怖い怖い怖い。
俺は広瀬 宙高校2年生。
周りに迷惑をかけないように1人、身を潜めて静かな高校生活を送っていた。
そう。今この瞬間までは…。
「広瀬、ちょっといい?」
昼休み。
いつものように教室の片隅で弁当を広げたその時、頭上から声がした。
普段からぼっちだったから、完全に気を抜いていた。
風間 晴人
茶色みかかった栗毛、色素が薄いのだろうか黒目まで茶色くてカッコ良さの中にも洗練された美しさが際立つ。うちのクラスの一軍の1人。
ハイスペックすぎて、彼とは今まで会話すら交わしたこともない。
接点なんて一切ない。住む世界線が違う人。
そんな彼が、一体全体何の用だろうか。
全く身に覚えがない。
怖すぎるんですけど…。
周りもざわつき始めた。
そりゃそうだ。この光景、ありえなすぎる…。
「えっと…。な、何…かな」
この場合、どう対応すべきか。
俺は口角を精一杯あげてなんとか笑顔を作る。
表情筋が硬い。うまく笑えているだろうか。
「おーい、風間。飯いこーぜ」
風間の幼馴染の生田が冷えつく空気を切ってくれた。 彼はいい意味で空気を読まないのだ。あくまでマイペースに生きている。陽の代表のような存在だ。
「先行ってるぞ」
同じく一軍の五十嵐。物静かで口数は少ないから普段から何を考えているか分かりにくい。シリアスな雰囲気がやはり女子に人気が高い。
「あ、あの…。呼ばれてる……よ?」
どうにかこの場を切り抜けたい。
とにかく彼に何を言われるのか怖くてたまらない。
「悪い。俺、今日パス」
風間が2人に軽く合図した。
「広瀬?……お前ら、仲良かったっけ?」
生田は俺と風間を交互に見比べて腕を組む。
全然仲良くありませんー。
俺はプルプルと首を振る。
風間はそんな俺をみてフッと微笑んだ。
「これから仲良くなるとこ」
ヒェッ。
喉から変な声が出そうになる。
イケメンの微笑みの破壊力
「広瀬、その弁当持って一緒に来て。食べながら話そう」
「は、はい!」
ガタンと立ち上がったもんだから、椅子がバタンと後方に倒れてしまった。
「そんな怖がらなくっても大丈夫だよ」
クスリと笑って、風間は僕の倒した椅子を直してくれた。
柔らかな笑顔。
少しだけ緊張が和らいだ。
「じゃ。来て」
「あ…。う、うん」
急いで弁当の蓋を閉め、荷造りを済ますと先に教室を出た風間を追いかけた。
一部始終を見ていたクラスメイト達のざわめきを背後に感じながら、僕は言われた通りついていくしかなかった。
パシリにされるのだろうか。
お小遣いも少ないし、金銭を請求されても困ってしまう。いや、そもそも彼の家は金持ちだって聞いたからお金には困っていないのでは…。
普段から思考がネガティブ過ぎて次々とおかしな思考が湧いて来た。
⭐︎
誰もいない音楽室。
「座って」
「うん」
言われるがままに従った。
何を言われても「YES」と言おう。
相手は一軍。
パシリでもなんでもこの際受けよう。
卒業まで2年ないし。なんてことはない。うん。
音楽室に入る頃には気持ちは固まっていた。
しばらく静寂な時間が流れた。
話があると言う風間だったがなかなか話を切り出さない。
言い出しにくい内容なのか、窓の先を眺めながら何かを考えているようだった。
しかし綺麗な顔してるなぁ。
普段から整った顔立ちは見ていたけれど、ここまで間近で接したことがなかったから目を奪われてしまう。
綺麗な鼻筋、フェイスライン。
性別関係なくかっこ良すぎる…。しっかり見惚れていると風間が不意に口を開いた。
「広瀬に頼みたいことがあるんだけど…」
きた。
覚悟を決める。
「う、うん」
何を言われても「YES」だ。
答えは決まっている。
「あのさ…」
「俺、お前の弁当食いたいんだけど」「うん、いいよ」
なんでも「YES」と決めていたから思いが先走ってしまって風間が言い切る前に返答してしまった。
「…あれ?今…なんて」
今、弁当って言った…よね?
