「お兄ちゃんの学校って、イケメンいるの?」
妹にいわれて、僕は考えを巡らせた。
はて、イケメン、イケメン。
うん、いるわ。思いついたのは隣の席である古賀だった。サラサラの髪の毛で、やや色素の薄い瞳、目鼻立ちはすらっとしてる上、どんなダサ服でも着こなし、ファッション誌に載っていてもなんらおかしくないアイツだ。街を歩けば、女子高生たちがチラチラと横目で見てくるあの古賀が僕の脳内にポンと浮かんだ。
「いるいる。極上のイケメンいるわ」
「え、なにそれ、見たいよ。画像ないの?」
妹にねだられ、スマホをいじる。しかし、意外と見当たらない。学校祭で無駄に撮りまくったし、フォルダ内にあったような気もしたのに、いざ探してみると、全く入っていなかった。
しかし、待て待て。妹よ、お前は中学受験の真っただ中じゃないか。恋愛だのなんだのに浮かれている場合ではないだろう。そして愛する妹は僕の助言には一切耳を貸さない。
「お兄ちゃんの高校に通いたいんだよね。イケメンいると勉強がやる気になりそう」
「別にこなくてもいいぞ、近いだけでなんのいいこともない」
「近いからいいんじゃない。お願い」
我ながら、妹には甘い。
受験の妹を応援しなくてはならない。
だが、その応援のために、イケメンの画像をくれ……だと?
イケメンはそんなに効果が抜群なのか?
本当なのか?
「僕の画像じゃだめなのか」
視線は冷たく突き刺さる。
あまりこういうことをいうと、しばらく口をきいてくれなくなるからな……。やむを得まい。
かくして僕は、こうして古賀に向き合って、「一枚でいいから写真を撮らせてくれ」と頼み込むことになったのだ。
古賀を呼び出し、教室の片隅で二人でトークするなんて、はじめてのことだ。
「なに」
古賀は僕に対し、かなりの警戒をしていた。
よくよく考えれば、ただ僕たちは隣り合っているだけで、別にたいして親しい訳じゃなかったな。最低限の会話をした程度で、そんな程度のクラスメイトに唐突に写真を撮らせてくれっていわれたら、そりゃー古賀だって嫌だよなあ。
「見たがっているんだ、僕の妹が。ウチの学校でナンバーワンイケメンの古賀をさ」
「え、なにそれ。お前にイケメンだと思われてる?
「思うだろ、そりゃ。だからさ、一枚でいいから撮らせてくれないか、悪いようには使わないから、約束する」
古賀は意外だ、という表情を浮かべた。
しばらく考え、僕の方をみつつ腕を組みながら考えている。
「そうだな、じゃあ交換なら撮ってもいい」
「交換?」
「決まってるだろ、それなら俺もお前を撮らせてくれ」
「はあ?」
ニヤリと笑みを浮かべるこの悪どい顔こそ撮影したかった。全く読めない意図だった。なんでお前が僕の写真を欲しがるんだよ?
平々凡々の背と顔立ち。妹曰く甘めに見れば中の上らしい。マッシュカットにすればモテるかも、なんて思ってやってみたけど、「ふぅん……」で終わった。なお、いまだに告白などは受けていない。
「僕の画像なんていらないだろ。妹の写真ならたくさんあるけどいる?」
「……お前に似てるの?」
「あんま似てないかな」
「ならいらないや」
なんでだよ! とツッコミたくなる。待て、普通欲しいのは妹の写真じゃないのか。いやコイツモテるわけだし、引く手あまたなら、僕の妹の写真なんぞ興味がないか。
欲しいといわれても、僕だって妹の写真はやれなかった。うっかり軽率なことを言ってしまった。なにせ、僕を慕ってくれる可愛い妹には悪い男にだけは引っかかってほしくない。
――いや、待て。
古賀が悪い男だと決まったわけじゃないけどさ。
こんなイケメンだ、彼女が数人いたっておかしくないし――いや知らんけど。
「古賀、もしかして、お前には妹か姉がいたりなんて……そして彼氏募集なんて」
「一人っ子」
――ちくしょう! いたら絶対かわいかっただろうな!
