いったいどうしてこんなことになった、とぶつくさ言いながら、麗麗は荷物をぎゅぎゅっとまとめた。
深藍宮の自分の房である。あらゆるところに散らばった雑記用の紙や、予備の肌着などをすべて籠に詰め込み、ようやく空になった房を見回してため息をついた。取り急ぎ房を出れるようにはなったが、籠の中の荷物はぐっちゃぐちゃだ。
仕方ない。綺麗にしまうには刻がなかったし、なにより面倒くさい。
「麗麗、終わった?」
雪梅がひょこっと入り口から顔を出す。
「はい。なんとか……」
答えながら、ぐったりと体を空いた寝台の上に伸ばす。
「つ、疲れました……」
ぐでーっと伸びた麗麗を見ながら、雪梅が呆れたように肩をすくませる。
「ほらね、こういうことがあるから、日頃から『房を片付けなさい』って言ってたのよ。それなのにあんたときたら、ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ、まともに床が見えるの久しぶりなんじゃないの?」
「ぐっちゃぐっちゃとは失礼な。私にとっては住みやすい配置だったんですよ」
唇をとがらせてぶーたれると、雪梅はまなじりをつり上げる。
「あんたにとってはそうかもしれないけど、実際房を空にするのに、こおおおんなに刻がかかったじゃない」
ぐうの音も出ないので、麗麗はすうっと視線を逸らした。雪梅は畳みかけるようにさらに言いつのる。
「私たちは女官なんですからね。瑛琳様や主上のお気持ちひとつで、『はい承りました』ってどこへなりと行かなきゃいけない身の上でしょうが。『常に身軽にしておくように』って、よく花里にも言われていたでしょ」
女官頭の花里はおっとりしているように見えて、実はかなり秩序に厳しい。実はもう何度も『房を掃除するように』と叱られていたのだが、のらりくらりとかわし続けて今に至る。
とはいえ、これはもう性分である。例え今の記憶を持ったままタイムリープなりなんなりしたとしても、麗麗はまた房を同じように使うだろう。
麗麗はおとなしく寝台から起き上がり、部屋の入り口で腕組みをしている雪梅を見上げた。
「まあ、私はともかく……雪梅も災難でしたね」
「本当にね!」
雪梅は苦笑いする。
「用意もへったくれもないんだもの。急すぎるわよ! 今回ばかりは冥焔様に振り回されるあんたの気持ちがほんのちょっとだけわかったわ」
なにを話しているのかというと、つまり、麗麗と雪梅は同時に異動が決まったのである。しかも、あの霜国の仙術師・甜甜の側付き女官として抜擢されたのだというのだから、もはや意味がわからない。
もちろん、完全に異動となるわけではない。異国の地から来た甜甜が後宮に慣れるまでの間、というふわっとした期間限定である。
(多分、甜甜妃を調べろってことなんだろうな)
こういう急な異動は、以前にも体験したことがある。忘れもしない、白蓮妃のときだ。女官として宮に送り込まれたのは記憶に新しい。あのときは『白蓮妃の予言を調べよ』とのお達しだったが、今度のはどちらかというと『仙術師を監視せよ』ということなのだろう。
以前と違うのは、急な異動が決まったのは麗麗だけではなかったという点である。噂によると、他の妃たちの女官も何人か引き抜かれているらしい。さながら人民大異動だ。深藍宮には、名前を指定された麗麗と、もうひとりを出すようにと皇帝からの命があったのだそうだ。
厨担当の花里や、外交関係を一手に引き受ける香鈴は、さすがに抜けた穴が大きすぎる。深藍宮で属人的な仕事をしていないのは雑用関係がメインの雪梅と麗麗だ。ゆえに、ふたりで仲良く(?)異動することに相成ったのである。
おかげで昨日は大変な大宴会だった。『さみしいよぉ!』と涙ぐむ香鈴に、『今日はとことん食べなさい!』と激うま飯を大盤振る舞いしてくれた花里。そして我らが小主・瑛琳妃も、『いってらっしゃい』と麗麗と雪梅を激励してくれた。
ただでさえ人数の少ない瑛琳妃の女官だが、麗麗と雪梅が抜けた穴は、皇帝の命令により一時的に人員が配置されるらしい。そこまでして女官を他の宮から集める理由はなんじゃらほいと思う麗麗である。