「その弁当、食いたいんだけど」
「あの、ちょっと待って。俺、パシリにされるわけじゃない?」
今は風間が本当に呆れた顔をした。
「…どんな発想してんだよ」
「だ、だって…。弁当って…」
補足が欲しい。いくらなんでも謎すぎる。
「インスタ…。やってるよな」
「え?」
「sora弁…」
「…あー」
「これ、広瀬のインスタだよな」
スマホ画面を見せられた。
俺の弁当アカウントだ。
そう。俺は毎日弁当を自作している。これは記録用に撮り溜めているだけで普段からコメントはオフにしているし、フォロー数も数十人程度の個人アカウントだ。
「お前のインスタ。フォローしてる」
かたや高校生ながら1000人のフォロワーを抱える風間。評価通知が最近来るようになってフォローされていたことには最近気づいてはいたけれど…。
自分が反応しなければ問題ないと思ってた。
垢バレすることがあるなど、思ってもいなかった。
それにしても、だ。
「…なんで俺の弁当なの?風間、お昼いつも売店だよね?」
「交換して欲しい」
「…んん?」
「推し弁なんだ」
「は、はあ…」
一軍ねパシリになると覚悟していたくらいだから、そんな事でいいのかと肩透かしを食らった気分だった。
「……交換するだけでいいの?」
「ああ」
「こんなでいいなら…。どうぞ」
両手を添えて弁当を献上する。
「……ありがとう」
風間は一言礼をした。
表情があまり変わらないからどういう感情なのか分かりにくい。
「じゃ、コレ」
献上した手のひらにポンポンと菓子パンが乗せられる。メロンパン。クリームパン。チョココロネ。全部甘い。乗せられ過ぎてあやうく落としそうになる。
「ありがと。でもこんなに食べきれないよ…」
「食べていい?」
「…うん。どうぞ」
風間はしばらく弁当を見つめてからそっと手を合わせた。
「いただきます」
風間が俺の作ったお弁当を食べるている。
なんだこのありえない光景。
今起きているリアルに信じられない。
それにしても美味しそうに食べるなぁ。
一口が大きいくてリスみたいにほっぺたが膨らむ。かっこいいのに食べ方がちょと可愛い。
黙々と食べている様子を、交換したパンを頬張りながら眺めていた。
今日はハンバーグ弁当。ハンバーグは作り置きの冷凍。あとはウインナーと卵焼き。キャラ弁でもなければ映え要素なんて皆無だ。
特に変わり映えのない弁当なんだけど…。
「…卵焼きが甘い…」
「あ、甘いの嫌だった?嫌な人もいるよね。うちはお弁当の卵焼きは甘いやつなんだ」
「…俺これ好きだわ」
「…それはよかった…です」
普段こそこそ食べている弁当。
そこまで気持ちよく食べてくれると僕の気分も晴れる。
こんな風に、あいつにも食べてもらいたかった。
あの日の苦い記憶を思い出す。
忘れていたはずなのに、忘れていなかった事に驚いた。記憶とはいつもほんの些細なきっかけで思い起こされてしまう。嫌な思い出なんて忘れ去られたらいいのに。
「ご馳走様でした」
風間は蓋を閉めた後、再び手を合わせた。
残さず食べた後の空の弁当箱。
綺麗になった弁当に、俺は妙な感覚を覚えた。
喜びや感動に近い感情だった。
「広瀬?」
「あ。うん。ごめん。ボーッとしちゃった。なんでもないよ。…僕の方こそ。パンご馳走様でした」
「美味しかった」
「よかった」
「なあ。広瀬」
「ん?」
「広瀬が嫌じゃなかったら、たまに広瀬の作った弁当食べたいんだけど」
「…えっと」
「勿論金は払う。…だめかな」
