星のないエッグコーヒー

駅へ向かって十分ほど歩いたころ、道路沿いに並ぶ建物の間に、鮮やかな赤い看板が見えた。

小さな店だった。
ガラス窓には料理の写真が並び、看板には見慣れない文字が書かれている。

外国料理の店だろうか。

恵美はそれ以上気に留めず、通り過ぎようとした。

そのとき、窓の端に貼られた一枚の紙が目に入った。

『ベトナムカフェ』

「あ」

もしかして。

そう思い当たったときには、もう店の前を通り過ぎたあとだった。

三歩。
……四歩。
…………五歩。

恵美の足が止まった。

振り返る。

そういえば、休憩室で口コミサイトを開いたとき、画面に表示されていた外観はあんな感じではなかったか。

『本当においしいんですよ』

紙コップを片手に、楽しそうに話していた西村の姿が浮かんだ。

恵美はしばらく赤い看板を見つめた。

そして、くるりと踵を返した。

来た道を五歩戻る。

改めて店の前に立つ。

白い外壁はところどころ薄く黒ずみ、軒先の赤いテントも端の方が色褪せている。
ガラス窓には料理の写真や、見慣れない文字で書かれたポスター、小さなステッカーが隙間なく貼られていた。

たしかに、初めて一人で入るには少し勇気がいる。

検索画面の記憶が脳裏をよぎる。

口コミは一件もない。
評価の星も、ついていなかった。

「……」

『見た目はちょっと入りにくいかもしれないですけど、中はきれいですよ』

ちょっと、だろうか。

ガラス越しに中をのぞいてみる。
けれど、西日が窓いっぱいに反射していて、店内の様子はよく見えなかった。

扉には、小さな木製の札が下がっている。

『OPEN』

恵美はドアに手をのばした。

カラン、と小さくベルが鳴った。