「……うーん、俺はお前と撮りたいんだよね」
という、古賀の言葉で僕の思考は中断された。
「なんだそれは」
仲良しアピールか。
しても仕方ないだろう、表面上のか。
しかも誰に対してだよ、妹にアピールするのか。
こんなイケメンと仲いいんだぜ! ってか?
んなアホな。
僕が首を傾げると、古賀も僕を真似るように首を傾げた。
「だいたい女子と撮るとき、そうするんだよね」
「このモテ野郎が!」
とうとうツッコんでしまった。いや、これは、非モテの僕にそんなさも当然なアピールをしてきたコイツが悪い。僕は全く悪くない!
「まあ、それは冗談なんだけど」
「事実だろ。今日だって、飯田さんと撮ってなかったっけ」
「なんだ見てたのか」
「ま、そりゃあなぁ……」
ため息交じりに僕は今日の出来事を思い返す。
あの時、古賀は、いや古賀たちは自撮りしていた。右隣に飯田さん、左隣には峰岸さん。経緯は不明だけれど、僕だったら飯田さんみたいにかわいい女子から、一緒に撮りたいといわれたら、戸惑いながらもOKするだろう。
「両手に花か、と思ったんだ……」
きっとカーストというものがうちの学校に存在するのなら、上位層はこいつと飯田さんであろう。純粋に僕は女子とキャッキャできる古賀が羨ましかったのだ。
けれど、意外や意外で、あの時の古賀は飯田さんたちにもベタベタしない。どっちかというとコイツは距離を取るんだ。ああ、あれが余裕がある男なのか、なんて思った。それより、その時のややぎこちない表情から、むしろ女子が苦手なのかなって思ったくらいだ。
「古賀って――彼女いるんだっけ?」
「え、なんでそう思ったの?」
古賀に問われて、僕はいっていいのかどうかを迷った。
「なんでといわれても、仕草かな。胸おしつけられて、逃げてたろ」
「気づいてたのか」
古賀は危うく噴き出しそうになるところを堪え、そして誤魔化すように爽やかに笑った。普段は軽そうに見えるのに、妙に硬派ちっくなところがある。ん? ということは、別に彼女が数人いるというわけではないのか?
「見直したぞ、古賀。僕の妹は紹介しないけど」
「なんで勝手に結論だしてるんだ?」
今度は古賀につっこまれて、思わず僕の方が笑った。なんだ、今まであまり話してなかったけど、結構こいつは話しやすい奴だったんだ。
「別に女子苦手ってわけじゃないよ。やたらグイグイくるから嫌だなって思うだけで」
「それが苦手なんじゃないの?」
くくっと古賀は笑った。どうやらツボにはまったらしい。
「そいやあさ、お前って、俺のことよく見てるじゃん」
「は?」
まったくこれまでとは違う突然の発言に、何が言いたいのかわからず動揺した。
「今日も見てただろ、俺をさ」
「え、そうかあ……?」
よく見ていたっけ、考えをひたすら巡らせる。
「あれは、空を見てたんじゃないか? 天気が崩れそうだなって。窓際なんだから、そっちに視線向けるの仕方なくないか」
「いいや。昨日だって、座ってた時にじっと見てきただろう」
「はあ?」
そうだったか?
