宮を出ると、もうすっかり夜である。
先ほどまでほかほかとしていた体も、やはり冬の外気には敵わないようで、あまりの寒さにぶるりと震えた。
冥焔は門の前に輿を用意してくれていた。しかし、これは寒さへの配慮というよりも、どちらかというと巫のふりをした麗麗を隠すためだといえよう。
この輿は人力ではなく、牛車である。ふたり乗りであることに気づいたときから察していたが、やはりそうだ。麗麗が冥焔の手を借り輿に乗り込むと、そのすぐあとに冥焔も乗り込んでくる。
ふたりが着席したのを確認し、牛車がゆっくりと進み始めた。
「で」
今が好機である。麗麗は隣に腰を下ろしている冥焔にささやいた。
「私、なんのために宴に出なきゃいけないんですか」
瑛琳妃の前では言葉を濁されたが、後宮の女官をわざわざ変装させ、外廷につれていくなんて大がかりなことまでするのだ。単純に〝霜国の様子を麗麗にも見せておきたい〟なんて生やさしい理由なはずがない。
もういい加減本当のことを話してほしいという意志を込めて見上げると、冥焔は厳しい顔である。
「俺から話すことはなにもない」
「えっ」
さすがにそれはひどくないか。思わず問い返すと、冥焔は気まずそうに視線をさまよわせ、ため息をついた。
「いや、すまない。言葉が足りなかった。俺がこの件について話したら、変な色がつくだろう。お前はお前の仕事をすればいい。今言えるのはそれだけだ」
「はあ……」
と、いうことは。麗麗は軽く曲げた人差し指を顎に添える。
(なんかあるんだろうな、怪異とか、それ系のことが)
いずれにしてもこのひりついた空気感である。気を引き締めるに越したことはないだろう。
牛車はゆっくりと進み、後宮の境目である門をくぐった。見張りの宦官たちが検閲もせずに黙って牛車を通したところをみると、なにかしら根回しをしていたに違いない。そのまま広い道を進み、ようやく牛車が止まった。
先に冥焔が輿から降りる。冥焔の手を借りて、麗麗も裾を踏まないように気をつけながら降りた。そして、目の前の光景に唖然とする。
(な……なんつー……)
ぎんぎらぎんにまったくさりげなくはない、これでもかというくらい光り輝く建物が目の前にどどんと建っていたのである。すでに中には人がいるらしく、艶やかな笛と弦の音が鳴り響いていた。
「ここが『鳳宝殿』だ。他国の使節団をもてなす場所だと言えばわかるだろう」
冥焔の言葉に、麗麗は内心びびりながらもうなずいた。
(つまり、迎賓館ってことね)
最近の環境が環境なだけに、煌びやかな風景には慣れたと思っていたが、そこは性根が物を言う。一刻も早く回れ右をしたくなる足を叱咤して、麗麗は改めて建物を観察した。
それにしても、派手である。しかし、後宮の派手さとは少し様子が違う。
後宮で派手と言えば、最近やたらとおとなしい四夫人のひとり、賢妃・玉璇の独壇場だが、かの妃はやはり女の園の小主らしく、どこか艶めかしさのある華やかさを誇っている。
この殿舎もこれでもかとばかりに飾り立ててあるのは一緒だが、なよやかさ、艶やかさよりも厳かな風格に重きを置いた風情である。丹塗りよりも金を使い、色彩の豊かさよりも彫りの技巧が光る造りになっていた。
威風堂々、宏壮雄大。床や柱が経年変化で黒光りするさまは、なるほど歴史のある国なのだと実感させられる。
「行くぞ。わかっていると思うが、お前は焱の巫ということになっている。あまり余計なことを言うなよ」
(わかってるって)
冥焔に釘を刺されてしまった。
厳めしい顔をした兵たちがずらりと並ぶ門をくぐると、鋭い視線を背中にひしひしと感じる。
(ひええ)
警備が後宮の比ではない。他国の使節団と皇帝が相まみえる場なのだから当然ではあるが、物々しさが段違いだ。
(びびるってまじで!)