「用意ができたんなら行きましょ。……っと、その前に、耳に入れたいことがあるわ」
雪梅はとことこと房の中に入り、麗麗の隣にぽすんと腰を下ろした。そして、ひそひそとささやき声を落とす。
「あのね、噂なんだけど。これから私たちが仕えるお妃様……甜甜様は、ひとりで焱に残るそうよ」
「……ええと?」
そりゃあ、使節団まで一緒に後宮に入るわけにはいくまいし、当たり前だろうに。
しかし、麗麗の表情を見て雪梅は焦れたように鼻を鳴らした。
「もう麗麗、全然わかってないでしょ。私たちを見なさいよ。瑛琳様に付き従って故郷から来たのよ、私たち。当然、霜国から来るお妃様には使用人が付いていたはずよ」
「ああ!」
ようやく合点がいった。雪梅はよりいっそう声をひそめる。
「通常はね、故郷から連れてきた使用人をそのまま女官に登用して後宮に入れるのよ。そのほうが妃様も安心するでしょうし、管理側も人員を補填しなくてもすむでしょう。けど、それをせずに全員帰らせたってことは……」
雪梅の目がきらんと光る。
「なにか、あるのよ。そのお妃様」
あー、と麗麗は天を仰ぐ。
(そりゃ、なにかあるんだよ)
実はその人は仙術師で、しかも自分と同じ転生者なのだから、なにかあるどころではない。設定盛り込みすぎかってほど、いわくのある人物なのである。
とはいえ、これは雪梅には教えられない。仙術師であることそのものは本人が主張しているので自ずと知れ渡るだろうが、後者に関しては言わずもがなである。
それにしても、と麗麗は目の前の女官を見る。
あれほど敬愛している瑛琳妃から離されただけではなく、なにかあるであろう妃に仕えるのは、雪梅にとっては不本意なはずだ。突っぱねてもいいし、承諾するにしてももっと文句が出てもおかしくはない。それなのに、この女官はやたらと生き生きしているように見える。
「雪梅は不安にはならないのですか」
「麗麗は不安なの?」
問いを問いで返されて、麗麗は瞬きをする。麗麗が不安でないかと言えばそんなことはない。
(転生者って、言ってたしな……)
正直、やりにくいことこの上ないというのが本音である。
先日、後宮に帰ろうとしたところを甜甜に捕まった。あの暗闇だし衣装も化粧も今の麗麗とはまったく違う。同一人物だと気づかれることはないだろうが、それでも身近に接していれば、思うところが出てしまうかもしれない。
麗麗は、あの夜の出来事を冥焔に報告するかを考えた。甜甜を皇帝や冥焔が警戒していることはわかっているし、彼女に関する情報は開示したほうがいいのではと悩んだのだ。しかし、考えて、考えて……己の胸ひとつにしまうことに決めたのである。
そもそも、転生者であるという事実を客観的に証明できない。
皇帝や冥焔にわかるように説明するには、理論が伴わないと難しい。転生者本人である麗麗ですら──自身が経験していて、確実に〝転生がある〟とわかっていたとしても──未だに不可思議な現象であるとしか言いようがないのである。
だからこそ、麗麗は冥焔に己の出自を開示したときにも、〝転生〟ではなく〝自分も死んでいる〟という表現を使った。
それは、冥焔が自身を〝死んでいる〟人間だと認識していたからだ。冥焔が経験していることであれば、どんなに非常識なことでも信じてもらえるだろうと踏んだのである。非常識なことは証拠がない限り理解されない。理解してもらえるのは、同じ経験をした人だけだ。
ゆえに、彼女が転生者であるという事実を伝えたとて、証拠を出さなければただの妄言になってしまう。それは、麗麗の信念として避けたいことである。
そして、もうひとつ。冥焔が麗麗を理解したように、麗麗も理解した。彼女の口調、表情、そして所作。そのすべてから、甜甜が本当に転生者であると麗麗の経験を通して確信したのである。
(だから、多分……)
「不安というよりも、緊張……に近いかもしれません」