あんま意識してなかったなあ。
「あ、そうか! 確かにそうかも」
体育の授業から戻ってきた時のことを思い出す。
古賀が汗だくでお茶をぐびっと飲んでいたっけ。女子が何人か、古賀をちらちら見ていたから、なんでやたら見ているんだろうって振り向いたんだ。
制服のシャツが汗で少し張りついていて、気だるそうにしていたっけ。ボタンをひとつ外してネクタイを緩めて、えりぐりをパタパタとさせていた時に、女子が騒ぎ出したんだ。古賀が色っぽいだとか――へえ、そういうものかと、僕はじっくりと見た記憶がある。
「……それは、お前だからじゃないのか?」
「なにそれ。どういう意味なんだ」
「いや、だってお前、目立つじゃん。仕方ないよな、よく話題にあがるしさ」
「そうか、俺が目立つからかだったのか」
古賀はやたらに楽しそうだった。
「いや、正直な感想だろ。ってか、違う。僕たちが話しているのは画像の話だろ!」
「お前ってやたら正直者だよな。普通なら隠し撮りするのに、妹のためにご丁寧に俺に直接撮影頼みにきてさ」
「そりゃあ、まあ……僕のスマホの中にはクラスメイトとの写真がいくつかあったけど、なんか古賀がいなかったんだよね」
そりゃああったら、見せていたし、こんな交渉になってないけどな。
「なるほど、だから、撮りたいんだ? 俺のフォルダ内にもお前が入ってないな」
「待て待て、これって全く話が繋がってないだろ」
「いいや、ずっと同じ話をしているけどね。写真を撮りたい、お前も、俺も。ほら、互いに一致しているじゃないか? なあ、じゃあ撮るよな?」
そう言って、古賀はポケットからスマホを取り出した。
「じゃ、撮るよ? なんか適当にピースでもして」
「待って待って、なに、何するつもりだ!?」
「撮るよ」
「げっ、今? ちょ、やめろって!」
慌てて古賀のスマホのカメラを指でふさいだ。意味が分からない。こんな突飛な行動をする奴だったっけ?
「あーあ、カメラに指紋つけちゃった」
そういって、古賀はカメラモードを閉じ、カメラをシャツでぬぐう。
「待ってくれよ、心の準備がいるだろ。3,2,1とかさ、はい、チーズとか」
「なんでだよ、素の方が、《《らしい》》じゃん。じゃ、もう一回」
再び古賀にカメラを向けられ、反射的に顔をそむけ、手をかざして妨害した。
「ちょ、だから! まだ待ってってば!」
「なんで? カウントすればいいんでしょ? 3,2,1……」
「駄目だってば! なんか恥ずかしいだろ!?」
「俺は平気だけど」
「お前は撮られる側だからだろ! 悪かったよ、そんなに撮られるのが嫌だったのか。もう撮るなんていわないからさ」
そこまで写真が嫌いだとは思わなかったんだ、僕の配慮が足らなかった。
「いや、俺は別に撮られるの嫌じゃないよ。だから交換っていってるんじゃないか」
「……え、マジで嫌じゃないのか?」
「うん。まあいいや、そこまでいうなら、まずはそっちが先に撮ってよ」
「いいのか?」
古賀は当然、という表情を浮かべた。
「分かった」
僕がスマホを構える。古賀は壁にもたれたまま、少しだけ顎を引いた。
「……なんだよ、その顔」
「何が?」
「撮られ慣れてるみたいだ。偽物っぽい」
「なんで本人なのに偽物なんだ」
古賀がめちゃくちゃに腹を抱えて笑った。
僕はシャッターを切った。
めちゃくちゃに笑う古賀がいた。窓から入った午後の光が髪に当たっていて、こっちのほうが《《らしい》》感じがする。
「見せてくれよ」
ドヤ顔で見せると、古賀は言葉を失った。
「こんな風に見えるの? お前から」
「ああ、腹立つくらいイケメンだな」
「ありがとう。俺もそう思う」
「本当に腹が立つこというな!」
古賀はまた笑うと、「その画像を送ってくれ」といった。
「一応あらためて聞くけど、妹にも送ってもいい?」
「もちろんだよ。じゃあ次、こっちが撮る番だ」
「え」
思わず間の抜けた声が出た。そうだ交換条件だった。僕が古賀を撮ったのだから、次は古賀が僕を撮る。理屈としては何もおかしくない、ないのか?
