校内ビジネスカップルの破局

 卒業の日を迎えた。
 風宇(ふう)も文燈(あやと)も清々しい気持ちで校舎を振り返る。

「ああ、嬉しいなあ」

 文燈はナンバーワンイケメンらしくない、ニヤニヤして浮かれた顔をしていた。

「こんな気持ちで卒業出来るなんて思わなかった」

「文燈がアホだったからな」

 本心を隠してそっと去ろうとしていたなんて。本当にアホだ。
 間に合って良かったと、風宇は溜息を吐く。

「風宇のおかげ。ありがと、風宇、愛してる」

「流れるように言うな!」

 オレ達校内ビジネスカップルは、校内公認カップルのまま卒業する。
 最後に正真正銘のカップルになった事は内緒だけれど。
 ありのままを受け入れてくれた、同級生と学校に感謝しよう。



「広瀬(ひろせ)くーん、葉山(はやま)くーん!」

 卒業証書を持った若月(わかつき)が駆けてくる。その後ろから畦地(あぜち)も歩いてきた。

「ねえ、広瀬くん、北海道に行っちゃうんだって? 寂しいよお」

 若月はかわい子ぶりながらくねくねしていた。
 風宇は呆れて言ってやる。

「お前、大学行ってもそのキャラでいくのか?」

「ええー? キャラってナニ? 僕は僕だけどお。ねっ、征士(まさし)」

 畦地は何も言わずに優しく頷いた。

「お前達、大学も一緒なんだって?」

 文燈が聞くと、若月は自慢げに答える。

「そりゃそうだよお。征士が僕から離れるわけないじゃん! あ、女子が呼んでる、またねー!」

 言いたい事だけ言って、さっさと行ってしまった。
 残された畦地に、文燈は同情せざるを得ない。

「お前も大変だな……」

「いつもの事だ。それに——」

 畦地はニヤリと笑って二人に宣言した。

「そのうち、わからせてやろうと思ってる」

「……そうなんだ」

 少し怖い雰囲気を見せつけて、畦地は若月を追っていった。
 若月が調子に乗れるのは今だけかもしれない。風宇も文燈も二人の未来を思いやる。



「……実は俺もあんな感じだったんだよな」

 畦地の背中を見送って、文燈がボソリと呟いた。

「何が?」

 風宇が尋ねると、文燈は遠い記憶を辿るように語り出す。

「入学前にお前に一目惚れして、同じ高校だってわかった時にさ。どうやって話しかけようかと思ったよ」

「うええ!? ひ、一目惚れ?」

 風宇が驚いていると、文燈は首を傾げて言う。

「前にそう言ったろ。まあ、通じないのはいつもの事だけどな」

「そ、そんな事は……」

 一目惚れされたのでは、と妄想した事はあったが、まさか本当だったなんて。
 焦る風宇に、文燈は呆れながら続けた。

「俺が一大決心して話しかけたのに、お前、俺のことビジネス親友にしたろ。モテるためだけの」

「うっ……! それは、まあ……」

「ああ、これは長期戦だなと思ったよ。で、考えついたのが偽装交際ネタ」

「ネタぁ!?」

 あんなに真剣に説いてきたくせに。文燈の軽い言い方に、風宇は面食らっていた。

「女子を排除して、俺しか見ない状況を作るしかないって。そんでわからせるしかない、ってな」

「じゃ、じゃあ、文燈は最初から本気で……?」

「お前が好きだ、って俺はちゃんと言ったよ」

「ええええー……」

 ケロっとして言う文燈に、風宇は二の句が告げなかった。
 高校の三年間、文燈の掌で踊ってたって事? アホなのはオレって事?

「揺さぶったりもしたけど、無事にわからせ成功で、オチてくれたからなあ」

「お、お前え……!」

 風宇は恥ずかしくて堪らない。
 あんなにドキドキした数々の出来事、文燈の計画だったなんて。

「……まあ、俺もさらに深くオチちゃったから、お互い様だ」

 悪戯っぽく笑う仕草、今日イチ格好良い。
 風宇はその顔で全てがどうでもよくなってしまう。

「そうだろ!? お互い様なんだよ!」

 今となっては何でもいい。
 文燈の大切さをわからせてもらったのは、揺るぎない事実なのだから。

 いつの間にか側にいて。
 いつの間にか離れられなくなった。

 そう思えるのは、後にも先にも、文燈だけだ。
 その事実も揺るがない。

「じゃあ、帰ろ、風宇」

 文燈の左手が風宇に伸びる。指先には銀色の環(わ)が光っていた。

「うん」

 風宇はその手を取る。ぎゅっと握って、離さない。
 繋いで、決して、離さない。



 ◇ ◇ ◇



 夏季休暇。
 風宇は初めて北海道の地を踏んだ。

「風宇!」

 大きく手を振って駆けてくる。
 文燈は満面の笑みだった。

「文燈ぉ!」

 空港の雑踏の中でも、その姿はすぐにわかる。
 風宇の一番大好きな顔がそこにいる。

「あれ、なんか……ちょっと」

 その顔にも少しの変化が。

「か……たくましく、なってない?」

 カッコいい、とはまだ照れてしまって言えない。

「そうかな? 実習も多いからなあ」

 文燈は以前よりも豪快に笑う。
 前のスマートな雰囲気も、今のナチュラルな感じも、どちらも文燈に似合っていると思った。

 どうしよう。やばい、ドキドキする。

 文燈の格好良さも、久しぶりに会ったことも、風宇の緊張を呼ぶ。
 だけど、もっと特別な緊張をしてしまう。

 北海道。恋人になって初めての「お泊まり」。
 風宇のドキドキに拍車をかけていた。

「じゃあ、行こうか」

「お、伯父さんの家か?」

 風宇が聞くと、文燈はカラカラと笑った。

「伯父さんの家は、大学から車で三時間かかるよ。俺は近くにアパート借りてる」

「そ、そうなんだ」

 気兼ねしなくていいが、文燈の一人暮らしの場所に行くという事は。
 もう、それは、すなわち。


 
「ねえ、風宇」

 文燈が優しく耳打ちする。
 すぐに腰を抱く癖は変わっていない。

「今夜、抱くから」

 風宇の心臓が、飛び出るほど跳ねた。
 だけど、それは風宇も期待している。

「うん」

 甘い疼きが、風宇の体を駆け巡る。



「文燈とひとつになりたい」



 ずっと、繋がって、離れない。





 


 終