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取材先であるホテルへ到着すると、担当者が来るまでロビーで待っていてほしいとのことだった。
高い天井にはシャンデリアが下がり、窓からはたっぷりと日差しが注いでいる。十月も後半に入り、厳しい残暑も去りつつあった。
一般客であれば座り心地のいいソファに身体を沈めて、ほっと息をつくところだろうが、こちらはそうもいかない。
さりげなく周囲を観察した。
床に敷かれた絨毯は唐草模様で、古めかしいけれど上品な柄だ。振り返ると、雪の山々を描いた風景画が並んでいる。
造りも雰囲気も、いかにも古き良きホテルという佇まいだった。
間もなくフロントの方から、スーツ姿の男性が近づいてきた。
「お待たせいたしました。神戸グランドホテル、広報課の星沢周二と申します」
「日野一穂です。本日はお時間をいただきありがとうございます」
名刺を差し出しながら頭を下げた。その間にも、相手の身なりや顔つきを確認する。
わたしと同年代、二十代半ばくらいだろうか。眼鏡をかけ、黒い髪をぴしりと撫でつけていかにも真面目そうだが、つぶらな瞳には相手を安心させるものがあった。
わたしの方はホテルのレストランを訪問するという目的もあり、ブラウスの上にジャケットを羽織ってどうにか格好をつけた。ジャケットは社会人になりたてのころ、もう五年前に買ったもので、ブラウスもセール品だ。
星沢は受け取った名刺に視線を落として言う。
「事前に伺ってはおりましたが……。取材代理人ですか。失礼ながら、変わったお仕事ですね」
「よく言われます」
つい苦笑した。
「うちも神戸では老舗のホテルですから、雑誌や本で紹介していただくこともありますし、中には代行というライターの方がいらっしゃいます。日野さんのお仕事はそれとは違うんですよね」
「ええ。わたしは代行ライターみたいに自分で記事は書かないんです。レポートは提出しますけど、あくまでも報告のためで、その文章が表に出ることはまずありません。顧客は小説や脚本の執筆を生業にする、作家の方々です。そうした方が作品の参考にできるよう、現地まで足を運んで調査する仕事をしています」
「砂原みずきさん、でしたね。自分も砂原さんの本を読んだことがあるんです。『紅茶屋プルースト』シリーズ、いいですよね」
わたしは微笑んだ。
代行と言っても、やはり取材がスムーズに進むかどうかは作家の知名度が影響する。取材を受ける側も暇ではないし、創作物とはいえ書き方によってはマイナスのイメージを与えてしまう。
その点、シリーズ化されて人気が出たり大きな賞にノミネートされたりすると取材依頼も通りやすくなる。担当者にファンがいる場合はなおさらだ。
「砂原さん、覆面作家でSNSもやっておられないそうですが、どんな方なんでしょう」
「わたしもお会いしたことはないんです。もっとも砂原先生に限ったことじゃありません。作家の方とはエージェントを通してやり取りしているので、直接話す機会はまずないです」
「そうなんですね。いや、申し訳ありません。ついあれこれお聞きしてしまって。まず館内をご案内して、それからバックヤードへ参りましょうか」
星沢に促され、わたしは柔らかな絨毯の上を歩き始めた。
ロビーから繋がるサンルームは大きく窓が取られ、その向こうでは木々が伸び伸びと葉を広げ、風にそよいでいた。
「プラタナスの樹です。創業当時から当ホテルの名物でしたが、戦災で一度失われ、その後交流のあったイギリスから寄贈されました。毎年十一月に旧居留地エリアで、通りをテラスにして〈オープンカフェ・ウィーク〉という催しが行われていますが、その時にはここも会場になります」
許可をもらって録音しながら、歩いたルートや目にしたもの、ホテル内ですれ違う人々の様子まで細かくメモを取っていく。
このホテルが登場するのは小説の中盤だ。主人公の女性は、亡くなった祖母がかつて神戸の老舗ホテルにレシピを残したと知り、それを探すためこの街を訪れる。モデルとなるのが、ここ神戸グランドホテルだ。
星沢はしばらく壁に飾られた創業当時の写真を指しながら、ホームページには載っていない裏事情についてあれこれ話してくれた。だが間もなく、「日野さんは、こういうお仕事をされるのに、何かきっかけはあったんですか。やっぱり小説がお好きなんでしょうか」と再び取材代行の話を振られた。
「好きでしたけど、今は……。仕事の参考で目を通すことが多くて、あまり趣味で読むという感じではないですね。シェフの方も、仕事で料理していると家で自分のために作るのが億劫になるって聞きますし」
「ああ、確かにそういうことはあるかもしれません」
バックヤードの廊下を進み、鍵が掛けられた金属の扉を前に立ち止まる。
「こちらがワインセラーです。値の張るボトルもあるので、チーフなど限られた人間以外立ち入れないのですが、今回は特別に」
