校内ビジネスカップルの破局

 冬休みを終えて、数週間。
 風宇(ふう)文燈(あやと)への気持ちがよくわからないまま、表面上は平和な日々を過ごしていた。

 初詣の時に感じた寂しさ。
 告白してきた若月(わかつき)に対する戸惑い。
 あの日は感情がまるでジェットコースターのようで、今では夢でも見ていたような感覚になっている。

 文燈の態度は去年と変わらない。
 こちらはあの時の突き放したような言葉が、まだ胸の中でしこりになっているのに。
 相変わらず風宇呼びするし、彼氏面で常に隣にいる。これも全部演技なのだと思うとなんだか無性にムカついてくる。

「はあ……」

 風宇は昇降口で溜息をひとつ。
 文燈は委員会で、久しぶりに一人の放課後だった。のびのびと帰宅出来るはずなのに、なんだか胸がモヤモヤしていて気持ち悪い。

葉山(はやま)くん!」

 後ろから呼ばれて振り返る。
 そこには若月(わかつき)(ひかる)が立っていた。

「お、おお……若月」

 彼が盛大に振られた現場を見ているため、風宇は少し気まずかった。それにあの日は混乱ばかりしていたので、若月の顔を見ても夢で見た人に会ったような、覚束ない感覚だ。

「僕はね、全部見てたんだよ」

 そう言いながら、スマホ画面を見せてくる。それは、風宇と文燈がゲームセンターで遊んでいる写真だった。

「おま……っ! ふざけんなよ、盗撮じゃねえか!」

 クリスマスの時のものだろう。文燈は女子の誰かがつけてくるのではと言っていたが、まさか若月だったなんて。
 風宇は思わず声を荒らげたが、若月は瞳を潤ませて悪びれもせずにまくしたてる。

「二人の空気感……クリスマスなのに、あえての外しでゲーセンに行く、こなれ感。まるで熟年夫婦のようだったよ!」

「ああん?」

 何を言いたいんだ、こいつは。
 風宇には若月が宇宙人のように思えた。理解出来ない。

「お正月は、余計な会話なんて超越した雰囲気で! そんなの無くても通じ合ってます感!」

「はあ?」

 ただ気まずいだけだったのに、若月は誤解をしている。けれど、その誤解を解く訳にはいかない、風宇はどうしたものかと困り果てた。

 そうしているうちに、若月はどんどんヒートアップしていく。嫉妬に燃える瞳が、風宇に狙いを定めていた。

「僕はね、広瀬(ひろせ)くんにもっと恋愛を楽しんで欲しいんだ。ドキドキして欲しい!」

「……それはアイツの勝手だろ」

 若月の独りよがりな言葉に、風宇は思わずつっこんだ。すると、若月はキッと風宇を睨んで言う。

「僕なら広瀬くんにドキドキをあげられる!」

「いや……知らんし」

 なんでそんなにムキになるんだ。
 お前、振られたの忘れたのか?

 風宇がそう返す前に、若月はビシッと指差して宣戦布告のように言った。

「僕は諦めない! 勝負だ、葉山くん!」

「ハア?」

「バレンタインに広瀬くんにチョコをあげて、どっちがお返しをもらえるか、勝負だ!!」

「ハアァ!?」

 そんなイベントがそういえばあった。状況が変わり過ぎて忘れていた。
 当たり前に風宇が文燈にチョコレートをあげる事が確定している。
 完全にもらう側だったのに、今年はあげる側なのか。風宇は少し頭が痛くなる。

「僕は負けないからね!」

 思考が追いつかない風宇を置き、若月は言うだけで言って帰っていった。
 残された風宇は呆然と立ち尽くす。

「……マジ?」

 頭の片隅で、どんなチョコレートを買えばいいのか、そんな事を考えた。



 ◇ ◇ ◇



「葉山くん、チョコレートは持ってきたよね?」

 バレンタインの日。風宇は若月とともに、文燈を待ち伏せしていた。
 交際宣言をしたとは言え、校内ナンバーワンイケメンの座は揺るがない。
 文燈は朝から女子達のチョコレート攻撃で身動きが取れない状況だった。