自分と同じ境遇の人間に初めて会った。どうしたらいいのかわからないと不安もあるが、それよりも緊張のほうが気持ちとしては強い。
ここで自分が転生者であると相手に悟られるのはまずい。できれば隠しておきたい。厄介なことになりそうだからだ。
「へえ、意外ね。麗麗も緊張したりするんだ」
麗麗の答えを聞いて、けらけらと雪梅は笑う。そして、すっと真顔になった。
「私もよ。でも、ね……今はそれより。ええと」
雪梅は急にもじもじし始める。
「ちょっと恥ずかしいわね。でも、そうね。いい機会だから、ちゃんと言葉にするの、大切よね。麗麗、あんただから言うのよ。他の人には内緒にするのよ。いいわね!」
なんだ、改まって。
「私……本当に嬉しかったのよ。瑛琳様が、私の好奇心や知識欲を買ってくださっていたこと。今までずっと引け目に感じていたから。なにせ、同僚がすごいでしょう? 私なんてただの雑用係だしって」
ああ、と麗麗は思い出す。玲沙妃の一件の際に、この女官は一時ひどく自信をなくしていたのだ。花里や香鈴のように特技がないと肩を落としていた彼女を救い上げたのは、瑛琳妃だった。
雪梅は頬を軽く染めて言葉を紡ぐ。
「私、瑛琳様についてきてよかったと心から思っているの。あの方にとって有益になりそうなことなら、なんだってやるわ。私の強みは、好奇心だから」
そう言う雪梅の瞳の色は強い。小主のために働く女官の信念が宿っているように感じられて、麗麗は思わず見惚れた。
「それに、今回の異動はあくまでも一時的な措置って話でしょ? 他の宮の女官たちとも知り合いになれるでしょうし、霜国の事情もある程度把握できるはず。そんなの、情報収集し放題じゃない! こんな機会めったにないわ。帰ってきたときに、より瑛琳様のお役に立てるようになれるんだから、願ったり叶ったりよ!」
おーっと麗麗は心の中で拍手をする。さすが雪梅。転んでもただでは起きない。あっぱれな根性だ。
「雪梅」
「なによ」
「私、あなたのそういうところが好きです」
すらっと言葉が出る。雪梅は今度こそ顔を真っ赤にして、「馬鹿」とそっぽを向いた。
深藍宮の自分の房である。あらゆるところに散らばった雑記用の紙や、予備の肌着などをすべて籠に詰め込み、ようやく空になった房を見回してため息をついた。取り急ぎ房を出れるようにはなったが、籠の中の荷物はぐっちゃぐちゃだ。
仕方ない。綺麗にしまうには刻がなかったし、なにより面倒くさい。
「麗麗、終わった?」
雪梅がひょこっと入り口から顔を出す。
「はい。なんとか……」
答えながら、ぐったりと体を空いた寝台の上に伸ばす。
「つ、疲れました……」
ぐでーっと伸びた麗麗を見ながら、雪梅が呆れたように肩をすくませる。
「ほらね、こういうことがあるから、日頃から『房を片付けなさい』って言ってたのよ。それなのにあんたときたら、ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ、まともに床が見えるの久しぶりなんじゃないの?」
「ぐっちゃぐっちゃとは失礼な。私にとっては住みやすい配置だったんですよ」
唇をとがらせてぶーたれると、雪梅はまなじりをつり上げる。
「あんたにとってはそうかもしれないけど、実際房を空にするのに、こおおおんなに刻がかかったじゃない」
ぐうの音も出ないので、麗麗はすうっと視線を逸らした。雪梅は畳みかけるようにさらに言いつのる。
「私たちは女官なんですからね。瑛琳様や主上のお気持ちひとつで、『はい承りました』ってどこへなりと行かなきゃいけない身の上でしょうが。『常に身軽にしておくように』って、よく花里にも言われていたでしょ」
女官頭の花里はおっとりしているように見えて、実はかなり秩序に厳しい。実はもう何度も『房を掃除するように』と叱られていたのだが、のらりくらりとかわし続けて今に至る。
とはいえ、これはもう性分である。例え今の記憶を持ったままタイムリープなりなんなりしたとしても、麗麗はまた房を同じように使うだろう。
麗麗はおとなしく寝台から起き上がり、部屋の入り口で腕組みをしている雪梅を見上げた。