「そんな。お金はもらえないよ。そんな凄い物作ってるわけじゃないし。人に食べてもらうような物じゃないってゆうか…」
『キモ…』
些細なきっかけで、嫌な記憶は呼び起こされる。
塞ぎ込みたい衝動にかられる。
あれは風間に言われた言葉ではないのに。
「広瀬?」
「あ、ごめん。何でもない」
「迷惑、だよな。急に」
「…風間だったら頼めばお弁当作ってくれる女たくさんいると思うけど」
「…女子は下心あるから頼めない」
「あ。確かに」
「ダメ…かな?」
うっ。顔面強。
弁当は毎日の日課だから、特に負担になることはないけど…。
「………わかった。ただしお金はもらえない。だから今日みたいにトレードてことなら。うん。いいよ」
「OK!分かった」
出された右手に、吸い寄せられるように手を重ねた。
「よろしく」
こうして俺は、なぜか一軍男子に自作の弁当を作る事になった。
⭐︎
「今日のは、なんだったんだろう」
思いもしなかった事が起きてまだ混乱している。
自室のベッドに横になり、スマホを開く。
風間のインスタを、俺の少ないフォロワーから探すのには容易な事だった。
頻繁に更新するタイプではなかったが、何故かフォロワーが多い。女の子に連絡先を教えたくないからだと、俺とのLINE交換の際に話していた。
それなら自分もインスタで。と伝えてみたが、
「広瀬はこっち」
半ば強制的にLINE交換となった。
『月木は?』
詳しい話が出来なくて、俺たちは交換したばかりのLINEで細かい内容を決めていた。
これはいわば…契約のような物だ。
もしかしたら風間の気まぐれで、きっとそのうち飽きるだろう。
深く考える事をやめた。
『了解』
毎日弁当作らせるのは悪いからと、まずはお試しで週2回から始めることになった。
『風間は嫌いなものある?』
『ピーマン』
『オッケー。好きなものはある?』
『甘い卵焼き。あれ毎回食べたい』
『分かった』
『あとさ。ウインナータコにして』
ポン。
タコの絵文字が届く。
『わかった』
風間はカッコいいのに中身がたまに可愛い。そのギャップに気づいてしまった。胸がざわつく。
なんで俺?
聞いてみようと思ってやめた。
いつまで続くかわからないから。
人の縁なんてものは、いつだって一瞬で切れてしまうのだから。
⭐︎
あの日をきっかけに、風間と過ごす時間が増えていった。
俺が1人でベランダに出れば気づくと風間が隣に来た。授業のグループ分けでペアに困っていると自然な形で風間が俺の手を取りペアになってくれる。
普段から1人でいる事が多かったから、最初は戸惑った。
そう言えば最近1人で過ごすことがなくなっていた。
昼休みも『契約日』ではない日も2人で過ごす。当たり前のように風間が隣にいる。
不思議でならなかった。
でも居心地がとてもいい。風間はいつも俺の話を黙って聞いてくれる。視線だけでなく、体もこちら側に向けて。聞き上手な相手と対峙する事はこんなにも居心地が良いのだと感じずにはいられない。
けれど風間がいるところには生田と五十嵐がいて。3人グループが4人になる事でバランスが崩れてしまうんじゃないかと今だに俺の心は不安定だった。
「ハイでは3-4人でグループ作れ〜。チーム対抗形式な」
体育の授業、今日はバスケ。
いつも最後でグループに入れないでいると体育教師がどこどこに入るように指示をくれる。俺は適当に端っこで待っていようと歩き出す。
「なんですぐ1人になろうとするの?」
