名古屋駅で新幹線に乗り換え、うとうとと眠りかけていたときだった。
バッグの中で、会社支給のスマートフォンが震えた。
「ん……」
閉じかけていた目を開き、メールを確認する。
新着メールが一件。
【東海パッケージ 西村圭介】
その名前を見た瞬間。
トクン、と心臓が跳ねた。
「……」
トクンって、なによ。
自分で自分に突っ込みながら、恵美はいつの間にか背もたれから体を起こしていた。
件名をタップする。
『鈴鹿様
お世話になっております。東海パッケージの西村です。
本日はありがとうございました。
エッグコーヒー、飲まれたんですね!
お口に合ってよかったです。
次に来たら、バインミーも食べてみてください!』
「……」
恵美は無言で画面を見つめた。
『次に来たら、バインミーも食べてみてください!』
「……なんて、色気がない」
思わず呟いてから、恵美は苦笑した。
いやいやいや。
何を期待していたのだ。
今日初めて会ったばかりの、取引先の技術担当者だ。
色気なんて、あってたまるか。
そもそも自分だって、エッグコーヒーの感想を送っただけではないか。
『私も好きです。』
その一文に何か特別な意味を込めたつもりなど――。
「……」
ない。
ない、はずだ。
それなのに。
ほんの少しだけ肩透かしを食らったような気がしている自分がおかしくて、恵美はまた笑った。
『次に来たら、バインミーも食べてみてください!』
次に来たら。
次。
今回の取引が正式に始まれば、また四日市に行く機会はあるだろう。
打ち合わせが入るかもしれない。
製造の立ち会いだってあるかもしれない。
そうなれば、西村にもまた会うだろう。
「バインミー……」
なんだろう、それは。
この流れで勧めてくるのだから、これもベトナム料理なのだろうか。
聞いたことがあるような気もする。
ないような気もする。
恵美はブラウザを開いた。
検索窓をタップして、『バインミー』と入力する。
あとは検索ボタンを押すだけ。
いつもなら、もう押してる。
けれど。
今日は、親指が止まった。
バインミー。
検索すれば、すぐに分かる。
どんな料理なのか。
どんな味なのか。
どこの店のものが人気なのか。
きっと、すぐに分かるけど――。
少し考えてから、恵美はブラウザを閉じた。
「まあ、いっか」
次に四日市へ来たときに知ればいい。
そのとき食べてみればいい。
おいしいかどうかは、食べてから決めればいい。
恵美はメールアプリへ戻った。
西村からのメールの下にある返信ボタンを押す。
『ありがとうございます。
では、次はバインミーとやらを食べてみようと思います。』
一度読み返す。
『バインミーとやら』
仕事相手に送る文章としては、少しくだけすぎている気もする。
「……まあ、いっか」
今度は生成AIを開くこともなく、恵美は送信ボタンを押した。
スマートフォンをバッグへしまう。
窓の外には、夜の景色が流れていた。
遠くに連なる家々の明かり。
暗い田畑の向こうで瞬く、赤い鉄塔の灯。
ときおり駅の明るいホームが現れては、あっという間に後ろへ消えていく。
次に四日市へ来たら、バインミーを食べてみよう。
西村に、おすすめを聞いてみてもいいかもしれない。
恵美は窓の外を眺めながら、口元を緩めた。
次の三重出張が、少し楽しみだった。
(おわり)
バッグの中で、会社支給のスマートフォンが震えた。
「ん……」
閉じかけていた目を開き、メールを確認する。
新着メールが一件。
【東海パッケージ 西村圭介】
その名前を見た瞬間。
トクン、と心臓が跳ねた。
「……」
トクンって、なによ。
自分で自分に突っ込みながら、恵美はいつの間にか背もたれから体を起こしていた。
件名をタップする。
『鈴鹿様
お世話になっております。東海パッケージの西村です。
本日はありがとうございました。
エッグコーヒー、飲まれたんですね!
お口に合ってよかったです。
次に来たら、バインミーも食べてみてください!』
「……」
恵美は無言で画面を見つめた。
『次に来たら、バインミーも食べてみてください!』
「……なんて、色気がない」
思わず呟いてから、恵美は苦笑した。
いやいやいや。
何を期待していたのだ。
今日初めて会ったばかりの、取引先の技術担当者だ。
色気なんて、あってたまるか。
そもそも自分だって、エッグコーヒーの感想を送っただけではないか。
『私も好きです。』
その一文に何か特別な意味を込めたつもりなど――。
「……」
ない。
ない、はずだ。
それなのに。
ほんの少しだけ肩透かしを食らったような気がしている自分がおかしくて、恵美はまた笑った。
『次に来たら、バインミーも食べてみてください!』
次に来たら。
次。
今回の取引が正式に始まれば、また四日市に行く機会はあるだろう。
打ち合わせが入るかもしれない。
製造の立ち会いだってあるかもしれない。
そうなれば、西村にもまた会うだろう。
「バインミー……」
なんだろう、それは。
この流れで勧めてくるのだから、これもベトナム料理なのだろうか。
聞いたことがあるような気もする。
ないような気もする。
恵美はブラウザを開いた。
検索窓をタップして、『バインミー』と入力する。
あとは検索ボタンを押すだけ。
いつもなら、もう押してる。
けれど。
今日は、親指が止まった。
バインミー。
検索すれば、すぐに分かる。
どんな料理なのか。
どんな味なのか。
どこの店のものが人気なのか。
きっと、すぐに分かるけど――。
少し考えてから、恵美はブラウザを閉じた。
「まあ、いっか」
次に四日市へ来たときに知ればいい。
そのとき食べてみればいい。
おいしいかどうかは、食べてから決めればいい。
恵美はメールアプリへ戻った。
西村からのメールの下にある返信ボタンを押す。
『ありがとうございます。
では、次はバインミーとやらを食べてみようと思います。』
一度読み返す。
『バインミーとやら』
仕事相手に送る文章としては、少しくだけすぎている気もする。
「……まあ、いっか」
今度は生成AIを開くこともなく、恵美は送信ボタンを押した。
スマートフォンをバッグへしまう。
窓の外には、夜の景色が流れていた。
遠くに連なる家々の明かり。
暗い田畑の向こうで瞬く、赤い鉄塔の灯。
ときおり駅の明るいホームが現れては、あっという間に後ろへ消えていく。
次に四日市へ来たら、バインミーを食べてみよう。
西村に、おすすめを聞いてみてもいいかもしれない。
恵美は窓の外を眺めながら、口元を緩めた。
次の三重出張が、少し楽しみだった。
(おわり)
