今世紀最大の珍事件、起こる。
せまい学校の中で、今、話題はそれで持ちきりだった。
学校一の美形、広瀬文燈。
学校ニの美形、葉山風宇。
元々「親友」だという事は誰もが知っていた。だが、その「親友」関係が発展したことには誰もが驚いた。
葉山風宇に告白した女子によれば、面と向かって「俺達は付き合っている」と宣言されたらしい。証人がちゃんといるのだから、これは疑いようのない事実。
令和の新時代。男女の境界は緩和されたとはいえ、生徒達はほぼ全員が戸惑っている。
「おい、てめえ。どうしてくれんだ」
風宇は、横で澄ました顔でAランチを食べている文燈を睨んで言った。
「何がだ?」
コロッケを口に運びながら、文燈はすっとぼけた顔のままでいる。
「……この状況だよ」
風宇はわなわなと震えながら、呪わしげに箸を動かしていた。
ラーメンは震える手で掴めるものではなく、さっきからスープの中を行ったり来たり。
昼休みの食堂。通常なら、ここは激混みの戦場である。
席をひとつ取るのも難しいのに、今、風宇と文燈がいるテーブルには誰も座らない。
皆、二人を遠巻きに眺めてヒソヒソと耳打ちをしたりしている。
完全に、地雷持ちの珍獣扱いであった。
「確かに、不特定多数から告られる事はなくなった」
少し気を取り直して風宇がそう言えば、「だろう」と得意げに頷く文燈。
その余裕を気取った態度に、段々とムカついてくる。
「だけど、居心地が悪すぎる!」
最初に二人で計画した通り、女子は全くと言っていいほど近づかなくなった。
元々男子の友達は少ない二人だが、男子生徒まで尚更二人を遠ざけているように思える。
腫れもの扱い、もっと言えば仲間はずれの無視され状態。
高校生活は折り返したばかりなのに。
もっと、女子には言い寄られず、男子とは適度にふざけて楽しく過ごせる方法はなかったのか?
都合の良い生活かもしれない。だけど、今はそれが欲しくてたまらない。
「それくらい我慢しろ。女子はあれ以来言い寄ってこないじゃないか」
涼しい顔をして味噌汁をすする文燈。
その態度に、風宇はすっかり怒り心頭である。
「女子だけじゃねえ! 学校中の誰も寄って来なくなったじゃねえか!」
風宇がストレスなのは、この状況だけではない。
こんなに仲が悪いのに、周りには「付き合っている」と見せなければならない。向かい合えばいいものを、わざわざ隣の席についたのも「らぶらぶ」を演出するためだと言われた。
そして、当然、今までの風宇の罵りは小声で聞こえないように言わなければならず。
本当は怒りのままに怒鳴ってやりたいのに。風宇はフラストレーションが溜まる一方だった。
「……こんな好奇の目に晒されるなら、テキトーに彼女を作れば良かったんだ」
怒ってばかりではラーメンが伸びる。
風宇は少し冷静になって、ぶつぶつ文句を言う手法に切り替えた。
だが、文燈はやはり冷静沈着な態度で食後の麦茶を飲みながら言う。
「バカだな、そんな事したらその女子が学校中でいじめられるぞ」
「ぐっ!」
それは大いにあり得る事だ。それくらい自分はモテると風宇は自負している。
好きでもない女子を彼女に据えて、四六時中守ってやるなんて、また別の苦しみがあると思われた。
「風宇は、誰か一人を生贄に選べるのか?」
ニヤニヤしながら文燈が問う。非常に嫌な質問だ。選ぶ言葉も悪すぎる。
文燈にとって女子生徒はそんな存在なのだと、風宇は今更思い知った。
「むむむ……」
こいつ、今まで女子に優しい振りをしていたんだ。
自分が遊びたい時には構うくせに、これからもう用がないと決めた途端に非情になる。
風宇は、文燈の「外面」に騙されていた。
「な? だから俺とくっつくのがちょうどいいんだよ」
何を持って今の状況が「ちょうどいい」と言えるのか。
風宇にはさっぱり理解できない。
だが、無関係の女子を巻き込まず、受験に集中するには、他に代替案が思い浮かばない。
要領の悪い自分が悔しい。
風宇は結局悪態をつく事しか出来なかった。
「クソが! 正論ヤメロ! あと、風宇って呼ぶな!!」
「カレシなんだからいいじゃないか」
文燈は相変わらず機嫌良く笑っている。
それは、周りの生徒達に見せつける演技なのだろう。
しれっと風宇の肩を抱けば、周りのそこかしこから「キャア」とか「ひええ」とか言う悲鳴が聞こえる。
こんな空気の中で、あと一年半も過ごさなければならない。
風宇にはもはや地獄のように思えた。
「二人の時は必要ないだろ! あと、断りもなく肩を抱くな!」
「いいじゃないか、カレシなんだから」
やっぱやめ!
今までの全部ナシ!
