新しい年。一月一日の午後。
風宇は文燈と初詣に来ていた。
「はああ……」
大きく、大袈裟に溜息を吐いてやると、隣を歩く文燈が首を傾げる。
「どうした、風宇。新年からご機嫌ナナメじゃないか」
「……誰のせいだと思ってんだ」
風宇はジロリと睨んで訴える。
「初詣に誘うのは百歩譲っていい。だけど『今、お前の家の前にいる』は怖すぎるだろっ!」
「ええ? いいじゃないか、同じマンションなんだから」
文燈はあっけらかんとしていた。
発端は昼過ぎの文燈からのメッセージ。
「初詣に行こう」と言うので、風宇は「ヤダ。めんどい」と返した。すると「今、お前の家の前にいる」という恐怖めいた文言が送られて来たのであった。
「あんなの送られて来たら、即飛び出すしかねえだろ……」
家族にバレる前になんとかしないと。風宇はそんな脅迫観念にかられて、文燈と初詣に出かけるはめになった。
「クリスマスの時は『デート感』を演出したくて、駅前に待ち合わせたが……」
文燈はそのままの調子でペラペラと喋り続ける。
「よく考えたら同じ場所に住んでいるのに、非効率だと思ってな。で、迎えに行った」
「何の前触れもなく、ウチに押しかけるなっ!」
風宇は文燈に釘を刺した。
何故こんな常識をあらためて言わなきゃならないんだ。
おそらく、オレよりも頭の良いコイツに。
風宇の文句にも、文燈は澄ました顔で問いかける。
「じゃあ、あらかじめ『迎えに行く』って送ればいいんだな」
「えっ、いや……ああ、まあ」
そもそも、そんな機会を作らないで欲しい。
風宇はそう言いかけて、ビジネスカップルを企てているからにはある程度は許容しないといけない、と思い直した。
非常におもしろくないけれど。
「てか、なんでわざわざ一日から初詣に来るんだよ」
近所の神社にさしかかる頃、風宇はあらためて文燈に聞いた。
するとまた、文燈はキョトンとして風宇を見る。
「え? だってその方がご利益があるだろ」
その顔をするな。ちょっと間抜けでギャップがすごい。
うっかり親近感がわきそうで、風宇は文燈のギャップにも少しドキドキしてしまっている。
「そうだけど、誰かに見られたらどうすんだよ」
「バカだな、その誰かに見られに行くんだ」
「ん?」
風宇が首を傾げていると、文燈は澱みない口調でスラスラと語る。
「学校の誰かが、俺達の初詣デートを目撃してくれたら好都合じゃないか。『らぶらぶ』を強調できる」
「ええ? 誰かが本当に見るかもわかんないのに?」
クリスマスのようにその兆候があったならともかく、確定していない目撃者のためにわざわざ出かけるなんて。
風宇は文燈のフットワークの軽さに驚いた。
「こういうのは事実の積み重ねが大事なんだ。俺達の偽装交際を確固たる真実に見せなくては」
「はあ……」
なんだかアリバイ工作をしている犯人になった気分だ。しかし、それは当たらずとも遠からず。
それで文燈は少し楽しそうなのかと思った。こういう作戦めいた行動が好きなんだろう。
付き合わされる風宇にはいい迷惑だが。
「……でないと、誘ったりはしない」
「!」
少し自嘲めいた文燈の発言に、風宇は今日一番の衝撃を受けた。
急に突き放されたような気持ちになる。
「お前も、この状況じゃないと来ないだろ」
少し物憂げに問う文燈。
その顔もずるい。これ以上は怒れなくなる。
いや、怒りはどこかへ消えてしまった。
今は、何故か寂しい気持ちが風宇の胸に広がっている。
「……そうだな」
お前もそうだろ、と問われては頷くしかない。
全てが偽装なのだから。本来ならデートや初詣はしない。
それだけの関係だ。
なのに、どうして寂しいと感じてしまったんだろう。
「やっとお参りできるな」
長蛇の列を並んで、拝殿の前に着く頃、風宇はもう帰りたくなっていた。
こんな初詣は無意味だ。ただの事実の積み重ね、と文燈が言ったように。
淡々と作戦をこなして帰りたい。文燈の側にはいたくない。
