文燈が抱えていた秘密。
風宇は、そんな想像は全くしていなかった。
文燈はいつもスマートで。
そつなく何でも出来て、誰もが羨む堅実で確実な、エリートの道を進むんだって、思っていた。
「俺がこんな気持ちになれたのは、風宇のおかげかも」
「……え?」
文燈は風宇の拳を開いて、手のひらを合わせた。
緩んだ指先に、じんわりと文燈の体温を感じて、なんだか泣きたくなる。
「風宇はさ、明るくて、楽しい事が大好きで、今をめいっぱい楽しんでるじゃん」
「……何それ、バカにしてんの?」
泣きそうになるのを誤魔化すには、憎まれ口をきくしかない。
風宇は微塵も思ってない言葉を言ってしまった。
すぐに後悔したけれど、文燈は笑っていた。
「はは、まさか。いいなって思ったんだ。素直に、そのままの自分を楽しいと思えるのがさ」
「文燈は……そうじゃないのかよ」
風宇がそう問うと、文燈は少し上を見てから答える。
「うーん、そうだな。高校に入る頃、養子の話が出て。なんだか毎日が窮屈で。どちらの進路を選んでも、俺じゃない気がしてさ」
文燈は視線を風宇に戻して、微笑んだ。
「風宇に出会って、三年間一緒に過ごして、本当に楽しかった。風宇がいたから、俺は素直に高校生活を楽しめたと思う」
「……それは」
オレも同じだ。
文燈が側にいてくれたから、この気持ちが生まれた。
文燈を好きだって気持ちが。ずっと一緒にいたいって気持ちが。
はっきり「お別れ」だと言われたのに、風宇の想いはますます募っていく。
こんなに文燈が好きなのに。文燈は別の所へ行くんだ。
別れを言われているのに、こんな気持ちを告げてどうする?
風宇は文燈から言われた言葉が、大きな壁のように立ちはだかって、何も言えなかった。
「北海道でさ、広くて大きい自然を見て、風宇みたいだと思ったんだ」
「え……?」
文燈は風宇の揺れる瞳に笑いかける。
察しのいい文燈は風宇の気持ちに気づいているかもしれない。けれど、それに気づかない振りをして笑う。
「そのままでそこにいる。飾らずにいていいんだって、風宇が言ってるみたいだった」
遠い土地の空。オレはそこに行ったことすらないのに。
「そう思ったら、北海道で生きてみたいなって思えたんだ」
勝手にオレの面影を追って。オレ自身は置いて行くんだ。
「ありがとう、風宇。これで決心がついた」
……文燈の、アホ。
大声でそうなじれば良かったのかもしれない。
行くな、嫌だ、ここにいて。そう駄々をこねれば少しは伝わるかもしれない。
だけど、「決心がついた」と言った文燈の表情。
とても清々しくて、悔しいけれど、今までで一番格好良かった。
だから。
「……わかった」
ずるいよ、文燈。
「お前の夢、応援する」
もう、そう言うしかないじゃないか。
「……夢、か。あは、そうだな!」
文燈は満面の笑みを浮かべる。
「そっか、俺は、未来の夢ってやつを持てたんだ!」
「今更かよ……」
未来にときめく文燈のために、オレはちゃんと笑えただろうか?
「やっぱり、風宇はすごいな!」
そんなに眩しい笑顔をするな。
文燈のアホ。
「文燈」
「うん?」
「ひとつ、条件がある」
お前の夢は応援するから、最後のワガママを聞いて欲しい。
「ビジネスカップル、解消したからって、オレを避けるな」
「あ……ごめん」
「付き合ってるふり、もうしなくていい。けど、友達の関係は続けて」
「風宇……」
情けない願いをしている。
情けなくて、涙を堪える代わりに笑顔が歪む。
「お願い……」
ああ、今、オレは。
きっと、一番不細工な顔をしている。
「風宇……」
文燈はそっと風宇の手を握る。
温かい指先で撫でて、それから搾り出すような声で言った。
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
季節は移る。
文化祭を過ぎて、冬になった。
風宇は文燈とたまに会話を交わす程度で、登下校も別々になった。
校内では二人はまだ「付き合って」おり、以前のような仲睦まじい姿は見せないが、すでに二人の関係は日常に溶け込んでいるので誰も気づかない。
若月だけは少し何かを感じているようで、風宇と文燈を一緒にいさせたがった。
だが、風宇も文燈もやんわり躱していると、次第に何もしなくなった。自分も受験本番に差し掛かってそれどころではなくなったからである。
同級生の全てが、自分の事で精一杯。
風宇も文燈も、自分の受験に集中するだけ。
そうしている間にどんどん寒くなって、クリスマスなんてすっかり忘れて、年が終わろうとしていた。
新しい年になれば、運命を決める試験がやって来る。
風宇は大晦日の夜、窓を開けて空を眺めた。
凍るように寒い、けれどキンと澄んだ空気が心地よい。勉強漬けの頭を覚ましてくれる。
去年の自分と、今の自分は全くの別人に思える。
無理矢理連れ出された初詣で、トラブルもあったけど楽しかった。
今年も、彼に会いたい。
去年の自分にはもう戻れないけれど、去年の彼ではないけれど。
あの時の二人でいた時間を、また過ごしたい。
「よし……!」
新年になると同時に、風宇は携帯電話のメッセージアプリを開く。
『明けましておめでとう』
彼に送るのは、随分と久しぶりだ。少し指が震えるけれど。
それでも、会いたい。
『朝になったら、初詣行かない?』
