、女性は香津世だけだったので、店主は特別に気を使っていたことも確かです。そして、毎年、年末には忘年会を、また、新入りの歓迎会や、退職者の送別会もしてくれました。それから、店主は弟子たちみんなを、「ちゃん」付で呼ぶのです。それで、弟子たちも自然と、お互いを「ちゃん」付で呼ぶようになりました。店内みんなが「ちゃん」付で呼び合っているのを聞いて、お客さん達は微笑ましく思うのでした。

