香津世は、約一年の準備期間の後、エレベーター寿司の第一号店を開店しました。ニューヨークの観光地の真っ只中、タイムズスクエアに至近距離の位置です。すしがエレベーターで運ばれる様は現地人、観光客を問わずに注目され、話題となりました。何より、高層ビル群の街、ニューヨークにふさわしいアイデアなので、地元の報道機関はもとより、海外の報道機関にも紹介されました。
それで、日本の放送局でも、何回となく報道され、香津世も幾度となくインタビューされました。同時に、香津世が寿司・華麗で、着物姿の包丁さばきをする様子も紹介されました。それを見た矢紗史は、その頃安くなってきていた国際電話を掛けてきました。
「香っちゃん! 香っちゃんのエレベーター寿司と包丁さばき、テレビでやってたよ!」
と大変興奮していました。ただ一点、香津世が注意しなければならないことがありました。
「矢っちゃん、ありがとう。だけど、今真夜中で、都喜夫が起きちゃうから、またね。今度は、時差を調べておいてね」
矢紗史だけでなく、魚屋の店主、香津世の両親、以前働いていた寿司店の職員、そして、中学時代の同級生等々、香津世を知っている人々はみんな、香津世の活躍ぶりをテレビで見ました。この時、香津世は思いました。とうとう成し遂げた。わたしは、高校受験で失敗したけど、違う路で、成功したんだ。やっぱり、勝つことが出来たんだ。
その後、残りのエレベーター寿司の支店も開店し、マンハッタンだけでなく近郊でも大きな話題になりました。オットーも鼻高々で、二人は満足な日々を送っていました。ただ、香津世が仕事で忙しくなると、息子の都喜夫の面倒はほとんどベビーシッターに任せっきりになりました。都喜夫は、初め、香津世と日本語で話していたのに、段々とベビーシッターと英語で話すことの方が多くなっていきました。
その後、香津世は事業の管理、経理、技術面すべてを掌握するようになり、益々自信を付けていきました。その頃、以前働いていた寿司レストランの店長、浜地が、複数店舗のコンピュータ・ネットワーク統合について相談してきた時は、気持ちよく、惜しげもなく手伝いました。お礼をしたいと言われても、かつて世話になったし、今は恵まれているからと言って受取りませんでした。
また、矢紗史から手紙が来ました。香っちゃん、この前は夜中に国際電話をしてごめん。あまりに興奮していて時差の事に気が付かなかった。それにしても、凄いね。昔から、香っちゃんは人並でないことは百も承知していたけど、やっぱり、ぼくなんかが想像も出来ないほど凄い人だったんだね。
ぼくは、香っちゃんの成功のニュースを聞いて自分の事のように嬉しいよ。志珠香も凄く喜んでいるよ。それから、魚屋の店主は来る客みんなに、香っちゃんがこの魚屋から育っていったんだって自慢しているよ。それから、その店主なんだけど、そろそろ引退すると言い始めたんだ。そして、ぼくに言ったんだよ。「矢っちゃん、後を継いでくれ」って。
矢紗史の手紙を読んで、香津世も矢紗史の事を自分の事のように喜びました。そして、すぐに返事を書きました。矢っちゃん、おめでとう! 矢っちゃん、ほんとに、地道に、よくやったね。これからの魚屋の繁栄を祈ってるよ! 志珠香さんと店主にもよろしく。
香津世は、その後、数年間はエレベーター寿司の興奮が抑えきれませんでした。ただ、経常収支を注意深く見ていると不安になることもありました。
それで、日本の放送局でも、何回となく報道され、香津世も幾度となくインタビューされました。同時に、香津世が寿司・華麗で、着物姿の包丁さばきをする様子も紹介されました。それを見た矢紗史は、その頃安くなってきていた国際電話を掛けてきました。
「香っちゃん! 香っちゃんのエレベーター寿司と包丁さばき、テレビでやってたよ!」
と大変興奮していました。ただ一点、香津世が注意しなければならないことがありました。
「矢っちゃん、ありがとう。だけど、今真夜中で、都喜夫が起きちゃうから、またね。今度は、時差を調べておいてね」
矢紗史だけでなく、魚屋の店主、香津世の両親、以前働いていた寿司店の職員、そして、中学時代の同級生等々、香津世を知っている人々はみんな、香津世の活躍ぶりをテレビで見ました。この時、香津世は思いました。とうとう成し遂げた。わたしは、高校受験で失敗したけど、違う路で、成功したんだ。やっぱり、勝つことが出来たんだ。
その後、残りのエレベーター寿司の支店も開店し、マンハッタンだけでなく近郊でも大きな話題になりました。オットーも鼻高々で、二人は満足な日々を送っていました。ただ、香津世が仕事で忙しくなると、息子の都喜夫の面倒はほとんどベビーシッターに任せっきりになりました。都喜夫は、初め、香津世と日本語で話していたのに、段々とベビーシッターと英語で話すことの方が多くなっていきました。
その後、香津世は事業の管理、経理、技術面すべてを掌握するようになり、益々自信を付けていきました。その頃、以前働いていた寿司レストランの店長、浜地が、複数店舗のコンピュータ・ネットワーク統合について相談してきた時は、気持ちよく、惜しげもなく手伝いました。お礼をしたいと言われても、かつて世話になったし、今は恵まれているからと言って受取りませんでした。
また、矢紗史から手紙が来ました。香っちゃん、この前は夜中に国際電話をしてごめん。あまりに興奮していて時差の事に気が付かなかった。それにしても、凄いね。昔から、香っちゃんは人並でないことは百も承知していたけど、やっぱり、ぼくなんかが想像も出来ないほど凄い人だったんだね。
ぼくは、香っちゃんの成功のニュースを聞いて自分の事のように嬉しいよ。志珠香も凄く喜んでいるよ。それから、魚屋の店主は来る客みんなに、香っちゃんがこの魚屋から育っていったんだって自慢しているよ。それから、その店主なんだけど、そろそろ引退すると言い始めたんだ。そして、ぼくに言ったんだよ。「矢っちゃん、後を継いでくれ」って。
矢紗史の手紙を読んで、香津世も矢紗史の事を自分の事のように喜びました。そして、すぐに返事を書きました。矢っちゃん、おめでとう! 矢っちゃん、ほんとに、地道に、よくやったね。これからの魚屋の繁栄を祈ってるよ! 志珠香さんと店主にもよろしく。
香津世は、その後、数年間はエレベーター寿司の興奮が抑えきれませんでした。ただ、経常収支を注意深く見ていると不安になることもありました。