「まあ、私はともかく……雪梅も災難でしたね」
「本当にね!」
雪梅は苦笑いする。
「用意もへったくれもないんだもの。急すぎるわよ! 今回ばかりは冥焔様に振り回されるあんたの気持ちがほんのちょっとだけわかったわ」
なにを話しているのかというと、つまり、麗麗と雪梅は同時に異動が決まったのである。しかも、あの霜国の仙術師・甜甜の側付き女官として抜擢されたのだというのだから、もはや意味がわからない。
もちろん、完全に異動となるわけではない。異国の地から来た甜甜が後宮に慣れるまでの間、というふわっとした期間限定である。
(多分、甜甜妃を調べろってことなんだろうな)
こういう急な異動は、以前にも体験したことがある。忘れもしない、白蓮妃のときだ。女官として宮に送り込まれたのは記憶に新しい。あのときは『白蓮妃の予言を調べよ』とのお達しだったが、今度のはどちらかというと『仙術師を監視せよ』ということなのだろう。
以前と違うのは、急な異動が決まったのは麗麗だけではなかったという点である。噂によると、他の妃たちの女官も何人か引き抜かれているらしい。さながら人民大異動だ。深藍宮には、名前を指定された麗麗と、もうひとりを出すようにと皇帝からの命があったのだそうだ。
厨担当の花里や、外交関係を一手に引き受ける香鈴は、さすがに抜けた穴が大きすぎる。深藍宮で属人的な仕事をしていないのは雑用関係がメインの雪梅と麗麗だ。ゆえに、ふたりで仲良く(?)異動することに相成ったのである。
おかげで昨日は大変な大宴会だった。『さみしいよぉ!』と涙ぐむ香鈴に、『今日はとことん食べなさい!』と激うま飯を大盤振る舞いしてくれた花里。そして我らが小主・瑛琳妃も、『いってらっしゃい』と麗麗と雪梅を激励してくれた。
ただでさえ人数の少ない瑛琳妃の女官だが、麗麗と雪梅が抜けた穴は、皇帝の命令により一時的に人員が配置されるらしい。そこまでして女官を他の宮から集める理由はなんじゃらほいと思う麗麗である。
「用意ができたんなら行きましょ。……っと、その前に、耳に入れたいことがあるわ」
雪梅はとことこと房の中に入り、麗麗の隣にぽすんと腰を下ろした。そして、ひそひそとささやき声を落とす。
「あのね、噂なんだけど。これから私たちが仕えるお妃様……甜甜様は、ひとりで焱に残るそうよ」
「……ええと?」
そりゃあ、使節団まで一緒に後宮に入るわけにはいくまいし、当たり前だろうに。
しかし、麗麗の表情を見て雪梅は焦れたように鼻を鳴らした。
「もう麗麗、全然わかってないでしょ。私たちを見なさいよ。瑛琳様に付き従って故郷から来たのよ、私たち。当然、霜国から来るお妃様には使用人が付いていたはずよ」
「ああ!」
ようやく合点がいった。雪梅はよりいっそう声をひそめる。
「通常はね、故郷から連れてきた使用人をそのまま女官に登用して後宮に入れるのよ。そのほうが妃様も安心するでしょうし、管理側も人員を補填しなくてもすむでしょう。けど、それをせずに全員帰らせたってことは……」
雪梅の目がきらんと光る。
「なにか、あるのよ。そのお妃様」
あー、と麗麗は天を仰ぐ。
(そりゃ、なにかあるんだよ)
実はその人は仙術師で、しかも自分と同じ転生者なのだから、なにかあるどころではない。設定盛り込みすぎかってほど、いわくのある人物なのである。
とはいえ、これは雪梅には教えられない。仙術師であることそのものは本人が主張しているので自ずと知れ渡るだろうが、後者に関しては言わずもがなである。
それにしても、と麗麗は目の前の女官を見る。
あれほど敬愛している瑛琳妃から離されただけではなく、なにかあるであろう妃に仕えるのは、雪梅にとっては不本意なはずだ。突っぱねてもいいし、承諾するにしてももっと文句が出てもおかしくはない。それなのに、この女官はやたらと生き生きしているように見える。
「雪梅は不安にはならないのですか」
「麗麗は不安なの?」