普段から宦官や皇帝を見ているので大丈夫だと思っていたが、鍛え上げられた兵の筋骨隆々とした姿を見るとつい足がすくんでしまう。
「姿勢を正して視線を上げろ」
隣を歩く冥焔がすかさず声を落とす。
「こういうときは堂々としていればいいのだ。視線をさまよわせるなど言語道断だぞ」
それができればやっている。とはいえ、冥焔の言うことはもっともであるので、気合いで腹筋に力を入れた。
「冥焔様は、平気なんですか。なんかすっごい、見られてますけど」
「お前はなにを言っているんだ」
冥焔が口元に皮肉げな笑みを浮かべる。
「こんなのは序の口だ」
そりゃあそうだ、そうだったと麗麗は内心苦い笑みを浮かべる。人に見られるのなんて慣れっこなはずだ。この人の正体はなにせ……とそこまで思い出して、すんっと頭の中にシャッターを下ろす。
(それは別に、私には関係ないしね)
本人が掘り返してほしくなさそうなのだ。敢えて話題に出すことでもないし、ましてやこんな場所で話す内容でもない。麗麗は口を閉じ、精いっぱいの虚勢を張りながらおとなしく歩を進めた。
先ほどまでほかほかとしていた体も、やはり冬の外気には敵わないようで、あまりの寒さにぶるりと震えた。
冥焔は門の前に輿を用意してくれていた。しかし、これは寒さへの配慮というよりも、どちらかというと巫のふりをした麗麗を隠すためだといえよう。
この輿は人力ではなく、牛車である。ふたり乗りであることに気づいたときから察していたが、やはりそうだ。麗麗が冥焔の手を借り輿に乗り込むと、そのすぐあとに冥焔も乗り込んでくる。
ふたりが着席したのを確認し、牛車がゆっくりと進み始めた。
「で」
今が好機である。麗麗は隣に腰を下ろしている冥焔にささやいた。
「私、なんのために宴に出なきゃいけないんですか」
瑛琳妃の前では言葉を濁されたが、後宮の女官をわざわざ変装させ、外廷につれていくなんて大がかりなことまでするのだ。単純に〝霜国の様子を麗麗にも見せておきたい〟なんて生やさしい理由なはずがない。
もういい加減本当のことを話してほしいという意志を込めて見上げると、冥焔は厳しい顔である。
「俺から話すことはなにもない」
「えっ」
さすがにそれはひどくないか。思わず問い返すと、冥焔は気まずそうに視線をさまよわせ、ため息をついた。
「いや、すまない。言葉が足りなかった。俺がこの件について話したら、変な色がつくだろう。お前はお前の仕事をすればいい。今言えるのはそれだけだ」
「はあ……」
と、いうことは。麗麗は軽く曲げた人差し指を顎に添える。
(なんかあるんだろうな、怪異とか、それ系のことが)
いずれにしてもこのひりついた空気感である。気を引き締めるに越したことはないだろう。
牛車はゆっくりと進み、後宮の境目である門をくぐった。見張りの宦官たちが検閲もせずに黙って牛車を通したところをみると、なにかしら根回しをしていたに違いない。そのまま広い道を進み、ようやく牛車が止まった。
先に冥焔が輿から降りる。冥焔の手を借りて、麗麗も裾を踏まないように気をつけながら降りた。そして、目の前の光景に唖然とする。
(な……なんつー……)
ぎんぎらぎんにまったくさりげなくはない、これでもかというくらい光り輝く建物が目の前にどどんと建っていたのである。すでに中には人がいるらしく、艶やかな笛と弦の音が鳴り響いていた。
「ここが『鳳宝殿』だ。他国の使節団をもてなす場所だと言えばわかるだろう」
冥焔の言葉に、麗麗は内心びびりながらもうなずいた。
(つまり、迎賓館ってことね)
最近の環境が環境なだけに、煌びやかな風景には慣れたと思っていたが、そこは性根が物を言う。一刻も早く回れ右をしたくなる足を叱咤して、麗麗は改めて建物を観察した。
それにしても、派手である。しかし、後宮の派手さとは少し様子が違う。
後宮で派手と言えば、最近やたらとおとなしい四夫人のひとり、賢妃・玉璇の独壇場だが、かの妃はやはり女の園の小主らしく、どこか艶めかしさのある華やかさを誇っている。
この殿舎もこれでもかとばかりに飾り立ててあるのは一緒だが、なよやかさ、艶やかさよりも厳かな風格に重きを置いた風情である。丹塗りよりも金を使い、色彩の豊かさよりも彫りの技巧が光る造りになっていた。
威風堂々、宏壮雄大。床や柱が経年変化で黒光りするさまは、なるほど歴史のある国なのだと実感させられる。
「行くぞ。わかっていると思うが、お前は焱の巫ということになっている。あまり余計なことを言うなよ」
(わかってるって)
冥焔に釘を刺されてしまった。
厳めしい顔をした兵たちがずらりと並ぶ門をくぐると、鋭い視線を背中にひしひしと感じる。
(ひええ)
警備が後宮の比ではない。他国の使節団と皇帝が相まみえる場なのだから当然ではあるが、物々しさが段違いだ。
(びびるってまじで!)
普段から宦官や皇帝を見ているので大丈夫だと思っていたが、鍛え上げられた兵の筋骨隆々とした姿を見るとつい足がすくんでしまう。
「姿勢を正して視線を上げろ」
隣を歩く冥焔がすかさず声を落とす。
「こういうときは堂々としていればいいのだ。視線をさまよわせるなど言語道断だぞ」
それができればやっている。とはいえ、冥焔の言うことはもっともであるので、気合いで腹筋に力を入れた。
「冥焔様は、平気なんですか。なんかすっごい、見られてますけど」
「お前はなにを言っているんだ」
冥焔が口元に皮肉げな笑みを浮かべる。
「こんなのは序の口だ」
そりゃあそうだ、そうだったと麗麗は内心苦い笑みを浮かべる。人に見られるのなんて慣れっこなはずだ。この人の正体はなにせ……とそこまで思い出して、すんっと頭の中にシャッターを下ろす。
(それは別に、私には関係ないしね)
本人が掘り返してほしくなさそうなのだ。敢えて話題に出すことでもないし、ましてやこんな場所で話す内容でもない。麗麗は口を閉じ、精いっぱいの虚勢を張りながらおとなしく歩を進めた。



