近鉄四日市駅から、名古屋行きの特急に乗り込む。
指定された窓側の席に腰を下ろすと、恵美は大きく息をついた。
ずいぶん歩いたせいか、少し足が重い。
けれど、気分は軽かった。
やがて特急がゆっくりと動き出す。
恵美は膝の上にバッグを置き、ノートパソコンを取り出した。
まだ、仕事がひとつ残っている。
東海パッケージへのお礼と、今日の確認事項についてのメールだ。
メールソフトを立ち上げ、新規メールを作成する。
宛先には、これまでやり取りをしていた営業担当者と、西村のアドレス。
本日の工場視察への礼。
確認できた内容。
追加で送ってもらいたい資料。
今後のスケジュール。
慣れた手つきで書き終え、上から読み返す。
誤字はない。
日付も合っている。
添付漏れもない。
問題なし。
あとは送るだけだ。
ポインタを送信ボタンへ動かして――手が止まった。
宛先に並んだ、西村の名前が目に入る。
「……」
恵美はポインタを本文の末尾へ戻した。
少し考えてから、キーボードを打つ。
『西村様
教えていただいたエッグコーヒー、帰りに飲んできました。
本当にプリンみたいでした。
私も好きです。』
そこで、指が止まった。
『私も好きです。』
「……」
もちろん、エッグコーヒーの話だ。
その直前にちゃんと書いてあるのだから、誰が読んでも分かる。
分かるのだけれど。
なんだろう。
この、妙な感じは。
恵美は背もたれに体をあずけた。
窓の外では、街灯のともり始めた四日市の街並みが後ろへ流れていく。
もう一度、画面を見る。
『私も好きです。』
今日初めて会った、取引先の男性だ。
仕事のメールに書くには、少しくだけすぎていないだろうか。
馴れ馴れしいと思われないだろうか。
恵美は文章を書き換えた。
『私もおいしいと思いました。』
「……違うな」
すぐに元へ戻す。
『私も好きです。』
こっちの方が、今の気持ちには近い。
けれど、やっぱり気になる。
恵美はブラウザを開いた。
ブックマークしてある生成AIのページを呼び出し、入力欄に文字を打つ。
『取引先の男性に送るメールです。以下の文章が馴れ馴れしい印象にならないか確認してください。』
そこまで打って、指が止まった。
「……」
なんだか、ついさっきも似たようなことをした気がする。
エッグコーヒーを注文する前。
『エッグコーヒー 味』
そう打って、検索するのをやめた。
恵美は生成AIの入力欄を見つめた。
それから、打ち込んだ文章をすべて消した。
メール画面へ戻る。
『私も好きです。』
エッグコーヒーの話だ。
そして実際、好きだと思った。
それなら、これでいい。
恵美はポインタを送信ボタンに合わせた。
ほんの一瞬だけためらってから、クリックする。
「あ」
送信済みの表示に切り替わった。
送ってしまった。
べつに、失礼なことを書いたわけではない。
たった一文。
『私も好きです。』
それだけなのに。
どくん、と心臓が一度だけ大きく鳴った。
「……なんで」
自分でもよく分からない。
恵美はパソコンから目をそらし、窓の外を見た。
線路沿いの住宅。
小さな畑。
遠くに見える工場の煙突。
見慣れない景色が、次々と後ろへ過ぎていく。
恵美はしばらくそれを眺めてから、もう一度パソコンへ目を落とした。
指定された窓側の席に腰を下ろすと、恵美は大きく息をついた。
ずいぶん歩いたせいか、少し足が重い。
けれど、気分は軽かった。
やがて特急がゆっくりと動き出す。
恵美は膝の上にバッグを置き、ノートパソコンを取り出した。
まだ、仕事がひとつ残っている。
東海パッケージへのお礼と、今日の確認事項についてのメールだ。
メールソフトを立ち上げ、新規メールを作成する。
宛先には、これまでやり取りをしていた営業担当者と、西村のアドレス。
本日の工場視察への礼。
確認できた内容。
追加で送ってもらいたい資料。
今後のスケジュール。
慣れた手つきで書き終え、上から読み返す。
誤字はない。
日付も合っている。
添付漏れもない。
問題なし。
あとは送るだけだ。
ポインタを送信ボタンへ動かして――手が止まった。
宛先に並んだ、西村の名前が目に入る。
「……」
恵美はポインタを本文の末尾へ戻した。
少し考えてから、キーボードを打つ。
『西村様
教えていただいたエッグコーヒー、帰りに飲んできました。
本当にプリンみたいでした。
私も好きです。』
そこで、指が止まった。
『私も好きです。』
「……」
もちろん、エッグコーヒーの話だ。
その直前にちゃんと書いてあるのだから、誰が読んでも分かる。
分かるのだけれど。
なんだろう。
この、妙な感じは。
恵美は背もたれに体をあずけた。
窓の外では、街灯のともり始めた四日市の街並みが後ろへ流れていく。
もう一度、画面を見る。
『私も好きです。』
今日初めて会った、取引先の男性だ。
仕事のメールに書くには、少しくだけすぎていないだろうか。
馴れ馴れしいと思われないだろうか。
恵美は文章を書き換えた。
『私もおいしいと思いました。』
「……違うな」
すぐに元へ戻す。
『私も好きです。』
こっちの方が、今の気持ちには近い。
けれど、やっぱり気になる。
恵美はブラウザを開いた。
ブックマークしてある生成AIのページを呼び出し、入力欄に文字を打つ。
『取引先の男性に送るメールです。以下の文章が馴れ馴れしい印象にならないか確認してください。』
そこまで打って、指が止まった。
「……」
なんだか、ついさっきも似たようなことをした気がする。
エッグコーヒーを注文する前。
『エッグコーヒー 味』
そう打って、検索するのをやめた。
恵美は生成AIの入力欄を見つめた。
それから、打ち込んだ文章をすべて消した。
メール画面へ戻る。
『私も好きです。』
エッグコーヒーの話だ。
そして実際、好きだと思った。
それなら、これでいい。
恵美はポインタを送信ボタンに合わせた。
ほんの一瞬だけためらってから、クリックする。
「あ」
送信済みの表示に切り替わった。
送ってしまった。
べつに、失礼なことを書いたわけではない。
たった一文。
『私も好きです。』
それだけなのに。
どくん、と心臓が一度だけ大きく鳴った。
「……なんで」
自分でもよく分からない。
恵美はパソコンから目をそらし、窓の外を見た。
線路沿いの住宅。
小さな畑。
遠くに見える工場の煙突。
見慣れない景色が、次々と後ろへ過ぎていく。
恵美はしばらくそれを眺めてから、もう一度パソコンへ目を落とした。