立ち上がってそう宣言出来たら、どんなにいいか。
すでにこの関係は知れ渡ってしまっている。
取りやめにしたら、何故こんな事をしたのかを今度は問われるだろう。
人でなしと罵られそうな計画だ。
打ち明ける勇気は風宇にはなかった。
あ、詰んだ……
風宇は軽い目眩を覚える。
ラーメンのスープが、いつもよりしょっぱかった。
せまい学校の中で、今、話題はそれで持ちきりだった。
学校一の美形、広瀬文燈。
学校ニの美形、葉山風宇。
元々「親友」だという事は誰もが知っていた。だが、その「親友」関係が発展したことには誰もが驚いた。
葉山風宇に告白した女子によれば、面と向かって「俺達は付き合っている」と宣言されたらしい。証人がちゃんといるのだから、これは疑いようのない事実。
令和の新時代。男女の境界は緩和されたとはいえ、生徒達はほぼ全員が戸惑っている。
「おい、てめえ。どうしてくれんだ」
風宇は、横で澄ました顔でAランチを食べている文燈を睨んで言った。
「何がだ?」
コロッケを口に運びながら、文燈はすっとぼけた顔のままでいる。
「……この状況だよ」
風宇はわなわなと震えながら、呪わしげに箸を動かしていた。
ラーメンは震える手で掴めるものではなく、さっきからスープの中を行ったり来たり。
昼休みの食堂。通常なら、ここは激混みの戦場である。
席をひとつ取るのも難しいのに、今、風宇と文燈がいるテーブルには誰も座らない。
皆、二人を遠巻きに眺めてヒソヒソと耳打ちをしたりしている。
完全に、地雷持ちの珍獣扱いであった。
「確かに、不特定多数から告られる事はなくなった」
少し気を取り直して風宇がそう言えば、「だろう」と得意げに頷く文燈。
その余裕を気取った態度に、段々とムカついてくる。
「だけど、居心地が悪すぎる!」
最初に二人で計画した通り、女子は全くと言っていいほど近づかなくなった。
元々男子の友達は少ない二人だが、男子生徒まで尚更二人を遠ざけているように思える。
腫れもの扱い、もっと言えば仲間はずれの無視され状態。
高校生活は折り返したばかりなのに。
もっと、女子には言い寄られず、男子とは適度にふざけて楽しく過ごせる方法はなかったのか?
都合の良い生活かもしれない。だけど、今はそれが欲しくてたまらない。
「それくらい我慢しろ。女子はあれ以来言い寄ってこないじゃないか」
涼しい顔をして味噌汁をすする文燈。
その態度に、風宇はすっかり怒り心頭である。
「女子だけじゃねえ! 学校中の誰も寄って来なくなったじゃねえか!」
風宇がストレスなのは、この状況だけではない。
こんなに仲が悪いのに、周りには「付き合っている」と見せなければならない。向かい合えばいいものを、わざわざ隣の席についたのも「らぶらぶ」を演出するためだと言われた。
そして、当然、今までの風宇の罵りは小声で聞こえないように言わなければならず。
本当は怒りのままに怒鳴ってやりたいのに。風宇はフラストレーションが溜まる一方だった。
「……こんな好奇の目に晒されるなら、テキトーに彼女を作れば良かったんだ」
怒ってばかりではラーメンが伸びる。
風宇は少し冷静になって、ぶつぶつ文句を言う手法に切り替えた。
だが、文燈はやはり冷静沈着な態度で食後の麦茶を飲みながら言う。
「バカだな、そんな事したらその女子が学校中でいじめられるぞ」
「ぐっ!」
それは大いにあり得る事だ。それくらい自分はモテると風宇は自負している。
好きでもない女子を彼女に据えて、四六時中守ってやるなんて、また別の苦しみがあると思われた。
「風宇は、誰か一人を生贄に選べるのか?」
ニヤニヤしながら文燈が問う。非常に嫌な質問だ。選ぶ言葉も悪すぎる。
文燈にとって女子生徒はそんな存在なのだと、風宇は今更思い知った。
「むむむ……」
こいつ、今まで女子に優しい振りをしていたんだ。
自分が遊びたい時には構うくせに、これからもう用がないと決めた途端に非情になる。
風宇は、文燈の「外面」に騙されていた。
「な? だから俺とくっつくのがちょうどいいんだよ」
何を持って今の状況が「ちょうどいい」と言えるのか。
風宇にはさっぱり理解できない。
だが、無関係の女子を巻き込まず、受験に集中するには、他に代替案が思い浮かばない。
要領の悪い自分が悔しい。
風宇は結局悪態をつく事しか出来なかった。
「クソが! 正論ヤメロ! あと、風宇って呼ぶな!!」
「カレシなんだからいいじゃないか」
文燈は相変わらず機嫌良く笑っている。
それは、周りの生徒達に見せつける演技なのだろう。
しれっと風宇の肩を抱けば、周りのそこかしこから「キャア」とか「ひええ」とか言う悲鳴が聞こえる。
こんな空気の中で、あと一年半も過ごさなければならない。
風宇にはもはや地獄のように思えた。
「二人の時は必要ないだろ! あと、断りもなく肩を抱くな!」
「いいじゃないか、カレシなんだから」
やっぱやめ!
今までの全部ナシ!
立ち上がってそう宣言出来たら、どんなにいいか。
すでにこの関係は知れ渡ってしまっている。
取りやめにしたら、何故こんな事をしたのかを今度は問われるだろう。
人でなしと罵られそうな計画だ。
打ち明ける勇気は風宇にはなかった。
あ、詰んだ……
風宇は軽い目眩を覚える。
ラーメンのスープが、いつもよりしょっぱかった。
