星のないエッグコーヒー

名古屋駅から近鉄特急に乗り込み、指定席に腰をおろすと、恵美はまず、スマートフォンを充電した。

画面右上の表示は、87%。

バッテリーマークに小さな稲妻が現れると、ほっと息を吐いた。
東京から乗ってきた新幹線では、あいにくコンセントのない席だった。

恵美は、残量が減っているとどうにも落ち着かないのだ。

今日の目的地は、三重県四日市市。

大学卒業後、東京のお菓子メーカー「彩菓堂」に入社して七年目。
恵美にとって、今日は久しぶりの出張だった。

新しい取引先候補である包装資材メーカーの工場を視察し、品質や製造工程に問題がないかを確認する。
ここまで何度も条件を詰めてきた。今日問題がなければ、取引開始へ大きく前進する。

先方との約束は十三時半。

近鉄四日市駅への到着は十一時二十四分だから、その前に昼食を済ませる時間も十分にある。

恵美は充電中のスマートフォンを手に取り、検索窓へ文字を打ち込んだ。

『四日市 ランチ』

とんかつ、ラーメン、ベトナム料理、洋食、カフェ、和食――。
検索結果に、ずらりと店が並んだ。

一番上に出てきたのは、とんかつ屋だった。
クチコミの評価も高く、写真もおいしそうだ。

「ここ、いいかも」

だが、地図を開いてみると駅から徒歩十二分。しかも、これから向かう工場とは真逆の方向だった。

少し遠い。

恵美は「戻る」をタップした。

二番目はラーメン。
ラーメンは別にいいや。

三番目はベトナム料理。
星もクチコミもひとつもついていない。

それもとばして――。

海鮮丼の店はおいしそうだったが、「写真と実物が違う」というクチコミを見つけて閉じた。

次に目にとまったのは、洋食屋だった。
値段も手頃で、オムライスも悪くない。駅から徒歩三分。立地もいい。

これは期待できそうだ。

そう思いながらクチコミを開く。

『混んでいたせいか、注文してから二十五分くらいかかりました』

「二十五分……」

駅から三分。
信号を考えて五分。
入店して注文するまで五分。
提供まで二十五分。
食べるのに二十分。
会計に五分。

うん。却下。

約束の時間に遅れるほどではない。
それでも、落ち着かない。

次に見つけた店は評価も高かったが、「平日でも並びました」というクチコミを見て候補から外した。

さらに次の店は、定休日。

「……うーん」

どの店も、決して悪くはない。
むしろ、気になる店はいくつもある。

けれど、どこにもひとつずつ、引っかかるところがある。

そして一度見つけてしまった引っかかりを、見なかったことにするのが、恵美は苦手だった。

「決まらないな……」

近鉄四日市駅で降りると、結局、恵美は東京でもよく行くチェーン店に入り、メニューも見ずにフレッシュトマトとモッツァレラチーズのパスタを注文した。