校内ビジネスカップルの破局

「……あんにゃろう」

 風宇(ふう)は舌打ちしながら携帯電話の画面を見ている。
 昨夜、寝る前に文燈(あやと)にいれたメッセージ。

『朝になったら、初詣行かない?』に、既読の表示はついている。
 だが、返事がなかった。既読無視である。

「クソが!」

 風宇は新年の高揚感のままに、更にメッセージを送る。

『起きてんだろ! 初詣行くぞ!』

 既読、付いた。
 返事はない。

 ああそうかい。ならば最後の手段。
 風宇は必殺の文言を送信する。

『今、お前の家の前にいる』



 ダダダ……と慌ただしい物音が聞こえた。
 ドタドタと玄関で慌てている姿が思い浮かぶ。

 ガチャッ。ドアが開いた。
 髪の毛がくしゃくしゃに乱れて、かろうじて着替えたような文燈が現れた。

「ふ、風宇……!?」

 やっと出てきた。天の岩戸か、お前は。
 風宇は自分の姿に面食らっている文燈を軽く睨んだ。

「……いつかのお返しだ」

 だけど、文燈の顔を見たら安心して笑ってしまった。

「あ、はは……なるほど」

 文燈も少し拍子抜けしたような顔をしている。
 玄関を出て、家の扉を閉めた。

「明けましておめでとう、風宇」

「既読無視したヤツが何言ってんだ」

「はは……ゴメン」

 出て来たという事は、初詣に行く意思はあるという事。
 ジャンパーのポケットに手を入れて、風宇は何も言わずにくるりと背を向けて歩き出す。文燈はそれについて来た。

 風宇の腰には、ウォレットチェーンとともに紫色のガラス玉のストラップが付いている。
 チャラリ、と鳴ったそれに文燈が反応した。

「それ、着けてくれてるんだ」

「うん、まあ……」

 通学カバンに付けようと思ったが、未練がましい気がした。
 なんとなく悔しいから、今日の私服に付けてみたのだ。気づいてくれるかも、と期待して。

「嬉しいよ」

 文燈は素直に喜びを表す。
 そんな顔を見たのは久しぶりで、風宇は閉じ込めた想いがぶり返しそうになる。

「……そ」

 だから、悟られないように素っ気なくするのが精一杯だった。
 スラリとしたコート姿の文燈はやはり格好いい。頭は寝癖そのままだが、アンバランスで可愛いとも思う。
 まだ、こんなにも好きだ。文燈に会って、そんな事をわざわざ確認してしまった。



 神社への道は今年も混んでいる。
 歩みはゆっくりにならざるを得ず、並んだ二人はお互い会話を探していた。

「勉強、はかどってる?」

 歩きながら、文燈がそう聞いてくる。風宇はひとつ息を吐いてから答えた。

「うーん、まあまあかな」

「そっか。俺はこの前の模試の結果があまり良くなくてさ」

「えっ」

 勉強に関しては完全無欠の文燈らしくない。風宇は思わず声を漏らしてしまった。

「で、柄にもなく落ち込んじゃってて」

「そうなんだ……」

 だからメッセージに反応しなかったのか?
 そんなに繊細なヤツだったっけ?

 風宇はそんな考えを巡らせたが、受験という特殊な環境ではナーバスにもなるかと思い直した。

「そうしたら、風宇が来てくれた」

 文燈は風宇を見て、優しい笑顔を向ける。
 それは風宇の好きな顔だ。その顔をされると、風宇は全てがどうでも良くなる。

「やっぱり風宇はすごいな」

「……大袈裟」

 微笑まれて、笑みが溢れる。
 今でも気持ちは通じ合ってると思えるのに。
 どうしてオレ達は別れていくんだろう。



 境内に参拝するまでに二時間もかかった。
 その間、短い会話は交わしたけれど沈黙も多くて、けれど隣に文燈がいるだけで風宇は満たされていた。

「あ、御守り買いたい」

 社務所に目がつく。風宇はそこを指さして文燈を誘った。

「……修学旅行で怖がってたのに?」

 クス、と笑って言う文燈に、風宇は少し怒って反論した。

「あれはそういうんじゃないだろ。土地神様の御守りは効くんだぞ」

 去年の初夏、初めて二人で一緒に眠った。あんなにドキドキした夜はない。
 それが、今はもう、とても遠い昔のように感じられる。

「じゃあ、俺も買おうかな」

 文燈は笑いながら風宇について来た。
 二人で「学業成就」の御守りを買う。小さな神社だ、御守りのバリエーションはない。
 だから、お揃いの御守りを二人で手にする。

「ねえ、文燈」

「うん?」

「オレ、そっちの御守りがいい」

 風宇の言葉に、文燈は少し驚いていた。

「え? どっちもそっくり同じだけど」

「……文燈が買った御守りが欲しい」

 新年のおめでたさに紛れて、こんな我儘、許してもらえるだろうか。
 文燈は優しく息を吐いて、風宇に自分の御守りを渡した。

「——いいよ、交換しよっか」

「ん……」

 手のひらに置かれた、小さな袋。文燈の温もりが移ったもの。
 風宇はこれが欲しかった。

「土地神様と、風宇を経由したんだ。きっとよく効く御守りになったね」

「うん」

 文燈の受験が上手くいくといい。文燈がやっと見つけた「夢」が叶うといい。
 側にオレがいなくても。オレの祈りは、そこにあるから。

「風宇」

 文燈が右手を差し出す。

「お互い、頑張ろうな」

「うん……」

 風宇はその手を握った。
 まるで、別れの握手みたいだ。

 涙が込み上げそうで、風宇はゆっくり瞼を閉じる。
 それからすぐに目を開けて、文燈を見た。



 はっきりと見えた文燈の顔。
 寂しそうに笑ってた。

 そうだね、寂しい。
 オレ達は、一人ぼっちで戦いに行く。

 それを決めたのは、オレ達自身だから。
 絶対に勝とうと思ったんだ。



 お前に、最後まで誇れるように。