恋じゃないふりをして

「やっと、着いた!」

日曜日の早朝、ひよりの希望により、隼人と一緒に埼玉県秩父の三峯(みつみね)神社へ向かった。
 相模原から電車とバスを乗り継いで3時間半。
 ようやく目的地に辿り着き、バスを降りたひよりは嬉しそうに伸びをした。
 
 カシャッ。

 隼人が首から下げたミラーレス一眼のシャッターを切る。
 
「何で今?!」
「いい顔してたから」

隼人はカメラの画面を見てくすりと笑う。

「もう。せっかく良いカメラなんだから、私じゃなくて神社撮ってよ」
「何のために小遣い貯めて買ったと思ってんだよ」
「何のため?」

隼人はカメラを構えてファインダー越しにひよりを捉えた。

「彼女を撮るため」

小気味よいシャッター音が鳴る。
 
「な、何言ってんの」

ひよりはそっぽを向いて歩き出す。

「待てよ」

隼人がひよりの隣に並ぶ。
 ひよりは足を止めて手を差し出す。
 
「私のこと撮ってばかりいたら、置いてくからね」
「はいはい」

隼人はひよりの手を握って微笑んだ。
 どちらかともなく指を絡めて恋人繋ぎをする。
 2人は手を繋いだまま坂を上り、拝殿を目指す。
 道の脇に生い茂る木々の下を進んでいくと、大小3つの白い鳥居が見えた。
 大きな鳥居を挟むように、両側に小さな鳥居がある。
 ひよりは、鳥居の両脇にある狼の像に向かって走り出した。

「隼人、見て! 狛犬じゃなくて、狼なんだよ! これが見たかったんだ~」

顔を綻ばせて、スマホで狼の像を様々な角度で撮影しながら語り始める。

「大口真神(おおくちのまかみ)って呼ばれてる神様の使いなんだけど、親しみを込めてお犬様とか、御眷属様とも言われてるんだよ」
「日本武尊(やまとたけるのみこと)を三峯山に案内した狼なんだろ?」

狼の像を撮るひよりに一眼を向けた隼人が問いかける。
 ひよりはスマホから顔を上げて、驚いた顔で隼人を見る。

「よく知ってるね」
「予習したから」

隼人はすかさずシャッターを切る。
 頬を赤らめて口元緩めるひよりが画面いっぱいに映る。

 私の好きなこと、隼人も興味持ってくれてる。
 ニセ彼女の時から、隼人はそうだった。
 誰かと一緒に好きなことをやりたい。
 私の一番の願いを、隼人は叶えてくれた。
 好きな人と好きなことを共有できるのって、こんなに嬉しいんだ。
 
 胸の奥から、じんわりと温かいものが込み上げる。
 
「ひより?」

俯くひよりの顔を隼人が覗き込む。
 風が吹いてひよりの前髪をかき上げる。
 目の前にある隼人の顔に、ひよりの心臓が大きく跳ねる。
 
 私、こんなに隼人のこと好きになってたんだ……。

「隼人、ありがとう」
「え?」
「私のこと、好きになってくれて」

ひよりは頬を染めて、晴れやかな笑顔を浮かべる。

「……!」

隼人は息を呑む。胸がきゅっと締め付けられる。

「行こう。まだまだ見るものいっぱいあるよ」

隼人の手を取って歩を進めるひよりに聞こえないよう、隼人は口元を押さえて呟いた。
 
「今のは、反則だろ」

白い鳥居を潜って坂を上り続けた先に、青銅鳥居が現れた。その先に構える拝殿でお参りをし、更に奥へ進んでいく。
 神の使いである狼を祀る御仮屋神社で手を合わせる。
 隼人は三峯神社のパンフレットを開き、境内マップを確認する。

「”えんむすびの木”なんてあるんだ」
「うん。すぐそこだよ」

少し歩いたところに小さな賽銭箱が置かれている拝み処があり、その後ろにしめ縄で結ばれているヒノキとモミの木が生えている。

「違う木が寄り添ってるように生えてるから、えんむすびの木って言われてるみたいだよ」
「へえ。俺たちみたいだな」
「えっ?」
「全然違うのに、くっついてるところ」
「……そうだね。隼人、民俗学のこと全然興味なかったもんね」
「ひよりと出会わなかったら、神社巡りしようなんて思わなかったよ」
「だよね」

