校内ビジネスカップルの破局

 二年三組、若月(わかつき)(ひかる)。校内第三位のイケメンであるが、系統が可愛い方なので風宇(ふう)文燈(あやと)と女子のファン層が被ることはない。
 だから、風宇も文燈も彼についてはよく知らない。完全に住んでいる界隈が違う。

 そんな可愛い系男子の若月から、文燈は突然愛の告白をされてしまった。

「若月、お前、オトコが好きだったのか!」

 つい最近同じ経験をした風宇は、今の状況にすっかり面食らってしまった。
 風宇のはニセ告白だったが、文燈が受けているのはどうもガチ告白だ。
 状況が特殊過ぎて、風宇の心臓はバクバク言い始めている。

「もう! だから葉山(はやま)くんは黙ってて!」

 若月は本当に迷惑そうに顔を歪めていた。
 顔が可愛いので、震えるチワワ犬のようにも見える。
 そんな頼りなく震える肩には、一世一代の決意がありそうだった。それで風宇は剣幕におされて口を噤む。

広瀬(ひろせ)くんは、顔も超かっこよくって、背も高いし、頭も良い。僕の理想の人なんだ!」

「ど、どうも……」

 文燈は前門のチワワに対峙して、目を丸くしながら対応に困っている。
 
 オレもあんな感じだったなあ。
 文燈にニセの告白をされた時の気持ちを風宇は思い出す。なんだかとても昔の記憶のように思えた。

 二の句が告げない文燈を前に、若月は想いのたけを吐露していく。

「広瀬くんとお付き合い出来るのは、きっとキレイで完璧な女の子なんだろうなって思ってたんだ」

「はあ……」

 文燈の反応は鈍い。
 まだ状況が飲み込めてないのか? 風宇は二人を見守りながらそう思っていた。

「だけど! 広瀬くんは葉山くんと付き合い始めた! 僕は遠慮してたのに、葉山くんと付き合うだなんて、男でもいいなら早く言ってよ!」

「いや……そんなタイミングは来ないだろ」

 冷静に突っ込んでる場合じゃないぞ、広瀬。
 風宇は文燈が若月にどう答えるのか。それを考え始めて、心臓がますます騒がしくなって飛び出そうになる。

「葉山くんと僕、美しさは変わらないよね? なら、僕にもチャンスをくれませんか!」

 若月は暴走している、と風宇は感じていた。
 諦めていた相手に少し望みがあるかもしれないと思ったら、こうなってしまったんだろう。
 若月の行動はあまり頭が良くはないかもしれない。だけど、少なくとも彼は「本気」なんだという事は伝わった。

「よろしくお願いします!」

 若月は右手を差し出して頭を下げる。王道の告白ポーズである。
 風宇は固唾を飲み込んだ。文燈がどんな返答をするのか、自分はどちらを望んでいるのかわからない。
 わからないまま、流れる一瞬の沈黙に、風宇の頭は混乱していった。

「ああ、ごめん」

 だが沈黙は本当に一瞬で。文燈の短い返答が、それを打ち破って落ちた。

「へ……っ?」

 あまりに短く、それから感情もない返答だったので、若月は今までの勢いを全部殺されてしまった。
 大きな目をパチパチと瞬かせて、口を開けている。

 その隙に、文燈は風宇の隣まで歩き、その肩を抱く。

「俺は風宇と付き合ってるから、若月とは付き合えない」

 キッパリと言う文燈に、今度は風宇の方が目を瞬かせてしまった。
 胸がぎゅんと痛くなる。文燈が若月を断って、何故か風宇の胸はますます高鳴っていた。

「そ、そですか……」

 風宇に負けない自信があったのだろう。でなければ風宇もいる時をわざわざ選んで告白しには来ない。
 若月は文燈の略奪に失敗した。そのショックが大きいのか、俯いたままフラフラと来た方向へと歩き出す。

 数歩歩いた後、若月は二人を振り返りもせずに捨て台詞を吐いて駆け出した。

「よいお年をぉおお……!」

 年はとっくに迎えているが、罵る言葉が浮かばなかったのだろう。
 それが憎めない感じで、風宇は若月が走り去った方向をつい見送ってしまった。

「……変わったヤツだなあ」

 文燈は冷静にそんな事を言って、風宇と同じように若月を見送っている。
 受験勉強のための静けさ欲しさに男と偽装交際するヤツには言われたくない、と風宇は思った。



 残された二人の間には、また喧騒が聞こえつつある。
 風宇は少し恐れながらも、こんな状況なら当然聞くであろう事を聞いた。

「おい、好都合なヤツが出たじゃねえか。あっちにすれば?」

 言いながら、なんだか胸がチクリと痛む。
 きっと冷たい風を吸い込んだからだと思う事にした。

「それではお前がフリーになってしまうが」

 文燈の返事は、文燈らしい冷静なものだった。
 風宇は文燈の感情が見えなくて、不貞腐れたように言ってしまった。

「別に、オレは女子に惑わされずに頑張れるし」
 
「お前にはムリだ」
 
「なんだと!?」

 はっきり、キッパリと否定されて、風宇は憤慨しながら叫ぶ。
 振り上げた拳の行く先もわからずに躊躇っていると、文燈はその拳を掴んで下ろさせた。

「それに、俺はお前がいい」

「えっ……」

 風宇の拳を握る文燈の手は、こんなに寒い中なのに燃えるように熱かった。

 女子避けになるなら、誰でもいい訳じゃない……?
 オレだから、偽装交際を持ちかけた……?
 なんで……?

 文燈に聞きたい事が波のように押し寄せる。
 けれども頭の処理が追いつかなくて、風宇は何一つ聞く事が出来なかった。



「という訳で、今年もよろしくな」

「えっ、あっ」

 にっこり笑う文燈の顔。
 手は、その温もりを風宇に残して離れる。



「三年になったら、同じクラスになれるといいな」

「……なるんじゃねえの」

 風宇の返事に、文燈は少し意外そうに目を開いていた。

「オレ達、志望大学の系統が一緒だろ」

「ああ——成程」

 文燈は納得したような、思い出したような顔をしていた。

「そうだな」

 寂しそうに笑う顔に、胸が締めつけられる。
 なんでこんな気持ちになるんだろう。



 オレ達は、受験のためにこんな事をしているだけなのに。