校内ビジネスカップルの破局

 試験を終えて、風宇(ふう)は合格発表の日を迎えた。
 携帯電話の画面に向き合う。
 発表時刻になり、画面をタップした。

「……やった」

 画面には「合格」の文字が現れていた。
 風宇は自室で小さくガッツポーズをする。それから両親に報告し、一通り喜んだ後、少し怖くなった。

 文燈(あやと)の結果はどうだろうか。そもそも発表の日がいつかも知らない。
 文燈が受かったと知るのが怖い。
 自分も受かったと告げるのが怖い。
 それで、互いの道が別れる事が決定してしまうのだから。

 けれど、知らないままでいられるはずもない。
 いつかそのタイミングは来る。
 笑って「おめでとう」と言って、喜び合えるような覚悟をしていなければ。

「……何か、あげたいなあ」

 餞別、というのは気分的に嫌だが、風宇は文燈に何か贈りたいと思った。
 そういえば、自分は文燈に何かを贈った事がない。嫌々買った二割引きのチョコレートだけ。あんなものは数にいれたくない。

 一年と少しの間に、文燈からは色々なものをもらった。
 ヘアワックス。
 修学旅行のアクリルスタンド。
 夏休み土産のガラス玉。
 そして、御守り。

 全部思い出がある。
 風宇はあらためてそれらを机の上に並べた。


 
 みんな、文燈の気持ちがこもっている。

『あれから、俺はお前の顔が好きなんだ』
 ヘアワックスには、文燈の記憶が。

『良かったな、風宇』
 アクリルスタンドには、文燈の温もりが。

『このまま、ずっと……』
 ガラス玉には、文燈の決意が。

『お互い、頑張ろうな』
 御守りには、文燈の……寂しさが。



「そうか、文燈……っ!」

 文燈が見つけた夢は、文燈のもの。そう思っていた。
 だけど、一人で夢を追いかけるのは寂しい。最後に見た文燈の笑顔は、そう言っていたのかもしれない。

「ああ、オレは——アホか!」

 文燈の夢に、オレを重ねたっていいじゃないか。

『俺には、お前しかいない』

 女の子にモテることしか考えてなかったオレを。
 ただなんとなくで進路を決めていたオレを。

 文燈が「必要」だと言ってくれた。
 オレに価値があるってわからせてくれた。

 だったら——



 風宇は財布やカバン、机の引き出しまでひっくり返して全財産をかき集めた。
 そのまま家を出る。

 駅前ビルの雑貨屋へ。
 たいしたものは買えないけれど、これが文燈に贈りたいものだと。
 風宇はようやく思い至った。



 ◇ ◇ ◇



「どうしよう……」

 勢いのままに買ったはいいが、いつどうやって渡そうか。
 本当に渡せるか。風宇は途方に暮れていた。

 悩みながらあてどなく歩いた結果、河川敷をうろついている。
 文燈からヘアワックスをもらった場所。
 文燈とキスした場所。
 強烈な思い出が残る場所に足が向いたことに、風宇は思わず笑ってしまった。

「はは……アホだな、オレは」

 桜の蕾はまだ開かない。
 文燈の姿も——

「ん?」

 風宇の目の前。
 堤防の芝生、膝を抱えている。
 文燈の背中が見えた。

「文燈!?」

「……えっ」

 思わず大きな声で呼んでしまった。
 文燈は驚いて振り返る。
 風宇を認識すると、気の抜けたような笑みを浮かべた。

「風宇……」

「何してんだ、こんなトコで」

「ああ、うん……」

 文燈の返事は曖昧で、風宇は悪い想像を巡らせる。
 河川敷で、膝を抱えて、落ち込んでるってことは……

「お前、まさか……」

「え? あ、違う。大学は受かったよ」

 風宇の不安を察して、文燈は即座に首を振る。
 その返答に、風宇も気が抜けて芝生に膝をついた。

「なんだぁ……驚かすなよ」

「え、あ、なんか、ゴメン」

 少し弱々しい声音。受かったのに落ち込んでいる文燈。
 何を考えているんだろう。風宇はその気持ちを想像しようとするけれど、確かなものがわからない。

「風宇に、会えるとは思わなかった」

 文燈は膝を抱えたまま、寂しげに微笑んだ。

「この河川敷ともお別れなんだなって思ってて、そうしたらなんか悲しくなっちゃって」

「文燈……?」

 こんなに心細そうに、頼りない文燈は初めて見る。
 いや、初めてじゃないかもしれない。
 風宇に「お別れだ」と告げてから、文燈はいつもこんな感じだった。


 
「やっぱり風宇はすごいな」

「え?」

 文燈は顔を上げて笑った。それはどう見ても無理をしていて。

「俺が会いたい、必要だって思う時に、絶対来てくれる」

 別れを悟りきっていて、諦めてる。
 オレの意思も確かめずに、自分だけで決めて。

「風宇が……風宇は……ふう、を」

 今だって、言いたい言葉を我慢してる。
 オレがどれだけ、それを聞きたいかも知らないで。



「しっかりしろ、文燈!」

 苛々が最高に達してしまった風宇は、文燈を怒鳴りつけた。

「一昨年、オレに迫ったお前はどうした! ビジネスカップルを押し付けてきた勢いは何だったんだ!」

「ふ、風宇……?」

 文燈は驚きで目を丸くしている。
 風宇は構わずに、ついさっき買ったばかりの雑貨屋の包みを文燈の胸に投げつけた。

「な、何これ?」

「お前に必要なもんだよ!」

「ええ……?」

 風宇の剣幕に戸惑いながら、文燈は包み紙を開ける。
 中には、簡素で安物だけれど、確かな誓いが入っていた。

「ゆ……び、わ?」

 風宇は、文燈が手にした指輪をまっすぐ見る。
 銀の環(わ)の中、風宇の一番大切な人の顔をまっすぐに。

 ずっと言いそびれていた。
 もっと早く言うべきだった言葉をぶつけた。



「オレは文燈が好きだ……!」