 比べて風宇はと言えば、ほぼ無風である。
 文化祭で大勢の目の前で宣言してしまったのが効いているのか、机の中に数個入っていただけ。
 文燈のように面と向かって渡されたりはしなかった。去年とは大違いである。

「クソが。オレは結構傷ついてるんだぞ……」

 そうなるように仕向けたのはお互い様なのに、どうして文燈だけが帰るのもままならないほどになっている。
 風宇は文燈との差に、気づきたくなかったその差に、今日やっと打ちのめされた。

「なんでオレまでやらないといけないんだ……」

 今日を迎えるまで、若月には何かにつけてリマインドされた。
 あまりのしつこさに、チョコレートを買ったら負けだと思ったくらいだ。
 それでもとうとう根負けして、今朝、コンビニで売れ残りのバレンタイン用チョコレートを買ってしまった。



 もう後には引けない。
 若月に捕まってしまい、こうしてマンション前で風宇は文燈が帰って来るのを待っている。

「あ! やっと帰ってきた!」

「ん? アイツ、何も持ってない……」

 朝から放課後まで、チョコレートを渡されまくったはずなのに。
 文燈はいつも通りのカバンを手に提げているだけだった。

「あれ、風宇じゃないか。俺を待っててくれたのか?」

 ホッと安堵したような笑みを浮かべて、文燈が風宇の側に駆け寄る。
 そんな態度をされると、嫉妬で傷ついていた自分がなんだかバカみたいに思えた。

「ぼ、僕もいるよ! 広瀬くん!」

「ん? ああ、若月か」

「これ、バレンタインのチョコレート! もらってください!」

 急に一人だけ出すな、若月!
 
 風宇はあまりに身勝手な行動に面食らった。
 あんなに「せーので渡そうね」って言っていたのに。

 お前はそういうヤツか、若月!

 先を制された風宇は二の句が告げずに、その場で棒立ちになった。
 意識はチョコレートを差し出された文燈に向かう。
 どうするんだろうと思っていたら、文燈はニッコリと笑って——

「ああ、ごめん。いらない」

「……ぽぺ!?」

 若月は、顔の穴という穴を広げて驚いている。
 差し出す手を震わせながら、ようやく尋ねた。

「で、でも……今日は女子からたくさん……?」

「え、全部断ったけど」

「ぽぺえ!」

 哀れ、若月は意味不明の奇声を残し、その場で固まってしまった。

「あれ? 風宇も、もしかしてチョコ持ってる?」

「あ、えと……」

 めざとく見つけられてしまった。風宇は二割引きのチョコレートを持ちながら、文燈に恨みがましく言った。

「いや、お前いらねえんだろ」

「ええ? 風宇のは欲しいよ」

「な……っ」

 意外な返答に、風宇もまた一瞬固まる。
 だが、文燈は手を伸ばしてニコニコ笑って促した。

「ちょうだい」

「あ、ああ……まあ、うん」

 風宇はぎこちない手つきでチョコレートを文燈に渡す。
 なんで。なんだ。なんなんだ。風宇の頭は混乱で訳が分からなくなっていた。

「ありがとう」

 心から嬉しそうに笑う文燈。とても演技とは思えなかった。
 その笑顔を目の当たりにして、風宇は心臓が痛いほど締めつけられる。

 なんで、こんな気持ちになるんだろう。

 少しロマンティックな方向に風宇の思考が傾きかけた時、若月の号泣と叫びが響く。

「お疲れ様でしたあぁあ……ッ!」

 拒まれたチョコレートを握りしめて、二度も振られた男は立ち去った。



「送るよ、風宇」

 かなりご機嫌の文燈は、風宇の腰に手をおいてエスコートのポーズを決める。

「アホが。家の前だっつーの」

 そんな憎まれ口を叩いても、文燈はニコニコ笑っていた。



 悪くない気分だった。