笹と川のせせらぎ

翌日、彼女の面会は謝絶されていた。
会いたくても会えない。
それがとてももどかしかった。

それから一か月ほど、彼女とは会えずじまいだった。
彼女が恋しい。
そう感じるようになった頃、病院から電話がきた。

「ささかわさんの友達さんですか?」
「彼女はもう……」

最後まで聴かず、自転車にまたがると急いで病院へと向かう。
あんなに遠いと思っていた距離が今はとても短く感じた。

急ぐ
急ぐ急ぐ
急ぐ急ぐ急ぐ

ささはどこ?

いつもの場所に早歩きで向かう。

扉を開けるとそこには初めて見る両親と医者、看護師数名とぐったりしたささかわがベッドに横たわっていた。
何事かと訝しげにする両親を尻目に彼女の横に行き、しゃがみ込む。

「ささ?久しぶり、だね?」

涙が頬を伝い、流れ落ちる。
そこにいるのは彼女のはずなのに、彼女じゃないような雰囲気を出していた。
とても…やせ細り、会話をするのもやっと、という感じだった。

『なんで…きた…の?』
『こん…な…すが…た……みせた…く…なかっ…た』

そう言いながらも口元がうっすらと笑っていた。
彼女の「本物の笑顔」だ。

「ささはどんな姿でも『ささ』だよ?」
「いつも一緒って言ったじゃん」

そう言って彼女の手を握る。
他人の痛い視線なんて気にしない。
後ろでごちゃごちゃ何かを言っているようだったが、耳に入ってこない。

『きみ…は…いつも……タイ…ミング…よ……すぎ…だよ』
『あ……そう…だ…こ…れ……』

力を振り絞り、彼女の手から渡されたのは夏祭りのときに彼女にあげた指輪だった。
あんなに大切にしていたものなのに…

『これ…を…もっ…てて』
『ボクの……形見…として……』

息も絶え絶えに、でもこれだけは言わないといけないという強い意志の元、彼女は言葉を紡ぎ続ける。

『結局…あの…おまつ…り…が……さい…ご…の……お…でか…け…に……なっちゃっ…た…ね』
『でも…たの…しか…った……よ?』
『あの…とき…だけで…も……こい…び…と…なれ…て……た…かな?』

今にも消え入りそうな、吐息。

「なれてた!なれてたよ!」
「僕は、ささの恋人!だよ」

そう言って、今までずっと我慢してきたキスを彼女の頬にそっとプレゼントする。

『うれ…し……』
えへへと力なく笑う。

『もっ…と…いっぱ…い……こい…び…と……したかっ…た…なぁ……』

彼女の目からも涙があふれ出す。
私はささの顔が見えないくらい号泣だった。

「ごめん、ごめんね」
「もっといっぱいささのこと、愛して、いろんなところ連れて行ってあげればよかったよね」
「遅くなって、ごめん」
「ささかわのこと、ずっと好きだったよ?」
「いじめから救ってくれたときから…ずっと」

もう一度、今度はおでこにキスをする。
そして頭を撫でる。

『もう…!』
『おそ…い…よ!』
『でも…ほんと…の……こと…さいご…に…き…けて……よかっ…た』

彼女は満面の笑みを浮かべ、頬を赤らめ、乙女の顔をしていた。

『き…み…から……もらっ…た…だい……じ…なたから…もの…だか…ら』
『きみ…に……もっていて…ほし……い…ん…だ』
『あずかっ…て……くれ…る…?』

ぎゅっと彼女の手を握りしめ、

「もちろん」
「ほら、これでもう失くさない」

指輪を受け取り、私の左手の中指にはめ、彼女に見せる。

『うん…う…ん』
『きみ…なら…あ…ん……し…ん……だ…ね』
『あり…が…とう』

彼女は最後の力を振り絞り、

『こっち…き…て』

私は誘われるように彼女に近づく。

【チュッ】

唇に彼女のふんわりとした唇が重なる。
思わず驚いた顔をするが、彼女はそのまま腕を回し、離すまいと抱き寄せてきた。
私は恥ずかしかった。
恥ずかしかったが、嬉しかった。
言葉はいらない。
彼女も同じ気持ちだったんだなとこのとき、理解した。

こんなに絶望的で悲しい場面のはずなのに、
私はなんだか心が洗われるような気持になった。
悲しいはずなのに、嬉しい。
泣きたいはずなのに、笑う。

涙を流しつつも、抱擁する二人はお互いにあふれんばかりの笑顔だった。
























その後、まもなく彼女は息を引き取った。
言いたいこと、渡したいものを全部渡して悔いはなくなったのだろう。
あんなに苦しんでいたのに…
とてもとても痛かっただろうに…
彼女の顔はその辛さとは反比例してとても安らかで優しい笑顔をしていた。




短い生涯を終えた彼女の名は【 笹川 沙羅 】

私の人生の中で唯一愛した大切な人
私の左手中指には今も、彼女の「魂」が光り続けている。