新星は死ぬまでに

「本当に良いのか?今ならこいつら全員の記憶を消し飛ばせるが」
 そう言いながらも、ヴァイレート様は笑っていた。堂々とした足取りで、壇上に向かって歩いていく。そんな姿を目にして、私は胸の前で拳を握りしめる。
「はい。私は、ヴァイレート様の魔力を継承します!」
 言い放った私のもとには、驚愕とも非難ともつかないざわめきがやってくる。それぞれの言葉に立ち向かうために、足元にぐっと力を込めた。
 壇上に立った彼に、やっぱり「本物」だと思う。そこにいるだけで空気が変わってしまうような、あまりにも美しくて強い姿だった。スポットライトが照らした髪は朝の雪みたいに眩しくて、思わず私は目を細める。
「今日表彰式に参加してくれた者たちに、まずは礼を言おう。驚かせてしまってすまなかった。その上で、僕はノマに魔力を継承させようと思う」
 ざわめきはさらに大きくなっていた。ただ私一人のときと違って、嫌味のようなため息は聞こえない。
「どうして彼女を選んだのですか、ヴァイレート卿?」
 視界の左の方で、レーチェ侯爵が手を挙げる。ひらひらと手を揺らした彼は、私の方を見てウィンクした。
「よく聞いてくれたな、レーチェ侯爵。彼女は僕と初めて会った時、人間を辞めたいと言ったんだ」
「ふふ、不思議な方ですね」
「不思議だろう。不思議だからこそ、彼女は人の命を救うことができる。ノマが僕の魔力を継承すれば、もっとこの世界は良くなる」
 もう足は震えなかった。胸の奥が熱くなり、私は瞬きすらできなかった。

「私は賛成ですよ」
 レーチェ侯爵の肯定に、貴族たちの空気が変わる。
「皆さまの困惑は承知ですが……私からも彼女に一票を。虐げられながらも世界のために奔走する彼女に、世界を託しましょう」
 最初は一つだった。どこからか起こった拍手が、徐々に広間を満たしていく。
 認められるのは一瞬だと思った。きっとこの人たちは私に失望することもあるだろう。責められることだってあるだろうし、私だって逃げたくなることもあるに決まっている。でもそんなことがあった時にも、後悔だけはしないと思った。
 壇上から目くばせをしてくるヴァイレート様に頷いて、私は足を踏み出した。
 彼が指を鳴らすと、ステージの上に人影が現れる。
「……ミレネさん!」
「お待たせいたしました、ノマさん」
 手袋をつけた彼の手には、あの魔石が乗せられている。一見したところ傷はなく、いつもと変わらない彼の姿に安心した。それに気づいたのか、彼は不敵な笑みを浮かべる。
「俺はそんなにひ弱ではありません。まあヴァイレート様よりは弱いですが、そう簡単に死んだりしませんよ」
「……心配しましたよ」
 私に微笑みを返したミレネさんは、ヴァイレート様に向き直る。
「今までこの国を――世界を守っていただいたことに深く感謝いたします。貴方の決断を尊重し、祝福しましょう」
「ありがとう、ミレネ。お前は最高の友だ」

 ヴァイレート様はミレネさんから石を受け取り、いつになく丁寧な手つきでその輪郭をなぞった。観客も私も、彼の指先に意識を奪われる。
「ノマ、来い。お前に魔力を授ける」
「――はい!」
 一段、また一段。噛み締めるように階段をあがる。
 私の前に立っているヴァイレート様は、微笑みながらその右手を差し出した。
 ゆっくりと手を取ると、彼は嬉しそうにまた笑った。
「ヴァイレート様。今までありがとうございました」
「ああ。こちらこそ世話になったな」
「これからも、よろしくお願いします」
「僕の魔法が解けても、最強でなくなっても。そばにいてくれるか?」
 もちろんですと返すと、ヴァイレート様は長い睫毛を伏せた。
 私も思わず笑顔になる。

 彼が石を掲げると、赤い魔方陣が足元に浮かび上がる。ぐるぐると回るそれの上に立って、私はヴァイレート様を見つめた。
 いつの間にか、会場全体が眩いばかりの光で満たされている。
 彼の大きな声が轟く。
『ここに、ノマ・ラフメルの魔力継承を認めよう!』

 ――視界が真っ白になる。
 一面が白かった。天井も壁もない空間の中、私はびりびりする手を押さえた。
 私の前にいたのは、しゃがみこんでいる一人の少女だった。金髪は見るも無残に乱れていて、着ている服もあちこち破れている。
「……大丈夫?」
 私の声に顔を上げた少女には、よく見覚えがあった。
『あなた、今は楽しいと思えてる?……生きていたいって、思えてるかな』
「うん。上手くいくことばかりじゃなかったけど、これからも生きていくと思う」
『大事な人とか、できた?お母さんとお父さんに恥じないように生きられた?』
「うん。私なりに頑張ったよ」
 そっか、と少女はまた顔を伏せた。
 痩せ細った彼女の――あの時の私の手を取る。
「私、まだ死なない。あなたがそう思えるように、私、生きるから」
『あなたが本当に幸せなのか、本当に後悔しない人生を歩めるのか私には分からないけれど』
 彼女は声に出す。落としたものを探すように、沈んだものを拾うように。

『あなたは、人間を辞められた?』
 ずっと、彼女の世界にはそれしかなかった。人を辞めることが、唯一彼女の生きる道だったからだ。
 私は右手を差し伸べる。
「どうかな。辞めたってみんな言うだろうし、あなたが思うよりずっと強くはなるんじゃないかな。……でも、私は辞められたわけじゃないと思う」
 涙で濡れた彼女の顔を見て、私の視界も歪んだ。
「私は人じゃなくなりたかったんだよね、ずっとそれを支えに生きていたんだもん。でも、あなたがなりたいのって、本当にそれなのかなって最近思うんだ」
 理解できない、という顔をされた。
「あなたがなりたいのは、強くて優しい人だよ。あなたがこれから出会って、大好きになる人!」
 手を差し出す。
「あなたがなりたかった存在に、私はなるから!」
 彼女は震える手を伸ばしてくる。
 それが私の手のひらを掴んだ瞬間、私は気づいた。
 ああ、私はずっと強かったんだ。


 だんだんと戻って来た視界の中、目の前の光景に目を凝らす。手の痺れはいつのまにか消えていて、私はヴァイレート様の前にただ立っていた。
 儀式は終わったのだろう、彼は私に向かって問いかけた。
「大丈夫か?ノマ。気分はどうだ」
「元気ですよ、ヴァイレート様。私は最強の魔法使いなので」
「はは、そうか」
 私は思いっきり右手を伸ばした。人差し指の先から溢れ出た光が、広間全体を包み込む。
 ずっと見たかった景色って、きっとこんな感じだったんだと思う。大好きな人たちと、好きでいられる自分を見つけられるような景色。

「改めてお世話になります。ノマ・ラフメルをよろしく」