「俺の番だよ? いいでしょ」
「ああ……うん」
古賀がスマホを構えた。
ぎこちない表情になっているだろうな、っていう自覚はある。けれど、緊張してそれどころではない。妙な気分だ。
「……」
「……」
「……もういい?」
「まだ撮ってない。自然に笑って」
「無理だろ、お前みたいにプロじゃないし」
「俺もプロじゃないけど」
それから、笑みを浮かべたまま、また僕にカメラを向ける。
「じゃあ、そのまま撮ろうかな」
「なんで?」
「その表情がいいから」
「……俺の困った顔がいいのか?」
「悪くない」
「……変人すぎだろ」
そのまま、古賀はシャッターを切らなかった。
「やっぱやめた、今度にしよう」
「今度?」
「うん、ポテトでも食べにいこうぜ」
なんだ、それ。
僕がじっと見ていると、古賀はようやくスマホを下ろした。
「じゃあ、食べてる写真とか?」
くくっとまた笑う。
「そのうち、これだと思うのを撮るから」
「だから、なんだそれは」
これだというのはなんなんだ、自分のスマホをポケットにしまって考えた。
まあいいか、そもそも僕が頼んだ側なのだ。
古賀の写真が一枚撮れたんだから、それで妹には十分だろう。
結局、妹に古賀の写真を送ったら、『え、めっちゃイケメンじゃん!』と大絶賛。
でしょうね、と僕は思う。
そのままスマホを置こうとしたところで、妹からメッセージが届いた。
『もっと欲しいんだけど!』
「……はあ!?」
思わずひとりごとが大きくなった。
さっきの一枚で十分だと思っていたのは、どうやら僕だけだったらしい。
『なんで? 一枚送ったじゃん』
『頑張れない! もっと欲しい』
「理屈になってないだろ……」
僕はスマホを見ながら呟いたその直後、古賀からメッセージが届いた。
『明日って時間ある? 放課後な』
僕は少し考えた。
『時間あるけど、どした?』と返す。すぐに既読がついた。
『なんか適当にぶらぶらして遊ぼうぜ』
『撮影?』
『撮らない。それはまた今度』
なんなんだ。写真一枚を撮らずに引き伸ばして。
翌日の放課後、僕たちはボーリング場にいた。
「お前なあ、初めてなら最初に言えよ」
「何度もいっただろ、ボーリングは初めてだって!」
「えー聞いてない」
「……絶対いったぞ、僕は!」
古賀は笑って、僕の手からボールを取り上げた。
「さっきから全部ガーターじゃん。せっかく来たんだから、一回くらい倒そうぜ。教えるから」
「対応までイケメンかよ……」
なんやかんやと時間は過ぎる。
「面白かったよな、ガーターばっかりのお前が」
「仕方ないだろ、ボーリングがはじめてだったんだから」
「じゃ、またな」
「おい、待てよ」
慌てて追いかける。
古賀は歩幅を少しだけ緩めた。古賀は先に歩道橋を降りていった。
「……なあ」
「ん?」
「お前が俺の写真を撮りたがってたの、なんか嬉しかった」
「そんなもんなんだ」
「お前が撮ったからな」
「……ふうん、でも写真なんて、いくらでも撮ればいいだろ。俺って結構撮るの上手かったのか?」
「上手い下手かでいえば、下手な方かも。でも、同じ写真は撮れないだろ。あの時のお前が撮った写真は」
「そっか。撮られるの好きなら、また撮るからさ」
「……お前って、いい奴だな。いい奴すぎるよな」
僕は「褒めてもなにも出ないぞ」といいながら、古賀にカメラを向けた。
古賀は目を細めた。
僕はシャッターを切る。
「……やっぱり腹立つくらいイケメンだな。しかし、これは偽物っぽいな」
「だから本人だって!」
古賀は僕の髪をくしゃっとすると、さよならと手を振った。
「なあ、またボーリングいこうぜ」
「いいぜ、今度は負けないからな」
「勝つつもりでいるのか?」
「当たり前だろ」
古賀が笑った。
僕も、少しだけ笑った。
