「いえいえ、私なんて、人に流されてばっかりの人生ですよ。最近は、結婚する友人も出てきて、余計に焦っちゃって」
「あはは、アラサー女子あるあるですね」
ハッ、江角さんが話を聞いてくれるからって、つい愚痴ってしまった! 落ち着きなさい、美咲。相手は取引先よ。
そんな私の内心を知ってか知らずか、江角さんは落ち着いた口調で言った。
「私も独身ですけど、数多くの選択肢の中からやりたいことを選んで、今があります。これからどうなるかは分からなくとも、悔いはないです」
「選択肢……」
その言葉に、頭をガツンと殴られたようだった。
私、周りの人を見て不安になってばかりで、自分がどう生きていくかを考えたことがなかったな。自分の人生は、自分で選んでいくものなのに。
比較や勝ち負けで人を測る癖を、いつの間に身につけてしまったのだろう。
黙り込む私を見て、江角さんが微笑んだ。
「大丈夫。川辺さんのこれまでの経験は、無駄になんかなりませんよ。私が約束します」
「江角さ〜〜ん!」
完璧OL、崩壊。
もう、江角さんと結婚したいかも。そう思いたくなるくらい、私は気を張って生きてきたのだった。
江角さんのお宅を辞した私は、電車に揺られて東京へと戻ってきた。
夕食時なので、どこかのお店に入ろうと思ったんだけど。
「う〜ん……」
都会の街は、選択肢が多過ぎる! 地元よりも圧倒的に多い飲食店と人の数に、自分が何を食べたいのかも分からなくなってしまった。
そもそも、今、お腹空いてる? 規則正しい生活をしたいから、普段は食事時間を一定にしている。でも、移動と白熱した打ち合わせで疲れた今は、ご飯を食べるエネルギーすらないかも。
どこか投げやりになった私の目の前に、ある言葉が煌めいた。
「――『心身の癒しの時間を貴方に』?」
それは、温浴施設の看板だった。魅惑的なキャッチコピーの下には、大浴場やサウナ、休憩処などの写真が載っている。女性でも入りやすそうな、お洒落な雰囲気だ。
街中にこんな場所があるなんて、さすがは都会!
「お腹空いてないしな……」
私は今まで、出張先で仕事以外のことをしてこなかった。商談が終わったら、適当に食事して、ホテルでゴロゴロして寝るだけ。いつも仕事に全力だから、観光とかグルメとかを楽しむ余裕がなかったのだ。
でも、お風呂に入るだけなら、そんなに負担じゃない。
いや、むしろ、入りたい!
「よし」
私は温浴施設の入り口をキッと見据えると、大股で歩み寄った。
脱衣所でメイクを落として服を脱いだ私は、意気揚々と大浴場へ向かった。洗い場でササッと頭と身体を洗ってから、大きな湯船へとゆっくり浸かる。
「うあ〜〜〜」
お湯はそんなに熱くない。温もりがじんわりと身体に染みて、思わず声が出た。オッサンか。
「ふぅぅ〜」
今度は長いため息が漏れる。自宅ではシャワーで済ませていたから、湯船に浸かること自体が久しぶりだ。
湯船の縁にもたれながら、一日を振り返る。私、これからどんな人生を送りたいんだろうなぁ。考えても、疲れた頭じゃ何も思い浮かばない。
ちょっと曇った気分を変えるために、サウナに入ってみることにした。
サウナ室の入り口にあるサウナマットを手に、いざ入室。



