冬の昼は短い。外はすでに日が沈みかけており、体の芯まで染み入るような寒さである。
麗麗は身を縮めた。寒くなるだろうと思い、それなりに厚着はしているのにもかかわらず、歯の根が合わぬほどである。
焱国の冬は厳しい。北にある国境の山脈からは吹き下ろしの風がびゅうびゅうと鳴り、冬の乾いた大地をなぎ払うように吹き荒れる。
しかし、今日はその風はやや弱まっているようである。普段は乾燥している空気もどことなく湿っていて、見上げれば、今にも泣き出しそうな曇天だ。
(雪、降るかもなあ)
土の湿った匂いを感じ取り、麗麗はすんと鼻を鳴らした。
深藍宮の門前へ向かうと、遠目からでもかなり目立つ人物が立っているのが見えた。
青灰色の袍は宦官である印。相変わらずの長身に、黒髪を風になびかせ、姿勢よく立つ姿はまさに威風堂々。寒さの〝さ〟の字も感じさせない佇まいである。
防寒用であろうか、手になにやら布のような物を持っているのに、肩にかけるそぶりも見せないとはなんたることか。あまりにも悠然自得とした姿に腹立ちすら覚える。
(寒くないのか、あの宦官は)
この時間に宦官が呼びに来るということは、なにやらまた不可解な事象が起こっている証左である。さっさと片付けなければ、夕餉を食いっぱぐれてしまう。
麗麗は小走りで門まで行くと、待ち人に頭を下げた。
「お待たせしました、冥焔様」
そう言って顔を上げると、冥焔はふっとまなじりをゆるめた。
「いや、そんなに待っていない」
「今日も怪異ですか」
「ああ。こんな刻限にすまないが、今から出れるか」
おや、こちらの都合を聞いてくれるのか。ならばと麗麗は希望を述べた。
「はい。あっ、でも、できれば夕餉までには帰りたいんですが」
「善処しよう」
その冥焔の表情を見て、麗麗はふむと考える。眉の間にしわが寄っていない。
(まあ、柔らかくなったよねえ)
出会った当初であれば、おそらく最初の時点で『遅い!』と言われていただろうし、『夕餉までには帰りたい』という訴えもおそらく『状況次第だ』とかなんとかで一蹴されていただろう。
これが信頼されている証なのだとしたら、ありがたいことである。
「じゃあ、行きましょうか。今日はどこです?」
「仏堂だ。……その前に、麗麗」
冥焔は麗麗を呼ぶと、手に持っていた布のような物をばさっと投げてよこした。
(んっ?)
慌てて両手で受け取れば、なめし皮でできた斗蓬である。
「使え」
「へっ」
「見ているだけで寒い。羽織っておけ」
ぽかんとしてしまった。自分にこれを渡すために持ってきていたのか、と遅ればせながら気づき、途方に暮れる。今までが今までだっただけに、反応に困るのだ。
「あの、冥焔様。最近どうしたんですか」
「なにがだ」
「いや、いいんですけど、なんか妙に──」
優しくないですか、と言いかけて、ふっと顔を上げれば、冥焔の黒い瞳とかち合った。そのまなじりがふわりとゆるみ、柔和な光が宿る。
麗麗の胸がどくんと鳴った。
(不可抗力)
微笑するな、心臓に悪い。顔がいいやつはこれだから困るのだ、と心の中で盛大に毒づく。なぜかまっすぐ顔を見られなくてうつむいた麗麗の耳に、「きゃーっ」と黄色い声が届いた。
まさかと思い振り返れば、木の後ろ、その下の茂みに三女官。声をあげたのはおそらく雪梅で、彼女の口を香鈴と花里がふたりがかりで塞いでいるのがちらりと見えた。
(あいつら……)
あれで隠れているつもりなのだろうか。ばればれである。案の定、冥焔は麗麗の後ろにちらりと視線を飛ばし、訝しげに首をかしげた。
「深藍宮の女官たちは、なにをしてるんだ」
「……なにしてるんでしょうね」
やるならもっとうまくやれ。