問いを問いで返されて、麗麗は瞬きをする。麗麗が不安でないかと言えばそんなことはない。
(転生者って、言ってたしな……)
正直、やりにくいことこの上ないというのが本音である。
先日、後宮に帰ろうとしたところを甜甜に捕まった。あの暗闇だし衣装も化粧も今の麗麗とはまったく違う。同一人物だと気づかれることはないだろうが、それでも身近に接していれば、思うところが出てしまうかもしれない。
麗麗は、あの夜の出来事を冥焔に報告するかを考えた。甜甜を皇帝や冥焔が警戒していることはわかっているし、彼女に関する情報は開示したほうがいいのではと悩んだのだ。しかし、考えて、考えて……己の胸ひとつにしまうことに決めたのである。
そもそも、転生者であるという事実を客観的に証明できない。
皇帝や冥焔にわかるように説明するには、理論が伴わないと難しい。転生者本人である麗麗ですら──自身が経験していて、確実に〝転生がある〟とわかっていたとしても──未だに不可思議な現象であるとしか言いようがないのである。
だからこそ、麗麗は冥焔に己の出自を開示したときにも、〝転生〟ではなく〝自分も死んでいる〟という表現を使った。
それは、冥焔が自身を〝死んでいる〟人間だと認識していたからだ。冥焔が経験していることであれば、どんなに非常識なことでも信じてもらえるだろうと踏んだのである。非常識なことは証拠がない限り理解されない。理解してもらえるのは、同じ経験をした人だけだ。
ゆえに、彼女が転生者であるという事実を伝えたとて、証拠を出さなければただの妄言になってしまう。それは、麗麗の信念として避けたいことである。
そして、もうひとつ。冥焔が麗麗を理解したように、麗麗も理解した。彼女の口調、表情、そして所作。そのすべてから、甜甜が本当に転生者であると麗麗の経験を通して確信したのである。
(だから、多分……)
「不安というよりも、緊張……に近いかもしれません」
自分と同じ境遇の人間に初めて会った。どうしたらいいのかわからないと不安もあるが、それよりも緊張のほうが気持ちとしては強い。
ここで自分が転生者であると相手に悟られるのはまずい。できれば隠しておきたい。厄介なことになりそうだからだ。
「へえ、意外ね。麗麗も緊張したりするんだ」
麗麗の答えを聞いて、けらけらと雪梅は笑う。そして、すっと真顔になった。
「私もよ。でも、ね……今はそれより。ええと」
雪梅は急にもじもじし始める。
「ちょっと恥ずかしいわね。でも、そうね。いい機会だから、ちゃんと言葉にするの、大切よね。麗麗、あんただから言うのよ。他の人には内緒にするのよ。いいわね!」
なんだ、改まって。
「私……本当に嬉しかったのよ。瑛琳様が、私の好奇心や知識欲を買ってくださっていたこと。今までずっと引け目に感じていたから。なにせ、同僚がすごいでしょう? 私なんてただの雑用係だしって」
ああ、と麗麗は思い出す。玲沙妃の一件の際に、この女官は一時ひどく自信をなくしていたのだ。花里や香鈴のように特技がないと肩を落としていた彼女を救い上げたのは、瑛琳妃だった。
雪梅は頬を軽く染めて言葉を紡ぐ。
「私、瑛琳様についてきてよかったと心から思っているの。あの方にとって有益になりそうなことなら、なんだってやるわ。私の強みは、好奇心だから」
そう言う雪梅の瞳の色は強い。小主のために働く女官の信念が宿っているように感じられて、麗麗は思わず見惚れた。
「それに、今回の異動はあくまでも一時的な措置って話でしょ? 他の宮の女官たちとも知り合いになれるでしょうし、霜国の事情もある程度把握できるはず。そんなの、情報収集し放題じゃない! こんな機会めったにないわ。帰ってきたときに、より瑛琳様のお役に立てるようになれるんだから、願ったり叶ったりよ!」
おーっと麗麗は心の中で拍手をする。さすが雪梅。転んでもただでは起きない。あっぱれな根性だ。
「雪梅」
「なによ」
「私、あなたのそういうところが好きです」
すらっと言葉が出る。雪梅は今度こそ顔を真っ赤にして、「馬鹿」とそっぽを向いた。