風間がチョンチョン俺の肩に触れて合図した。
「広瀬はこっちな」
生田がニコニコ手招きをしている。
自然に、当たり前に輪の中心に入れてくれる。
「よー。広瀬よろしくな」
「あ、俺、バスケ得意じゃなくて。迷惑かけるよ」
「大丈夫くね?俺らも帰宅部だぜ。な、五十嵐」
「まあ、問題ないんじゃない?」
「あ、りがと」
体育館を4分割してハーフコートでの2オン2。
男女チームは分かれていたけれど、女子の黄色い声が響いている。
まさにうちのチームからは風間と生田が試合に出ている。
「カッコいい〜」
「かざまくーん!」
運動部ではないのに、そつなくこなしてしまう。
うん。かっこいい。すごく。
キラキラして見える。
「広瀬さ、弁当、作ってるんだって?風間に」
普段無口な五十嵐が俺にだけ聞こえる声で話しかけて来た。
「お前ら、付き合ってるの?」
「え、あ、ええっ?ま、まさか。違うよ」
「そうなんだ」
残念。と言う声が聞こえたような気がした。
「えっと…」
「昼休み、2人でいるじゃん?だから聞いた」
「そっか」
「手作り弁当なんだって?」
「あー。うん。…気持ち悪いよね。男が手作りなんて」
「…何で?」
「え…」
「俺は俺たちに気を使わず一緒に昼休み過ごさないかと提案してるだけだけど」
「…え」
「別に最近うちら一緒につるんでるし、昼飯の時も差し支えないならと思って。付き合ってるって言うならこの提案はしてないけど。…風間は嫌がるだろうが」
「…」
「?ああ。そんな顔するな。ただの独占欲だよ」
「え?」
「風間、結構独占欲強いからな」
ピピー。
試合終了。
「おーし!勝ったぞー!まずは一勝!」
いえーい。生田が両手をヒラヒラと近ずいてくる。
ハイタッチ、だよね。
弱めにタッチ。
生田が駆け寄ってくる。
「お疲れ様。凄い。うまいね2人とも」
「へへー。たまに休み時間俺らやってるからな」
生田は俺の次に五十嵐に絡みに行く。
「何2人勝手に仲良くなってんの?」
風間が俺と五十嵐を見みて何故か五十嵐に向かって言い放つ。
少し、機嫌が悪そうだ。
「な。独占欲やばいだろ」
五十嵐が俺にやれやれとジェスチャーした。
「ホイ次お前らの番な」
生田が俺と五十嵐を順番に立たせる。
「頑張れよっ」
「う、うん」
拳にグンと力をいれた。
すれ違う時、風間の顔がぐんと近づいた。
「頑張ってね」
耳元で囁かれた。
熱い。
「…面目ない」
負けた挙句、怪我までしてしまった。
五十嵐から来たパスを受け損ないボールですってしまった。軽いかすり傷。
「ん?試合には勝ったしあとはあの2人に任せりゃ大丈夫だよ。それに広瀬もシュート決めてたじゃん」
「あれは、本当にまぐれで」
「かっこよかったよ」
「…冗談、やめろよ」
授業中、保健室に向かう。
「1人で大丈夫なのに」
「…マジで広瀬は気を抜くとすぐ1人になろうとするよな」
「大した怪我してないし」
「流血してる」
「…」
「あれ、留守だな」
保険室。『不在』の札がかけられていた。
「広瀬、座って。痛い?」
「いた…。けど大丈夫」
「跡にならないといいけど」
「ありがとう」
「さっき、五十嵐と何話してたの?」
「あ、なんか弁当のこと言われて」
「ああ」
「付き合ってるのかって。ちゃんと否定したよ」
「…」
「風間?」
「…付き合ってみる?」
「え?」
「答え合わせしたい」
「え?」
「俺が広瀬に感じてる気持ちがなんなのか。答え合わせ、させてよ」
それ、どういう意味だろうか。