ひよりは仲良く寄り添うヒノキとモミの木に手を合わせて目を閉じる。
 ふと、疑問が浮かんだ。

 隼人って、何が好きなんだろう。
 私みたいに熱中すること、何かあるのかな。
 隼人の好きなこと、一緒にやってみたい。
 隼人のこと、もっと知りたい。

「ねえ、隼人」
「ん?」
「隼人は何か好きなことあるの?」
「俺? ひよりとは逆かな。こういう自然のある所もいいけど、街中を見るのけっこう好きかな」
「街って、ビルとかお店とか?」
「うん。店とか施設を見て、何でここに人が集まるのか、どうしたらもっと人が来るかとか考えるの好きだな。マーケティングリサーチみたいで楽しい」
「自分の会社創りたいって言ってもんね。じゃあ、隼人の好きな所、行こう」
「デートに誘ってる?」

いたずらっぽく笑う隼人に、ひよりは素直に頷いた。

「うん」

隼人は意外そうに目を丸くする。

「今日のフィールドワークは終わり。隼人が行きたい所教えて。ていっても、相模原に帰る頃には夕方になってるけど」
「夕方か。ちょうどいい所あるな。行くか」
「どこに?」
「それは行ってからのお楽しみ」

人差し指を立ててウィンクをする。きざっぽい仕草がやけに似合う。ひよりは改めて隼人の顔をまじまじと見てぽつりと零した。

「イケメン……かも」
「かもって何だよ。ひより、マジで俺の顔に興味ないな。やっぱ変わってる」
「悪い?」
「いや。そこがひよりらしくて、好き」

ストレートな言葉がひよりの胸に突き刺さり、体温が上昇する。

「……もう」
「照れてる? かわいいところあるじゃん」
「か、からかわないでよ!」

ひよりは頬を膨らませて足早に歩いていく。
 隼人はおかしそうに笑ってひよりの後を追いかけた。

 三峯神社を出て、相模原方面に戻っていった。
 電車の席に座ると揺れが心地よく、ひよりの瞼が重くなる。
 眠気に負けて、頭がかくんと前に倒れそうになっては戻るを繰り返すひよりを、隼人はさりげなく肩で支える。
 ひよりの頭が隼人の肩に乗り、寝息をたて始めた。
 隼人は微笑を湛え、駅に着くまでの間ひよりの寝顔を眺めていた。

「ひより、次で降りるぞ」

隼人の声で目が覚めたひよりは、はっとして隼人の肩から頭を離した。

「あ、ごめん。寝てた」
「いいよ。寝顔かわいかったから」
「な、何言ってんの!」
 
耳元で囁かれ、ひよりは真っ赤になった耳を押さえた。
 電車が止まり、隼人がひよりの手を取って席を立つ。
 
「行くぞ」

他の乗客たちも一斉に降りていく中、ひよりはのまれないよう隼人の手をきつく握った。
 改札を出た先には、見覚えのある商業ビルが立ち並んでいる。

「ここって、町田駅?」
「今気づいたのか。前にここでデートしたの覚えてる?」
「デートっていうか、服選んでパンケーキ食べて、それで……」

 桜さんの話を聞いたんだった。
 メルヘンな名前のパンケーキ食べながら。

「隼人、あの時、誰も好きにならないって言ってたよね」
「あの時はそう思ってた。でも、多分あの時にはもうひよりのこと意識してたかも」
「そうだったの? 俺のこと好きになるなって言ってたくせに」
「……ひよりが、自分の前では素の隼人でいたらいいって言ってくれたから」
「私からしたら、王子演じてる隼人の方がニセものっぽかったよ」
「だからニセ王子って言ってたのか」
「うん。けど、王子とニセ王子、どっちも隼人なんだよね」