「風宇?」
「ん……」
促されて形式だけのお参りをする。罰当たりになるかも、とかも風宇にはどうでも良かった。
「何を怒ってるんだ?」
文燈は口数が少なくなった風宇に対して、素朴な顔で疑問を口にする。
「べつに……」
怒っていたわけではない。それなのに、そう聞かれると急に腹が立つ。
風宇は口をへの字に曲げて、先に拝殿を後にした。
「風宇?」
呼ぶなって言ってるのに、名前でばかり呼んで。
偽装交際相手でしかないオレに、馴れ馴れしいんだよ。
振り返ってそう文句を言ってやろうかと思った。
だが、その前に、風宇の目の前に人影が。
「広瀬くん!」
その人物は風宇を通り越して、こちらに駆け寄ってくる文燈を見ていた。
「若月じゃん」
風宇がそう声をかけても、彼は頑として文燈の方を見ている。
見知った顔に毒気を抜かれた風宇は、正直彼の登場がありがたかった。
だが、すぐに、ものすごく迷惑を被ることになる。
「ひっ、広瀬くんっ!」
「ん? 若月じゃないか」
追いついてきた文燈も、若月の存在を知覚する。
若月はその言葉にパッと頬を赤らめて、大声を張り上げた。
「広瀬くんが男もいけるなら、僕じゃだめですか!」
「——ん?」
予想もつかなかった言葉に、風宇も文燈も固まった。
目の前の同級生、若月光は文燈を真剣に、熱っぽい目で見つめ続けていた。
まさか、今のは横恋慕宣言なのか。
見つめ合う形になってしまった文燈と若月の間で、風宇は一人狼狽える。
不意に、ざわざわとした喧騒で風宇の意識は呼び覚まされた。
「てか、お前なんでここにいるんだ!?」
「葉山くんは黙っててよ!」
風宇を睨みつけた後、若月はまた文燈をじいっと見つめ直した。
それから覚悟を決めたような面持ちで、また叫ぶ。
「僕だって……広瀬くんの事が好きなんですっ!」
え……っ?
ナニソレ?
風宇の意識は再び吹っ飛びそう。
文燈は、今、校内イケメン第三位の若月光から、愛の告白をされてしまった。
風宇は文燈と初詣に来ていた。
「はああ……」
大きく、大袈裟に溜息を吐いてやると、隣を歩く文燈が首を傾げる。
「どうした、風宇。新年からご機嫌ナナメじゃないか」
「……誰のせいだと思ってんだ」
風宇はジロリと睨んで訴える。
「初詣に誘うのは百歩譲っていい。だけど『今、お前の家の前にいる』は怖すぎるだろっ!」
「ええ? いいじゃないか、同じマンションなんだから」
文燈はあっけらかんとしていた。
発端は昼過ぎの文燈からのメッセージ。
「初詣に行こう」と言うので、風宇は「ヤダ。めんどい」と返した。すると「今、お前の家の前にいる」という恐怖めいた文言が送られて来たのであった。
「あんなの送られて来たら、即飛び出すしかねえだろ……」
家族にバレる前になんとかしないと。風宇はそんな脅迫観念にかられて、文燈と初詣に出かけるはめになった。
「クリスマスの時は『デート感』を演出したくて、駅前に待ち合わせたが……」
文燈はそのままの調子でペラペラと喋り続ける。
「よく考えたら同じ場所に住んでいるのに、非効率だと思ってな。で、迎えに行った」
「何の前触れもなく、ウチに押しかけるなっ!」
風宇は文燈に釘を刺した。
何故こんな常識をあらためて言わなきゃならないんだ。
おそらく、オレよりも頭の良いコイツに。
風宇の文句にも、文燈は澄ました顔で問いかける。
「じゃあ、あらかじめ『迎えに行く』って送ればいいんだな」
「えっ、いや……ああ、まあ」
そもそも、そんな機会を作らないで欲しい。
風宇はそう言いかけて、ビジネスカップルを企てているからにはある程度は許容しないといけない、と思い直した。
非常におもしろくないけれど。
「てか、なんでわざわざ一日から初詣に来るんだよ」
近所の神社にさしかかる頃、風宇はあらためて文燈に聞いた。
するとまた、文燈はキョトンとして風宇を見る。
「え? だってその方がご利益があるだろ」
