出張の晩ごはんは各自で

――仕事柄、出張は嫌いだ。

夏美(なつみ)はぼんやりと、眼下に広がる雲海を見ていた。

「先輩、先輩。
福岡行ったらなに食べます?
俺、福岡初めてだから楽しみだなー」

隣で今年入ってきた後輩の浅生(あそう)がはしゃぎ、それでなくても憂鬱な夏美の気持ちをより重くさせる。
前にペアを組んでいた(ひがし)さんに戻ってきてくれと願うが、定年退職となればそうはいかない。

「遊びに行くんじゃないんだからな」

「わかってますよー。
でも、メシは食わないといけないじゃないですか」

わざわざ買ったのか、浅生の目は観光ガイドに釘付けだ。

「そう、だけど」

「もつ鍋、ラーメン、あ、ゴマサバもいいですね!」

楽しみにしているところに悪いが、夜にはそんな気分はなくなる。
けれどそんな事実を告げるのが可哀想で、夏美は黙っていた。

夏美は大手機械メーカーの監査部で働いており、全国の支社や営業所などを回っている。
今の部署に配属になって五年、仕事には慣れたが出張のときはいつも気が重かった。

黒髪をきっちりまとめて真顔で正論を言う夏美は、どこでも怖がられていた。
せめて、同僚くらい可愛い見た目にして愛想をよくすればマシになるのでは、とは思う。

「……いや、無理だ」

つい、自分が一オクターブ高い、甘い声で『これ、間違ってるから直してくださいね』なんて語尾にハートをつけて話しているのを想像し、気持ち悪すぎて夏美は身体を震わせた。

「なにが無理なんですか」

スクエアの、黒縁眼鏡の奥で怪訝そうに何度か瞬きし、浅生が顔をのぞき込んでくる。

「なんでもない」

真顔のまま、夏美はすっかりぬるくなったコーヒーに口をつけた。

「もしかしてゴマサバが無理ってことですか?
青魚、苦手な人いますもんね」

脳天気な彼にそうではないと心の中でツッコむ。
しかし、せめて仕事ではその脳天気さを役立ててくれと願っていた。

背が高く、優しげな彼はモデルのように顔がいい。
さらにその人懐っこい性格で部署内では可愛がられている。
そんな彼なら緩衝材になるだろうと上司は夏美につけたのだ。

福岡空港から地下鉄で、東比恵(ひがしひえ)にある九州支社へと向かう。
あっという間に着いてしまうので、福岡に来たときはもう少し覚悟を決める時間をくれといつも思う。

「本社監査部の四郷(しごう)夏美です」

「同じく浅生鷹史(たかふみ)です」

支社に着き、出迎えてくれた管理部の人間へ首から下げた社員証を見せる。

「本日はよろしくお願いいたします」

課長と名乗った年配男性が引き攣った笑顔を浮かべた。

案内された会議室には事前に告げてあった書類が集めてあった。

「さて、やりますか!」

ジャケットを脱いで椅子にかけ、浅生が袖を捲る。
ふたりは早速、書類のチェックを始めた。