妹にいわれて、僕は考えを巡らせた。
はて、イケメン、イケメン。
うん、いるわ。思いついたのは隣の席である古賀だった。サラサラの髪の毛で、やや色素の薄い瞳、目鼻立ちはすらっとしてる上、どんなダサ服でも着こなし、ファッション誌に載っていてもなんらおかしくないアイツだ。街を歩けば、女子高生たちがチラチラと横目で見てくるあの古賀が僕の脳内にポンと浮かんだ。
「いるいる。極上のイケメンいるわ」
「え、なにそれ、見たいよ。画像ないの?」
妹にねだられ、スマホをいじる。しかし、意外と見当たらない。学校祭で無駄に撮りまくったし、フォルダ内にあったような気もしたのに、いざ探してみると、全く入っていなかった。
しかし、待て待て。妹よ、お前は中学受験の真っただ中じゃないか。恋愛だのなんだのに浮かれている場合ではないだろう。そして愛する妹は僕の助言には一切耳を貸さない。
「お兄ちゃんの高校に通いたいんだよね。イケメンいると勉強がやる気になりそう」
「別にこなくてもいいぞ、近いだけでなんのいいこともない」
「近いからいいんじゃない。お願い」
我ながら、妹には甘い。
受験の妹を応援しなくてはならない。
だが、その応援のために、イケメンの画像をくれ……だと?
イケメンはそんなに効果が抜群なのか?
本当なのか?
「僕の画像じゃだめなのか」
視線は冷たく突き刺さる。
あまりこういうことをいうと、しばらく口をきいてくれなくなるからな……。やむを得まい。
かくして僕は、こうして古賀に向き合って、「一枚でいいから写真を撮らせてくれ」と頼み込むことになったのだ。
古賀を呼び出し、教室の片隅で二人でトークするなんて、はじめてのことだ。
「なに」
古賀は僕に対し、かなりの警戒をしていた。
よくよく考えれば、ただ僕たちは隣り合っているだけで、別にたいして親しい訳じゃなかったな。最低限の会話をした程度で、そんな程度のクラスメイトに唐突に写真を撮らせてくれっていわれたら、そりゃー古賀だって嫌だよなあ。
「見たがっているんだ、僕の妹が。ウチの学校でナンバーワンイケメンの古賀をさ」
「え、なにそれ。お前にイケメンだと思われてる?
「思うだろ、そりゃ。だからさ、一枚でいいから撮らせてくれないか、悪いようには使わないから、約束する」
古賀は意外だ、という表情を浮かべた。
しばらく考え、僕の方をみつつ腕を組みながら考えている。
「そうだな、じゃあ交換なら撮ってもいい」
「交換?」
「決まってるだろ、それなら俺もお前を撮らせてくれ」
「はあ?」
ニヤリと笑みを浮かべるこの悪どい顔こそ撮影したかった。全く読めない意図だった。なんでお前が僕の写真を欲しがるんだよ?
平々凡々の背と顔立ち。妹曰く甘めに見れば中の上らしい。マッシュカットにすればモテるかも、なんて思ってやってみたけど、「ふぅん……」で終わった。なお、いまだに告白などは受けていない。
「僕の画像なんていらないだろ。妹の写真ならたくさんあるけどいる?」
「……お前に似てるの?」
「あんま似てないかな」
「ならいらないや」
なんでだよ! とツッコミたくなる。待て、普通欲しいのは妹の写真じゃないのか。いやコイツモテるわけだし、引く手あまたなら、僕の妹の写真なんぞ興味がないか。
欲しいといわれても、僕だって妹の写真はやれなかった。うっかり軽率なことを言ってしまった。なにせ、僕を慕ってくれる可愛い妹には悪い男にだけは引っかかってほしくない。
――いや、待て。
古賀が悪い男だと決まったわけじゃないけどさ。
こんなイケメンだ、彼女が数人いたっておかしくないし――いや知らんけど。
「古賀、もしかして、お前には妹か姉がいたりなんて……そして彼氏募集なんて」
「一人っ子」
――ちくしょう! いたら絶対かわいかっただろうな!
