数十日後。白い雪がちらほらと舞う午すぎの宮城前には人だかりができていた。
朝貢は、中央に住む人々にとってはお祭りのようなものである。
使節団がどのような品々を中央に持ち込んでくるのかを見定めようとする商人たち、使節団に気持ちよく金銭を使わせるために、着飾った売り物を侍らす娼館の主人。商売をしない市井の者も数多く集まっている。皆、めったに訪れない北国の人々に興味津々なのだ。
広い道に左右に分かれた見物客たちの間をゆっくりと進むのは霜の使節団。
使者の数はおおよそ数十、大がかりな朝貢である。
先頭を進むのは、旗手。金糸の旗が優雅に翻るそのすぐ後ろを歩くのは、使節正使。霜の使節の代表らしく、豪奢な毛皮をまとい勇ましく歩いている。
次に、煌びやかな玉飾りをふんだんに使った輿。輿には紗幕が下りており、誰が乗っているのかはわからない。さらに後方には貢ぎ物が入った箱が詰まれた牛車が続く。左右を固める使者たちの眼光は鋭く、焱国の市井に向ける瞳は氷のように冷たい。
霜の一行が宮城の門をくぐった。
出迎えたのは冥焔率いる官吏たちである。
「霜国使節正使、焱国皇帝陛下へ朝貢の礼を奉る!」
「霜国使節団の参着を確認。入城を許可いたします」
冥焔の言葉に、使節団は一度礼の形を改めた。
「貴国へお渡しする娘にございますが、長き旅路にていささか疲労の色が見受けられます。恐れながら、しばし輿を降り、休息を取らせることをお許しいただきたい」
「いいでしょう」
冥焔の許可を取りつけた使節団は、輿へと視線を向けた。視線を追った冥焔の目に映ったのは、使者によって引き上げられる紗幕である。
輿からひとりの女性が姿を現した。
(この方が、霜の仙術師か)
ずいぶんと小柄な方だ。
白と桃色を基調とした衣装に包まれた体は、まるで子どものような細さである。
透き通るような白い肌には緊張のためか血が上り、ほんのりと赤く色づいていた。困ったようにこちらを見上げる大きな瞳は濡れているかのように輝き、小首をかしげる仕草はまるで愛玩動物のようである。
華やかな牡丹ではない。匂い立つような芍薬でも、たおやかな芙蓉でもない。例えるなら、汚れを知らない可憐な梨花。幼い風貌を残した、庇護欲をそそられる傾国美女だった。
周囲の官吏たちがほうと感嘆の息を吐くのを見て、冥焔は『しまった』と内心で舌打ちをする。
(わざとだな)
連れてきた娘の美しさは冥焔にもわかる。疲弊しているというのは嘘ではないだろうが、ここで敢えて娘の顔を見せることで、本来関わることのない外廷の官吏たちの印象に残るようにしているのだ。
外廷で権力を持てれば、後宮内でも力を持てる可能性が高まる。
美しさは武器なのだ。霜国はすでに、焱に対して武器を抜き払っている。
(やっかいだ……)
使節の手を借り輿から降りた仙術師は、ゆっくりと視線を上げた。
冥焔と視線がかち合う。その瞬間、仙術師は目を見開き驚いたように頬を押さえた。
「わあっ、すっごい〝イケメン〟!」
彼女の花弁のような唇から発せられた単語の意味を知る者は、この場には誰ひとりいなかった。
冥焔も同様である。
「不勉強で申し訳ございません。いけめん、とはどういう意味でしょうか」
問いかけた冥焔に、彼女は「うふふ」と唇を五指で押さえる。
「ごめんなさい。とても素敵、という言葉なの」
そう言いながら彼女はにこりと微笑むと、優雅に膝を折り、礼の形を取った。
「私は、霜国の王より天子様へと使わされました。甜甜、仙術使いの甜甜と申します」
甜甜と名乗った仙術師は、ぱっと顔を上げた。好奇心できらきらと輝く意志の強い瞳が、冥焔をまっすぐに見上げていた。