なにはともあれ、野次馬三女官が楽しそうでなによりである。
麗麗は身を縮めた。寒くなるだろうと思い、それなりに厚着はしているのにもかかわらず、歯の根が合わぬほどである。
焱国の冬は厳しい。北にある国境の山脈からは吹き下ろしの風がびゅうびゅうと鳴り、冬の乾いた大地をなぎ払うように吹き荒れる。
しかし、今日はその風はやや弱まっているようである。普段は乾燥している空気もどことなく湿っていて、見上げれば、今にも泣き出しそうな曇天だ。
(雪、降るかもなあ)
土の湿った匂いを感じ取り、麗麗はすんと鼻を鳴らした。
深藍宮の門前へ向かうと、遠目からでもかなり目立つ人物が立っているのが見えた。
青灰色の袍は宦官である印。相変わらずの長身に、黒髪を風になびかせ、姿勢よく立つ姿はまさに威風堂々。寒さの〝さ〟の字も感じさせない佇まいである。
防寒用であろうか、手になにやら布のような物を持っているのに、肩にかけるそぶりも見せないとはなんたることか。あまりにも悠然自得とした姿に腹立ちすら覚える。
(寒くないのか、あの宦官は)
この時間に宦官が呼びに来るということは、なにやらまた不可解な事象が起こっている証左である。さっさと片付けなければ、夕餉を食いっぱぐれてしまう。
麗麗は小走りで門まで行くと、待ち人に頭を下げた。
「お待たせしました、冥焔様」
そう言って顔を上げると、冥焔はふっとまなじりをゆるめた。
「いや、そんなに待っていない」
「今日も怪異ですか」
「ああ。こんな刻限にすまないが、今から出れるか」
おや、こちらの都合を聞いてくれるのか。ならばと麗麗は希望を述べた。
「はい。あっ、でも、できれば夕餉までには帰りたいんですが」
「善処しよう」
その冥焔の表情を見て、麗麗はふむと考える。眉の間にしわが寄っていない。
(まあ、柔らかくなったよねえ)
出会った当初であれば、おそらく最初の時点で『遅い!』と言われていただろうし、『夕餉までには帰りたい』という訴えもおそらく『状況次第だ』とかなんとかで一蹴されていただろう。
これが信頼されている証なのだとしたら、ありがたいことである。
「じゃあ、行きましょうか。今日はどこです?」
「仏堂だ。……その前に、麗麗」
冥焔は麗麗を呼ぶと、手に持っていた布のような物をばさっと投げてよこした。
(んっ?)
慌てて両手で受け取れば、なめし皮でできた斗蓬である。
「使え」
「へっ」
「見ているだけで寒い。羽織っておけ」
ぽかんとしてしまった。自分にこれを渡すために持ってきていたのか、と遅ればせながら気づき、途方に暮れる。今までが今までだっただけに、反応に困るのだ。
「あの、冥焔様。最近どうしたんですか」
「なにがだ」
「いや、いいんですけど、なんか妙に──」
優しくないですか、と言いかけて、ふっと顔を上げれば、冥焔の黒い瞳とかち合った。そのまなじりがふわりとゆるみ、柔和な光が宿る。
麗麗の胸がどくんと鳴った。
(不可抗力)
微笑するな、心臓に悪い。顔がいいやつはこれだから困るのだ、と心の中で盛大に毒づく。なぜかまっすぐ顔を見られなくてうつむいた麗麗の耳に、「きゃーっ」と黄色い声が届いた。
まさかと思い振り返れば、木の後ろ、その下の茂みに三女官。声をあげたのはおそらく雪梅で、彼女の口を香鈴と花里がふたりがかりで塞いでいるのがちらりと見えた。
(あいつら……)
あれで隠れているつもりなのだろうか。ばればれである。案の定、冥焔は麗麗の後ろにちらりと視線を飛ばし、訝しげに首をかしげた。
「深藍宮の女官たちは、なにをしてるんだ」
「……なにしてるんでしょうね」
やるならもっとうまくやれ。
なにはともあれ、野次馬三女官が楽しそうでなによりである。



