校内ビジネスカップルの破局

「ふぎゃー!」

 風宇(ふう)の悲鳴が廊下まで響き渡る。

「おぎゃー!」

 恐怖に慄く声。だが人々は特に驚かない。なんならクスクスと笑っている。

「ももんぎゃー!」

 風宇の悲鳴は、文燈(あやと)のクラスのお化け屋敷から発せられていた。
 本日、校内は文化祭である。



 風宇と文燈の交際というビッグニュースは、その後、秋の一大イベントである文化祭によってかき消されてしまった。
 生徒達は全員準備に追われて、二人を遠巻きにチラ見するような余裕はなくなった。

 風宇にはもちろん好都合。永遠に準備が終わらなければいいとさえ思った。
 だが、そんな事はあり得なかった。

 迎えた文化祭当日。祭りの熱気に浮かれて、ぶり返す風宇と文燈の交際問題。
 風宇のクラスは喫茶店なのだが、開始早々に女子から促された。
「お化け屋敷、楽しんでおいでよ」と。

 

 校内ニヤニヤ視線を一心に受け、風宇が渋々文燈のクラスにいくと、当の本人が待ち構えていた。
 一緒にお化け屋敷を回らされ、文燈の隣でビビり散らかすという醜態を晒している。
 
「だいたいなあ、お前のクラスの出し物だろ! なんでお化けが出るタイミング教えてくれねえんだよ!」

「ばかな、何故ネタバレを? 俺はそんなことはしない、楽しんでもらいたいからな」

 終始風宇が怯えるのを笑っていた文燈は、出口を出てきた今もあっけらかんとしている。
 ふと自分達に向けられる視線に気づいた。なんだかますますニヤニヤされている。

「あっ!」

 風宇は自分の手元を確認。恐怖のあまり、文燈の腕にしがみついていた。
 これではまるで、「らぶらぶ」カップルの仕草である。

「風宇、今日はいい調子だな」

 ニコニコ笑う文燈の顔、悔しいけれど美形である。その顔で、良い声で囁かないで欲しい。
 風宇はなんだか胸のあたりがムズムズした。

「くそお……ッ」

 衆人環視の前で、腕を振り払うわけにはいかない。ビジネスカップルがばれてしまう。

「それじゃ、風宇。俺はまだ当番があるから」

 文燈はスマートに風宇の腕を離し、あろうことか頭をポンポンと触った。

「後でお前のクラス行くから。喫茶店だったよな?」

 直後のイケメンスマイル。
 廊下で二人を見守る女子からは、また「うひゃあ」の声が漏れている。

 今と同じ地獄を今度は自分のクラスでも繰り返すのかと、風宇は頭が重くなった。



「……風宇の給仕が俺専用で嬉しいよ」

 イケてる顔面が、極上の笑みで言う。
 対面に座る文燈は紅茶を飲みながらリラックスしているようだった。

「お前、よくこんな空気の中でくつろげるな」

 風宇は多種多様な負の感情を通り越して、呆れていた。

 出し物の喫茶店にて、風宇はウェイターを担当しているが、文燈が来た途端に専属給仕を命じられた。
 クラスの文化祭実行委員の女子だ。キラキラした目で「ご奉仕してあげて」と言われる始末。

「クッソ……文化祭前はみんなドン引きしてたのに。なんで急に歓迎ムードなんだよ」

 風宇の悪態に、文燈は紅茶を飲みながら答える。

「文化祭の雰囲気だろうな。今日はカップルが幾つ成立してもおかしくない」

「そうかよ……」

 風宇はいまだ納得がいっていない。
 冷たい視線が和らいで良かった? 代わりにずっとニヤニヤ笑われてても?
 どちらにしろ、珍しがられ、面白がられている事には変わりない。

 変わったのは感情だけで、彼らの態度は何一つ変わっていないのだ。



 ニヤニヤ……
 イケメン同士ってイイかもね……

 ヒソヒソ……
 どっちがどっちなんだろう……



 そんな声が聞こえてくるたびに、風宇のイライラは募っていった。
 店内はクラスメイトが多いのでそこまでではないが、問題は廊下の野次馬たちだ。



 ヒソヒソ……
 ほんとに付き合ってるの?

 コソコソ……
 マジ? ウソでしょ……


 
 中には当然否定的な見方もある。
 風宇と文燈の関係は、理解出来ない者もいるだろう。

 あまり好意的ではない囁き声に、風宇の何かがついにキレた。


 
「お前たち、いい加減にしろ!」

 ガタンと盛大に音を立てて、椅子から立ち上がった風宇は、廊下の野次馬達に叫ぶ。

「コソコソ見てんじゃねえ、ヒソヒソ噂してんじゃねえ! オレ達が誰と付き合おうが自由だろうが!」

 思えば、自分の容姿に対する羨望の囁き声は気持ち良かった。
 それが今は百八十度変わっている。
 
 風宇も文燈も何も悪い事はしていない。
 ただ、男同士で付き合っているだけ。
 それだけなのに、どうしてこんな好奇の目で見られなければならないのか。

 風宇は怒りのあまり、これが絶対秘密の「フリ」である事、本当は女子避けの「計略」である事をすっかり忘れてしまっていた。
 それを棚に上げて、被害者のように振る舞う。バレたらきっと何倍も嫌な視線を浴びるかもしれない。

 それでも、勝手に人を面白おかしく噂するだけの輩には、言ってやらないと気が済まなかった。



「あ……」

 ふと我に返り、羞恥心が湧く。
 改めて交際宣言をしてしまった。もう絶対に戻れない。

「その通りだ。俺たちはどうしようもなく惹かれ合ったから付き合っただけなんだ」

 放心した風宇への援護が文燈から放たれる。
 こいつはいつも一言多い。誤解はされて上等なのだが、あえて深い仲を強調する事もないのに。

「今の追撃……いらねえだろ」

 風宇は誰にも見えないように俯いて歯ぎしりをした。
 それは、傍目には怒りを堪え、恋を嘆き、愛に震えているように見えた。



 パチ……パチパチ……
 パチパチパチ!

 ワアア、いいぞ!
 素敵!



 最初に感動してくれたのは、風宇のクラスメイト達。あまり親身にしてきたつもりはないが、文化祭の連帯感からか風宇と文燈を讃えてくれていた。
 それが廊下にも伝染していく。
 少し戸惑いながらも、なんとなく拍手していく野次馬たち。

 校内は感動の嵐に包まれた。
 ここに、文化祭発、公認カップルが生まれたのである。


 
 違うんだー! いや、違わないけど、違うんだー!!

 風宇は心の中で泣き叫んだ。


 
「俺も感動したぞ、風宇」

 何故か一緒に拍手をしだす文燈。感無量の表情であった。
 
「だから風宇って呼ぶな!」



 カミングアウトした晩秋。
 風宇と文燈は学校内で少しずつ過ごしやすくなっていった。