その顔をするな。ちょっと間抜けでギャップがすごい。
うっかり親近感がわきそうで、風宇は文燈のギャップにも少しドキドキしてしまっている。
「そうだけど、誰かに見られたらどうすんだよ」
「バカだな、その誰かに見られに行くんだ」
「ん?」
風宇が首を傾げていると、文燈は澱みない口調でスラスラと語る。
「学校の誰かが、俺達の初詣デートを目撃してくれたら好都合じゃないか。『らぶらぶ』を強調できる」
「ええ? 誰かが本当に見るかもわかんないのに?」
クリスマスのようにその兆候があったならともかく、確定していない目撃者のためにわざわざ出かけるなんて。
風宇は文燈のフットワークの軽さに驚いた。
「こういうのは事実の積み重ねが大事なんだ。俺達の偽装交際を確固たる真実に見せなくては」
「はあ……」
なんだかアリバイ工作をしている犯人になった気分だ。しかし、それは当たらずとも遠からず。
それで文燈は少し楽しそうなのかと思った。こういう作戦めいた行動が好きなんだろう。
付き合わされる風宇にはいい迷惑だが。
「……でないと、誘ったりはしない」
「!」
少し自嘲めいた文燈の発言に、風宇は今日一番の衝撃を受けた。
急に突き放されたような気持ちになる。
「お前も、この状況じゃないと来ないだろ」
少し物憂げに問う文燈。
その顔もずるい。これ以上は怒れなくなる。
いや、怒りはどこかへ消えてしまった。
今は、何故か寂しい気持ちが風宇の胸に広がっている。
「……そうだな」
お前もそうだろ、と問われては頷くしかない。
全てが偽装なのだから。本来ならデートや初詣はしない。
それだけの関係だ。
なのに、どうして寂しいと感じてしまったんだろう。
「やっとお参りできるな」
長蛇の列を並んで、拝殿の前に着く頃、風宇はもう帰りたくなっていた。
こんな初詣は無意味だ。ただの事実の積み重ね、と文燈が言ったように。
淡々と作戦をこなして帰りたい。文燈の側にはいたくない。
「風宇?」
「ん……」
促されて形式だけのお参りをする。罰当たりになるかも、とかも風宇にはどうでも良かった。
「何を怒ってるんだ?」
文燈は口数が少なくなった風宇に対して、素朴な顔で疑問を口にする。
「べつに……」
怒っていたわけではない。それなのに、そう聞かれると急に腹が立つ。
風宇は口をへの字に曲げて、先に拝殿を後にした。
「風宇?」
呼ぶなって言ってるのに、名前でばかり呼んで。
偽装交際相手でしかないオレに、馴れ馴れしいんだよ。
振り返ってそう文句を言ってやろうかと思った。
だが、その前に、風宇の目の前に人影が。
「広瀬くん!」
その人物は風宇を通り越して、こちらに駆け寄ってくる文燈を見ていた。
「若月じゃん」
風宇がそう声をかけても、彼は頑として文燈の方を見ている。
見知った顔に毒気を抜かれた風宇は、正直彼の登場がありがたかった。
だが、すぐに、ものすごく迷惑を被ることになる。
「ひっ、広瀬くんっ!」
「ん? 若月じゃないか」
追いついてきた文燈も、若月の存在を知覚する。
若月はその言葉にパッと頬を赤らめて、大声を張り上げた。
「広瀬くんが男もいけるなら、僕じゃだめですか!」
「——ん?」
予想もつかなかった言葉に、風宇も文燈も固まった。
目の前の同級生、若月光は文燈を真剣に、熱っぽい目で見つめ続けていた。
まさか、今のは横恋慕宣言なのか。
見つめ合う形になってしまった文燈と若月の間で、風宇は一人狼狽える。
不意に、ざわざわとした喧騒で風宇の意識は呼び覚まされた。
「てか、お前なんでここにいるんだ!?」
「葉山くんは黙っててよ!」
風宇を睨みつけた後、若月はまた文燈をじいっと見つめ直した。
それから覚悟を決めたような面持ちで、また叫ぶ。
「僕だって……広瀬くんの事が好きなんですっ!」
え……っ?
ナニソレ?
風宇の意識は再び吹っ飛びそう。
文燈は、今、校内イケメン第三位の若月光から、愛の告白をされてしまった。