取材をこなしながら、わたしは神戸行きについて打診された時のことを思い出した。
取材先であるホテルへ到着すると、担当者が来るまでロビーで待っていてほしいとのことだった。
高い天井にはシャンデリアが下がり、窓からはたっぷりと日差しが注いでいる。十月も後半に入り、厳しい残暑も去りつつあった。
一般客であれば座り心地のいいソファに身体を沈めて、ほっと息をつくところだろうが、こちらはそうもいかない。
さりげなく周囲を観察した。
床に敷かれた絨毯は唐草模様で、古めかしいけれど上品な柄だ。振り返ると、雪の山々を描いた風景画が並んでいる。
造りも雰囲気も、いかにも古き良きホテルという佇まいだった。
間もなくフロントの方から、スーツ姿の男性が近づいてきた。
「お待たせいたしました。神戸グランドホテル、広報課の星沢周二と申します」
「日野一穂です。本日はお時間をいただきありがとうございます」
名刺を差し出しながら頭を下げた。その間にも、相手の身なりや顔つきを確認する。
わたしと同年代、二十代半ばくらいだろうか。眼鏡をかけ、黒い髪をぴしりと撫でつけていかにも真面目そうだが、つぶらな瞳には相手を安心させるものがあった。
わたしの方はホテルのレストランを訪問するという目的もあり、ブラウスの上にジャケットを羽織ってどうにか格好をつけた。ジャケットは社会人になりたてのころ、もう五年前に買ったもので、ブラウスもセール品だ。
星沢は受け取った名刺に視線を落として言う。
「事前に伺ってはおりましたが……。取材代理人ですか。失礼ながら、変わったお仕事ですね」
「よく言われます」
つい苦笑した。
「うちも神戸では老舗のホテルですから、雑誌や本で紹介していただくこともありますし、中には代行というライターの方がいらっしゃいます。日野さんのお仕事はそれとは違うんですよね」
「ええ。わたしは代行ライターみたいに自分で記事は書かないんです。レポートは提出しますけど、あくまでも報告のためで、その文章が表に出ることはまずありません。顧客は小説や脚本の執筆を生業にする、作家の方々です。そうした方が作品の参考にできるよう、現地まで足を運んで調査する仕事をしています」
「砂原みずきさん、でしたね。自分も砂原さんの本を読んだことがあるんです。『紅茶屋プルースト』シリーズ、いいですよね」
わたしは微笑んだ。
代行と言っても、やはり取材がスムーズに進むかどうかは作家の知名度が影響する。取材を受ける側も暇ではないし、創作物とはいえ書き方によってはマイナスのイメージを与えてしまう。
その点、シリーズ化されて人気が出たり大きな賞にノミネートされたりすると取材依頼も通りやすくなる。担当者にファンがいる場合はなおさらだ。
「砂原さん、覆面作家でSNSもやっておられないそうですが、どんな方なんでしょう」
「わたしもお会いしたことはないんです。もっとも砂原先生に限ったことじゃありません。作家の方とはエージェントを通してやり取りしているので、直接話す機会はまずないです」
「そうなんですね。いや、申し訳ありません。ついあれこれお聞きしてしまって。まず館内をご案内して、それからバックヤードへ参りましょうか」
星沢に促され、わたしは柔らかな絨毯の上を歩き始めた。
ロビーから繋がるサンルームは大きく窓が取られ、その向こうでは木々が伸び伸びと葉を広げ、風にそよいでいた。
「プラタナスの樹です。創業当時から当ホテルの名物でしたが、戦災で一度失われ、その後交流のあったイギリスから寄贈されました。毎年十一月に旧居留地エリアで、通りをテラスにして〈オープンカフェ・ウィーク〉という催しが行われていますが、その時にはここも会場になります」
許可をもらって録音しながら、歩いたルートや目にしたもの、ホテル内ですれ違う人々の様子まで細かくメモを取っていく。
このホテルが登場するのは小説の中盤だ。主人公の女性は、亡くなった祖母がかつて神戸の老舗ホテルにレシピを残したと知り、それを探すためこの街を訪れる。モデルとなるのが、ここ神戸グランドホテルだ。
星沢はしばらく壁に飾られた創業当時の写真を指しながら、ホームページには載っていない裏事情についてあれこれ話してくれた。だが間もなく、「日野さんは、こういうお仕事をされるのに、何かきっかけはあったんですか。やっぱり小説がお好きなんでしょうか」と再び取材代行の話を振られた。
「好きでしたけど、今は……。仕事の参考で目を通すことが多くて、あまり趣味で読むという感じではないですね。シェフの方も、仕事で料理していると家で自分のために作るのが億劫になるって聞きますし」
「ああ、確かにそういうことはあるかもしれません」
バックヤードの廊下を進み、鍵が掛けられた金属の扉を前に立ち止まる。
「こちらがワインセラーです。値の張るボトルもあるので、チーフなど限られた人間以外立ち入れないのですが、今回は特別に」
取材をこなしながら、わたしは神戸行きについて打診された時のことを思い出した。