「……うーん、俺はお前と撮りたいんだよね」
という、古賀の言葉で僕の思考は中断された。
「なんだそれは」
仲良しアピールか。
しても仕方ないだろう、表面上のか。
しかも誰に対してだよ、妹にアピールするのか。
こんなイケメンと仲いいんだぜ! ってか?
んなアホな。
僕が首を傾げると、古賀も僕を真似るように首を傾げた。
「だいたい女子と撮るとき、そうするんだよね」
「このモテ野郎が!」
とうとうツッコんでしまった。いや、これは、非モテの僕にそんなさも当然なアピールをしてきたコイツが悪い。僕は全く悪くない!
「まあ、それは冗談なんだけど」
「事実だろ。今日だって、飯田さんと撮ってなかったっけ」
「なんだ見てたのか」
「ま、そりゃあなぁ……」
ため息交じりに僕は今日の出来事を思い返す。
あの時、古賀は、いや古賀たちは自撮りしていた。右隣に飯田さん、左隣には峰岸さん。経緯は不明だけれど、僕だったら飯田さんみたいにかわいい女子から、一緒に撮りたいといわれたら、戸惑いながらもOKするだろう。
「両手に花か、と思ったんだ……」
きっとカーストというものがうちの学校に存在するのなら、上位層はこいつと飯田さんであろう。純粋に僕は女子とキャッキャできる古賀が羨ましかったのだ。
けれど、意外や意外で、あの時の古賀は飯田さんたちにもベタベタしない。どっちかというとコイツは距離を取るんだ。ああ、あれが余裕がある男なのか、なんて思った。それより、その時のややぎこちない表情から、むしろ女子が苦手なのかなって思ったくらいだ。
「古賀って――彼女いるんだっけ?」
「え、なんでそう思ったの?」
古賀に問われて、僕はいっていいのかどうかを迷った。
「なんでといわれても、仕草かな。胸おしつけられて、逃げてたろ」
「気づいてたのか」
古賀は危うく噴き出しそうになるところを堪え、そして誤魔化すように爽やかに笑った。普段は軽そうに見えるのに、妙に硬派ちっくなところがある。ん? ということは、別に彼女が数人いるというわけではないのか?
「見直したぞ、古賀。僕の妹は紹介しないけど」
「なんで勝手に結論だしてるんだ?」
今度は古賀につっこまれて、思わず僕の方が笑った。なんだ、今まであまり話してなかったけど、結構こいつは話しやすい奴だったんだ。
「別に女子苦手ってわけじゃないよ。やたらグイグイくるから嫌だなって思うだけで」
「それが苦手なんじゃないの?」
くくっと古賀は笑った。どうやらツボにはまったらしい。
「そいやあさ、お前って、俺のことよく見てるじゃん」
「は?」
まったくこれまでとは違う突然の発言に、何が言いたいのかわからず動揺した。
「今日も見てただろ、俺をさ」
「え、そうかあ……?」
よく見ていたっけ、考えをひたすら巡らせる。
「あれは、空を見てたんじゃないか? 天気が崩れそうだなって。窓際なんだから、そっちに視線向けるの仕方なくないか」
「いいや。昨日だって、座ってた時にじっと見てきただろう」
「はあ?」
そうだったか?
