勝負は魚で

寿司・華麗はその後も順調で、香津世には、少し余裕が出てきました。それで、時には、客の接待をすることもありました。そんな時に、香津世にアプローチするアメリカ人も少なからずいました。そして、彼らの多くは自分の事を自慢したがります。ただ、彼らの言い方が、香津世には、「自分はどこどこのだれだれで、えらいんだぞ~。デートしたいかぁ?」と言った風に聞こえるのです。香津世はそういう態度が気に入りませんでした。それは、香津世自身のプライドから来る反発だったのかも知れません。あるいは、唯一の男の友人、控えめな矢紗史と比べてしまうからかもしれません。

その中で、オットーだけは、違いました。いつも一人で来て、必ず、香津世と話したがります。そして、香津世もオットーとは打ち解けて話が出来ました。顔かたちは全くアメリカ人なのですが、なぜか、矢紗史を思い起こさせる要素があるのです。その一つは、オットーが三人兄姉弟の末っ子で、少し甘えん坊的なところでしょうか。そして、何とも誠実な感じなのです。平気で自分の失敗談をしたりするし、自分の事を自慢したりはしないのです。それでも、どうやら、比較的大きな電気工事会社の経営陣の一人だそうです。つまり、一応、頼りにはなりそうなのです。

そのオットーが初めて香津世をデートに誘った時の話です。
「カッチー、見たい映画があるんだけど......、一人で行くのちょっと恥ずかしいから、一緒に行ってくれる?」
心の中で、香津世は笑ってしまいました。こっそり思ったのは、矢っちゃんみたいで、可愛い! ということです。でも、面と向かってそんなことは言えないので、笑いをこらえて言いました。
「いいわ、あなたとだったら。何が見たいの?」
「あ~、内緒。映画館に行ってのお楽しみ」
香津世はオットーがまだ映画のことを調べていないと察していました。そして、ほとんど、ほんとは映画が見たいんじゃないでしょ、と言いそうでした。

約束の日は、有名なリンカーンセンターのすぐ近くの映画館の前で待ち合わせました。オットーは先に来ていて、必死に映画のポスターを眺めていました。香津世を見つけると、跳んできて、言いました。
「あ~、良かった、来てくれて! ありがとう」
「当たり前でしょ。約束したじゃない。それで、何が見たいの?」
「これ。『となりのトトロ』」

この時も香津世は笑いをこらえるのに必死でした。香津世は、大の大人が~? と思いました。でも、自分もまだ見たことがなかったし、興味があったので承知しました。
「オットー、随分面白い趣味だね」
「うん。カッチーは日本人だから分からないところを説明してくれるんじゃないかと思って。それに、いつだったか、同じ監督の『風の谷のナウシカ』を見たんだけど、凄く良かったから。そう言えば、カッチー、君、ナウシカに似てない?」
「何言ってんのよ。ナウシカに失礼じゃない。日本のアニメというだけで言ってるんでしょ。兎に角、ナウシカは日本の男性に大もてだったのよ。とても、わたしなんかが、適う訳がないじゃない。引け目を感じさせないでよ」

映画の後は近くのレストランに入って、オットーが香津世に色々と映画についての質問をしました。
「カッチー、あの~、娘たちがお父さんとお風呂に一緒に入っていたじゃない。あれ、日本では普通なの?」
「普通だよ。何か?」
「アメリカでは信じられないよなぁ。性教育の一部?」
「そんな、かしこまったことじゃないよ。単に、一緒に入るのが当たり前なだけだよ。その方がお湯が冷めないし」
「何歳ぐらいまで?」
「もちろん、思春期になったら別だよ」
「ふ~、少し安心したかな」

それからというもの、香津世はオットーと頻繁に出歩くようになりました。そして、香津世は実感したのです。確かにこれはデートだ。手を繋いで、肩を並べ、キスをして。わたし、この年で、初恋?