朝貢は、中央に住む人々にとってはお祭りのようなものである。
使節団がどのような品々を中央に持ち込んでくるのかを見定めようとする商人たち、使節団に気持ちよく金銭を使わせるために、着飾った売り物を侍らす娼館の主人。商売をしない市井の者も数多く集まっている。皆、めったに訪れない北国の人々に興味津々なのだ。
広い道に左右に分かれた見物客たちの間をゆっくりと進むのは霜の使節団。
使者の数はおおよそ数十、大がかりな朝貢である。
先頭を進むのは、旗手。金糸の旗が優雅に翻るそのすぐ後ろを歩くのは、使節正使。霜の使節の代表らしく、豪奢な毛皮をまとい勇ましく歩いている。
次に、煌びやかな玉飾りをふんだんに使った輿。輿には紗幕が下りており、誰が乗っているのかはわからない。さらに後方には貢ぎ物が入った箱が詰まれた牛車が続く。左右を固める使者たちの眼光は鋭く、焱国の市井に向ける瞳は氷のように冷たい。
霜の一行が宮城の門をくぐった。
出迎えたのは冥焔率いる官吏たちである。
「霜国使節正使、焱国皇帝陛下へ朝貢の礼を奉る!」
「霜国使節団の参着を確認。入城を許可いたします」
冥焔の言葉に、使節団は一度礼の形を改めた。
「貴国へお渡しする娘にございますが、長き旅路にていささか疲労の色が見受けられます。恐れながら、しばし輿を降り、休息を取らせることをお許しいただきたい」
「いいでしょう」
冥焔の許可を取りつけた使節団は、輿へと視線を向けた。視線を追った冥焔の目に映ったのは、使者によって引き上げられる紗幕である。
輿からひとりの女性が姿を現した。
(この方が、霜の仙術師か)
ずいぶんと小柄な方だ。
白と桃色を基調とした衣装に包まれた体は、まるで子どものような細さである。
透き通るような白い肌には緊張のためか血が上り、ほんのりと赤く色づいていた。困ったようにこちらを見上げる大きな瞳は濡れているかのように輝き、小首をかしげる仕草はまるで愛玩動物のようである。
華やかな牡丹ではない。匂い立つような芍薬でも、たおやかな芙蓉でもない。例えるなら、汚れを知らない可憐な梨花。幼い風貌を残した、庇護欲をそそられる傾国美女だった。
周囲の官吏たちがほうと感嘆の息を吐くのを見て、冥焔は『しまった』と内心で舌打ちをする。
(わざとだな)
連れてきた娘の美しさは冥焔にもわかる。疲弊しているというのは嘘ではないだろうが、ここで敢えて娘の顔を見せることで、本来関わることのない外廷の官吏たちの印象に残るようにしているのだ。
外廷で権力を持てれば、後宮内でも力を持てる可能性が高まる。
美しさは武器なのだ。霜国はすでに、焱に対して武器を抜き払っている。
(やっかいだ……)
使節の手を借り輿から降りた仙術師は、ゆっくりと視線を上げた。
冥焔と視線がかち合う。その瞬間、仙術師は目を見開き驚いたように頬を押さえた。
「わあっ、すっごい〝イケメン〟!」
彼女の花弁のような唇から発せられた単語の意味を知る者は、この場には誰ひとりいなかった。
冥焔も同様である。
「不勉強で申し訳ございません。いけめん、とはどういう意味でしょうか」
問いかけた冥焔に、彼女は「うふふ」と唇を五指で押さえる。
「ごめんなさい。とても素敵、という言葉なの」
そう言いながら彼女はにこりと微笑むと、優雅に膝を折り、礼の形を取った。
「私は、霜国の王より天子様へと使わされました。甜甜、仙術使いの甜甜と申します」
甜甜と名乗った仙術師は、ぱっと顔を上げた。好奇心できらきらと輝く意志の強い瞳が、冥焔をまっすぐに見上げていた。