あんま意識してなかったなあ。
「あ、そうか! 確かにそうかも」
体育の授業から戻ってきた時のことを思い出す。
古賀が汗だくでお茶をぐびっと飲んでいたっけ。女子が何人か、古賀をちらちら見ていたから、なんでやたら見ているんだろうって振り向いたんだ。
制服のシャツが汗で少し張りついていて、気だるそうにしていたっけ。ボタンをひとつ外してネクタイを緩めて、えりぐりをパタパタとさせていた時に、女子が騒ぎ出したんだ。古賀が色っぽいだとか――へえ、そういうものかと、僕はじっくりと見た記憶がある。
「……それは、お前だからじゃないのか?」
「なにそれ。どういう意味なんだ」
「いや、だってお前、目立つじゃん。仕方ないよな、よく話題にあがるしさ」
「そうか、俺が目立つからかだったのか」
古賀はやたらに楽しそうだった。
「いや、正直な感想だろ。ってか、違う。僕たちが話しているのは画像の話だろ!」
「お前ってやたら正直者だよな。普通なら隠し撮りするのに、妹のためにご丁寧に俺に直接撮影頼みにきてさ」
「そりゃあ、まあ……僕のスマホの中にはクラスメイトとの写真がいくつかあったけど、なんか古賀がいなかったんだよね」
そりゃああったら、見せていたし、こんな交渉になってないけどな。
「なるほど、だから、撮りたいんだ? 俺のフォルダ内にもお前が入ってないな」
「待て待て、これって全く話が繋がってないだろ」
「いいや、ずっと同じ話をしているけどね。写真を撮りたい、お前も、俺も。ほら、互いに一致しているじゃないか? なあ、じゃあ撮るよな?」
そう言って、古賀はポケットからスマホを取り出した。
「じゃ、撮るよ? なんか適当にピースでもして」
「待って待って、なに、何するつもりだ!?」
「撮るよ」
「げっ、今? ちょ、やめろって!」
慌てて古賀のスマホのカメラを指でふさいだ。意味が分からない。こんな突飛な行動をする奴だったっけ?
「あーあ、カメラに指紋つけちゃった」
そういって、古賀はカメラモードを閉じ、カメラをシャツでぬぐう。
「待ってくれよ、心の準備がいるだろ。3,2,1とかさ、はい、チーズとか」
「なんでだよ、素の方が、《《らしい》》じゃん。じゃ、もう一回」
再び古賀にカメラを向けられ、反射的に顔をそむけ、手をかざして妨害した。
「ちょ、だから! まだ待ってってば!」
「なんで? カウントすればいいんでしょ? 3,2,1……」
「駄目だってば! なんか恥ずかしいだろ!?」
「俺は平気だけど」
「お前は撮られる側だからだろ! 悪かったよ、そんなに撮られるのが嫌だったのか。もう撮るなんていわないからさ」
そこまで写真が嫌いだとは思わなかったんだ、僕の配慮が足らなかった。
「いや、俺は別に撮られるの嫌じゃないよ。だから交換っていってるんじゃないか」
「……え、マジで嫌じゃないのか?」
「うん。まあいいや、そこまでいうなら、まずはそっちが先に撮ってよ」
「いいのか?」
古賀は当然、という表情を浮かべた。
「分かった」
僕がスマホを構える。古賀は壁にもたれたまま、少しだけ顎を引いた。
「……なんだよ、その顔」
「何が?」
「撮られ慣れてるみたいだ。偽物っぽい」
「なんで本人なのに偽物なんだ」
古賀がめちゃくちゃに腹を抱えて笑った。
僕はシャッターを切った。
めちゃくちゃに笑う古賀がいた。窓から入った午後の光が髪に当たっていて、こっちのほうが《《らしい》》感じがする。
「見せてくれよ」
ドヤ顔で見せると、古賀は言葉を失った。
「こんな風に見えるの? お前から」
「ああ、腹立つくらいイケメンだな」
「ありがとう。俺もそう思う」
「本当に腹が立つこというな!」
古賀はまた笑うと、「その画像を送ってくれ」といった。
「一応あらためて聞くけど、妹にも送ってもいい?」
「もちろんだよ。じゃあ次、こっちが撮る番だ」
「え」
思わず間の抜けた声が出た。そうだ交換条件だった。僕が古賀を撮ったのだから、次は古賀が僕を撮る。理屈としては何もおかしくない、ないのか?