風宇は、そんな想像は全くしていなかった。
文燈はいつもスマートで。
そつなく何でも出来て、誰もが羨む堅実で確実な、エリートの道を進むんだって、思っていた。
「俺がこんな気持ちになれたのは、風宇のおかげかも」
「……え?」
文燈は風宇の拳を開いて、手のひらを合わせた。
緩んだ指先に、じんわりと文燈の体温を感じて、なんだか泣きたくなる。
「風宇はさ、明るくて、楽しい事が大好きで、今をめいっぱい楽しんでるじゃん」
「……何それ、バカにしてんの?」
泣きそうになるのを誤魔化すには、憎まれ口をきくしかない。
風宇は微塵も思ってない言葉を言ってしまった。
すぐに後悔したけれど、文燈は笑っていた。
「はは、まさか。いいなって思ったんだ。素直に、そのままの自分を楽しいと思えるのがさ」
「文燈は……そうじゃないのかよ」
風宇がそう問うと、文燈は少し上を見てから答える。
「うーん、そうだな。高校に入る頃、養子の話が出て。なんだか毎日が窮屈で。どちらの進路を選んでも、俺じゃない気がしてさ」
文燈は視線を風宇に戻して、微笑んだ。
「風宇に出会って、三年間一緒に過ごして、本当に楽しかった。風宇がいたから、俺は素直に高校生活を楽しめたと思う」
「……それは」
オレも同じだ。
文燈が側にいてくれたから、この気持ちが生まれた。
文燈を好きだって気持ちが。ずっと一緒にいたいって気持ちが。
はっきり「お別れ」だと言われたのに、風宇の想いはますます募っていく。
こんなに文燈が好きなのに。文燈は別の所へ行くんだ。
別れを言われているのに、こんな気持ちを告げてどうする?
風宇は文燈から言われた言葉が、大きな壁のように立ちはだかって、何も言えなかった。
「北海道でさ、広くて大きい自然を見て、風宇みたいだと思ったんだ」
「え……?」
文燈は風宇の揺れる瞳に笑いかける。
察しのいい文燈は風宇の気持ちに気づいているかもしれない。けれど、それに気づかない振りをして笑う。
「そのままでそこにいる。飾らずにいていいんだって、風宇が言ってるみたいだった」
遠い土地の空。オレはそこに行ったことすらないのに。
「そう思ったら、北海道で生きてみたいなって思えたんだ」
勝手にオレの面影を追って。オレ自身は置いて行くんだ。
「ありがとう、風宇。これで決心がついた」
……文燈の、アホ。
大声でそうなじれば良かったのかもしれない。
行くな、嫌だ、ここにいて。そう駄々をこねれば少しは伝わるかもしれない。
だけど、「決心がついた」と言った文燈の表情。
とても清々しくて、悔しいけれど、今までで一番格好良かった。
だから。
「……わかった」
ずるいよ、文燈。
「お前の夢、応援する」
もう、そう言うしかないじゃないか。
「……夢、か。あは、そうだな!」
文燈は満面の笑みを浮かべる。
「そっか、俺は、未来の夢ってやつを持てたんだ!」
「今更かよ……」
未来にときめく文燈のために、オレはちゃんと笑えただろうか?
「やっぱり、風宇はすごいな!」
そんなに眩しい笑顔をするな。
文燈のアホ。
「文燈」
「うん?」
「ひとつ、条件がある」
お前の夢は応援するから、最後のワガママを聞いて欲しい。
「ビジネスカップル、解消したからって、オレを避けるな」
「あ……ごめん」
「付き合ってるふり、もうしなくていい。けど、友達の関係は続けて」
「風宇……」
情けない願いをしている。
情けなくて、涙を堪える代わりに笑顔が歪む。
「お願い……」
ああ、今、オレは。
きっと、一番不細工な顔をしている。
「風宇……」
文燈はそっと風宇の手を握る。
温かい指先で撫でて、それから搾り出すような声で言った。
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
季節は移る。
文化祭を過ぎて、冬になった。
風宇は文燈とたまに会話を交わす程度で、登下校も別々になった。
校内では二人はまだ「付き合って」おり、以前のような仲睦まじい姿は見せないが、すでに二人の関係は日常に溶け込んでいるので誰も気づかない。
若月だけは少し何かを感じているようで、風宇と文燈を一緒にいさせたがった。
だが、風宇も文燈もやんわり躱していると、次第に何もしなくなった。自分も受験本番に差し掛かってそれどころではなくなったからである。
同級生の全てが、自分の事で精一杯。
風宇も文燈も、自分の受験に集中するだけ。
そうしている間にどんどん寒くなって、クリスマスなんてすっかり忘れて、年が終わろうとしていた。
新しい年になれば、運命を決める試験がやって来る。
風宇は大晦日の夜、窓を開けて空を眺めた。
凍るように寒い、けれどキンと澄んだ空気が心地よい。勉強漬けの頭を覚ましてくれる。
去年の自分と、今の自分は全くの別人に思える。
無理矢理連れ出された初詣で、トラブルもあったけど楽しかった。
今年も、彼に会いたい。
去年の自分にはもう戻れないけれど、去年の彼ではないけれど。
あの時の二人でいた時間を、また過ごしたい。
「よし……!」
新年になると同時に、風宇は携帯電話のメッセージアプリを開く。
『明けましておめでとう』
彼に送るのは、随分と久しぶりだ。少し指が震えるけれど。
それでも、会いたい。
『朝になったら、初詣行かない?』