隼人は瞬きをしてひよりを見る。

「……どっちも俺、か」
「でもさ、みんなの前で隠してたニセ王子見せちゃったのは、ちょっと残念だった」
「何でひよりが残念がるんだよ」
「だって、ニセ王子の隼人は私しか知らないって思ってたから」
「それもしかして、嫉妬ってやつ?」

どこか嬉しそうににやつく隼人からひよりはさっと、目を逸らす。

「そ、それは……。嫉妬、なのかな?」
「俺に聞くなよ」

隼人はははっと笑いながら、小田急百貨店の中に入っていく。

「隼人の行きたかった所、ここなの?」
「ここの屋上。街が見渡せて景色いいんだけど、人が少ないから穴場なんだ」
「へえ」

エレベーターでレストラン街まで行き、中庭に出て螺旋階段を上ると、開けた屋上に出た。
 夕焼け空の下、たくさんのカラフルなベンチが等間隔に並んでいる。隼人のいう通り人がまばらで、閑散としている。
 柵の向こうには、夕日に染まった小田急線の線路やビル、マンションなどが見下ろせる。その向こうには丹沢・大山の山並みが広がっており、都市と自然、両方の景色を望める。
 
「いい景色だね」
「だろ。天気がいい時はスカイツリーも見える」

隼人はカメラを構えてシャッターを切る。
 
「こういうとこから街見るの好きなんだ。電車が入ってきて、人が降りて、店に流れてくの見てると、なんでここに人が集まるのか分かるだろ」

弾んだ口調で話す隼人の瞳が、いつになく輝いて見える。

「私と隼人は真逆だね」
「真逆?」
「私は昔の人が何を信じて、どう生きてきたのか、今に繋がる過去を知りたいって思うけど、隼人は人間が作り上げていく街とか市場とか、これからの未来に興味があるんだなって」
「過去と未来、確かに真逆だな」
「だから、面白いの。隼人の話、もっと聞きたい」

微笑むひよりの顔が茜色に染まる。
 隼人は目をみはり、ひよりを見つめる。

「……ひより、変わったな。最初は、自分のことすら全然話してくれなかったのに」
「隼人が言ってくれたから」
「俺?」

ひよりは柵の向こうに広がる街へ目を向ける。

「私の好きなこと、もっと聞きたいって言ってくれたでしょ。だから今度は、私が知りたい」

隼人が作りたい会社。
 行きたい大学。
 その先に思い描いている未来。
 隼人について知らないことがたくさんある。
 だから……。

「隼人のやりたいこと、好きなこと、もっと聞きたい。隼人がやりたいこと、応援したいの」
「……それ、ずっと付き合ってくれるってこと?」 「え?」
「俺の夢が叶うまで」

ひよりは一瞬考えて、笑う。

「うん。いいよ」
「何年かかるか分かんないぞ」
「隼人だって言ったじゃん」
「何を?」
「私の行きたいところ、どこまででもついて行くって」

隼人が息を呑む。

「だから、私もついて行く。……隼人の夢が叶っても、隼人の傍で応援したい」
「なんか、プロポーズみたいだな」
「ち、違う! そういう意味じゃなくて、ずっと応援してるって言いたかっただけで……」
「あはは。分かってるって」

静かに笑う隼人の瞳が夕日で煌めく。
 隼人はひよりへ手を差し出した。
 
「ひよりが応援してくれるならもっと頑張れる。これからも俺の傍にいてほしい」

ひよりは迷わず、自分の手を重ねる。
 
「うん」

初めてこの手を取った時は、恋人のふりをするためだった。
 だけど、今は違う。

 欲しいものは、どうせ手に入らない。
 ずっと、そう思っていた。
 でも、隼人と出会って分かった。
 欲しいものがあるなら、諦めないで手を伸ばせばいい。
 誰かに決めつけられても、自分の気持ちは自分で決めればいい。

 私はもう、自分の気持ちに気付かないふりはしない。
 ――もう、恋じゃないふりをする必要はない。
 
 繋いだ手に力を込める。
  隼人も、同じ強さで握り返してくれた。

「隼人、次はどこ行く?」
「どこでも。ひよりと一緒なら」
「それじゃ決まらないでしょ」

2人で笑いながら、夕暮れの街へ歩き出した。