勝負は魚で

香津世はオットーとのデートが重なり、体が触れ合うことが多くなると今までに経験したことない感覚を覚えました。どうしよう。わたし......、体が......、求めている? ひょっとして、これ、ずっと前に矢っちゃんの言っていた、体の一部が言うことを聞かなくなるって言うこと?

それからは、オットーが香津世のアパートへ寄る様になり、次第にそこで寝泊まりするようになりました。オットーの仕事は朝早くから、香津世の仕事は夜遅くまでと、時間差があるためアパートで共に出来る時間は多くはないのです。それでも、毎日会えるようになり、香津世は幸せだと思いました。

そして、オットーと同棲するようになって何か月か経ち、香津世が妊娠していることが分かりました。正直言って、これは、予定外でした。それでも、オットーとの恋の証のようにも思えて、心の準備を始めました。オットーに最初にその事を伝えた時、彼は、一瞬、驚いたようでした。が、すぐに、喜んで、言いました。
「カッチー、おめでとう! 私たち、親になるんだね! すぐに結婚の手続きと結婚式の事を考えようよ。結婚してくれるよね」
「うん。もちろん。オットー、嬉しい! それから、あなたのアパートは引き払って、ここを二人の住所にしようよ。わたし達、家族になるのね!」

香津世は、予定日よりやや遅れて男の子を出産しました。オットーは、子供に日本語の名前を付けたいから、香津世に考えて欲しいと言いました。それで、香津世は息子を都喜夫と名付けました。ローマ字で書くと、Tokioで、明治時代にそのように綴られた、東京の事も示唆しています。

都喜夫の出産後数日して、病院から三人でアパートに帰ってきました。実のところ、香津世もオットーも乳児の世話についての経験も知識もありませんでした。急いで育児書を買って読んだり、時にはオットーの母親に電話で相談することもありました。オットーの母親は三人の子供を育てた人なので、色々な事を教えてくれました。そして、いつも、「何とかなるわよ」と言うのでした。それを聞いて、オットーは、「それ、私の事だよ」と呟くのでした。

少し落ち着いてから、香津世は矢紗史に手紙を書きました。矢紗史からは暫く手紙が来てなかったので、少し気になっていたところでした。矢っちゃん、わたし、恋人が出来て、子供も生まれたの。都喜夫と名付けた。そして、オットーとはもうじき結婚する。矢っちゃんはどうしてる?