「俺の番だよ? いいでしょ」
「ああ……うん」
古賀がスマホを構えた。
ぎこちない表情になっているだろうな、っていう自覚はある。けれど、緊張してそれどころではない。妙な気分だ。
「……」
「……」
「……もういい?」
「まだ撮ってない。自然に笑って」
「無理だろ、お前みたいにプロじゃないし」
「俺もプロじゃないけど」
それから、笑みを浮かべたまま、また僕にカメラを向ける。
「じゃあ、そのまま撮ろうかな」
「なんで?」
「その表情がいいから」
「……俺の困った顔がいいのか?」
「悪くない」
「……変人すぎだろ」
そのまま、古賀はシャッターを切らなかった。
「やっぱやめた、今度にしよう」
「今度?」
「うん、ポテトでも食べにいこうぜ」
なんだ、それ。
僕がじっと見ていると、古賀はようやくスマホを下ろした。
「じゃあ、食べてる写真とか?」
くくっとまた笑う。
「そのうち、これだと思うのを撮るから」
「だから、なんだそれは」
これだというのはなんなんだ、自分のスマホをポケットにしまって考えた。
まあいいか、そもそも僕が頼んだ側なのだ。
古賀の写真が一枚撮れたんだから、それで妹には十分だろう。
結局、妹に古賀の写真を送ったら、『え、めっちゃイケメンじゃん!』と大絶賛。
でしょうね、と僕は思う。
そのままスマホを置こうとしたところで、妹からメッセージが届いた。
『もっと欲しいんだけど!』
「……はあ!?」
思わずひとりごとが大きくなった。
さっきの一枚で十分だと思っていたのは、どうやら僕だけだったらしい。
『なんで? 一枚送ったじゃん』
『頑張れない! もっと欲しい』
「理屈になってないだろ……」
僕はスマホを見ながら呟いたその直後、古賀からメッセージが届いた。
『明日って時間ある? 放課後な』
僕は少し考えた。
『時間あるけど、どした?』と返す。すぐに既読がついた。
『なんか適当にぶらぶらして遊ぼうぜ』
『撮影?』
『撮らない。それはまた今度』
なんなんだ。写真一枚を撮らずに引き伸ばして。
翌日の放課後、僕たちはボーリング場にいた。
「お前なあ、初めてなら最初に言えよ」
「何度もいっただろ、ボーリングは初めてだって!」
「えー聞いてない」
「……絶対いったぞ、僕は!」
古賀は笑って、僕の手からボールを取り上げた。
「さっきから全部ガーターじゃん。せっかく来たんだから、一回くらい倒そうぜ。教えるから」
「対応までイケメンかよ……」
なんやかんやと時間は過ぎる。
「面白かったよな、ガーターばっかりのお前が」
「仕方ないだろ、ボーリングがはじめてだったんだから」
「じゃ、またな」
「おい、待てよ」
慌てて追いかける。
古賀は歩幅を少しだけ緩めた。古賀は先に歩道橋を降りていった。
「……なあ」
「ん?」
「お前が俺の写真を撮りたがってたの、なんか嬉しかった」
「そんなもんなんだ」
「お前が撮ったからな」
「……ふうん、でも写真なんて、いくらでも撮ればいいだろ。俺って結構撮るの上手かったのか?」
「上手い下手かでいえば、下手な方かも。でも、同じ写真は撮れないだろ。あの時のお前が撮った写真は」
「そっか。撮られるの好きなら、また撮るからさ」
「……お前って、いい奴だな。いい奴すぎるよな」
僕は「褒めてもなにも出ないぞ」といいながら、古賀にカメラを向けた。
古賀は目を細めた。
僕はシャッターを切る。
「……やっぱり腹立つくらいイケメンだな。しかし、これは偽物っぽいな」
「だから本人だって!」
古賀は僕の髪をくしゃっとすると、さよならと手を振った。
「なあ、またボーリングいこうぜ」
「いいぜ、今度は負けないからな」
「勝つつもりでいるのか?」
「当たり前だろ」
古賀が笑った。
僕も、少しだけ笑った。



